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酒ない支援スレ VER3
133 :
酒ない
◆fMFJeA/W0Y
:2019/04/09(火) 12:29:49 ID:3tuDwQ9C
カァ、カァ、カァ。
あかね色の空を舞う、黒い鳥。
賀茂篠酒造のクリーム色の石壁が、西からの日差しでオレンジ色に染まっていく。
(こっちの世界にもカラスはいるんだな……)
夕暮れ時。
トージの姿は、いまもテルテルと出会った田んぼにあった。
彼が腰掛けているのは、キャンプ用の折りたたみ椅子。
その後ろにはキャンプ用のテントまで組み上げられている。
「トージさん、お茶が入りましたよ」
「ありがとう、リタさん。さすがに今日は冷えるねぇ」
リタが差し出したキャンプ用マグカップの蓋を開けると、湯気に含まれた香ばしい茶の香り。ほうじ茶である。
水問題で酒造準備をストップするまでの数日間で、リタはすっかり賀茂篠酒造の台所の使い方を身につけていた。
このほうじ茶も、電気ポットで湧かした湯を急須に注いで淹れたものである。
「戻ってきませんね、テルテルちゃん」
「まあ、狩人のロッシ君が知ってる湧き水が全部ダメだったくらいだからね、いかにあの子が大精霊だとはいえ、そう簡単には見つからないはずさ」
日帰りどころか、数日、もしかすると一月くらいかかってしまうかもしれない。
トージはテルテルと出会った田んぼにテントを張り、彼女が戻ってくるのを待ち続ける決意を固めていた。
「……やっぱり、やめたほうがいいですよ。たしかに立派な野営装備だと思いますけど、それでも悪疫に勝てるとは限りません。それに野犬が出るかもしれませんし……」
「野犬はこわいな。でも、だめだよ」
たしなめるようなリタの口調に、トージは目を閉じ、マグカップを両手で包み込むように持って、ゆっくりと語り始める。
「あの子は、僕がこれからも酒を造れるように、頑張っていい水を探してくれているんだ。そんなあの子が戻ってきたときに、この田んぼに誰もいなかったら、悲しいじゃないか。何より、そんな不義理は僕自身が許せない」
「はぁ……トージさんは頑固ですね……」
ため息をつくリタ。似たような問答は、この前にも何度も行われていたのだ。
「わかりました。では、今夜は私も、そのテントで休ませていただきます」
「はぁ!? 何言ってんの!」
こんどはトージが驚く番だった。
「弟に聞きましたが、2人以上で野営するときは不寝番をたてるそうですよ? 野犬が出ても、見張りが気付けば逃げられるから安全です」
「いやそういう問題じゃなくて、まずいでしょ! 年頃の娘さんが男とふたりきりで夜を明かすなんて!」
「トージさんの命や健康と比べれば、ささいな問題です」
「もう、リタさんは頑固だなぁ……」
「"さん"はやめるという約束でしたよ」
「いま仕事中じゃないよね!?」
そうやってふたりが、おたがいさまな言い争いをしていると、足下の地面がぽこりと盛り上がる。
「あっ、帰ってきた!?」
昼間と同じように、地面のなかからあらわれたのは、葉っぱの髪を生やした地の大精霊。テルテルだった。
「おかえりテルテル! 水はどうだった? 見つかっ……」
勢いよく椅子から立ち上がったトージ。
水への期待に輝いていた彼の顔が、硬直する。
「見つから……なかったかい?」
地面から上半身を生やしたテルテルの目には、小さく涙が浮かび、頬は不満そうにふくらんでいたのだ。
「みず、あった」
「あったのかい!?」
「あったけど……もってこれなかった」
テルテルは表情をさらに嫌そうにゆがめながら、自分の後ろに目線を流す。
「だから、つれてきた……やなやつ」
「連れてきた……何を?」
テルテルの後ろで、田んぼの地面に水が湧き上がる。
水はそのまま巻き上がり、盛り上がり、凝り固まり……トージとリタの目の前で、少年の姿をとった。
その体は透明で、トージにも、一目で尋常ならざる存在だとわかった。
「我は母なる女神との盟により、万物を支配する三相二遷が一、たゆたう水の大精霊なり! 個たる名をもって"ネーロ"と呼び奉るがよい。して、我が水を求める強欲な人間とは、貴様か!」
小柄で透明な体をふんぞり返らせて、ネーロと名乗る水の大精霊は、そう言い放ったのだった。
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