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酒ない支援スレ VER3

52 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:14:48 ID:EY9E8WKG
第2話「米を磨く」

 初仕事の日の夜。賀茂篠酒造の事務室に、本のページをめくりながら、メモを書き付けるトージの姿があった。

「麦の全粒粉……100gあたり328キロカロリー。400gで1532キロカロリーか。16歳女性の基礎代謝は……」

 トージがめくっているのは健康情報誌だ。
 日本医師会が発表した、年齢と性別、生活スタイル別の、一日あたり必要カロリーが一覧表になっている。

「基礎代謝が1310キロカロリー。農作業は重労働扱いだから、2倍の2620キロカロリーが毎日必要だ。やっぱり、あきらかに足りてないじゃないか」

 つまりこの村の子供達は、必要なカロリーを十分に摂取できていないということになる。

「リタさんたち兄弟がみんな小柄なのもあたりまえだ。成長に必要なカロリーを十分に摂取できていないんだかから、体が大きくなるわけがない。そして、村に高齢の大人が極端にすくないのも……」

 数字は残酷に現実を映しだす。
 この村は飢えている。そして、長いあいだ、飢えが日常になっている。
 常に飢えているため、自分たちの飢えに気づいていないのであろう。

「こんな栄養状態じゃ、体の抵抗力も弱くなっているから、病気になんてかかったらひとたまりもないぞ……」

 異世界に放り出されて、勝手も分からず困っている自分を、暖かく迎え入れてくれた、リタとその家族。
 しかも彼らは、そもそも自分たちの栄養が足りていないというのに、見ず知らずの自分に食事を提供してくれたのだ。
 彼らが飢えと病に倒れるところなど見たくはない。
 そのために必要なのは……

「なにはなくともカロリーだ。タンパク質はロッシ君の狩りで、ビタミンは裏庭の野菜でとれているはず。そして総カロリーのほうは、リタが言ってた“麦2杯”、1532キロカロリーはとれているものとしよう。リタの必要カロリーは2620だから……」

 2620−1532=1088キロカロリー不足

「雑な計算だけど、ひとりあたり1000キロカロリー強、4人で4400キロカロリーくらい余分にとれれば、一家の栄養は劇的に改善するはず!」

 トージはそう言って立ち上がる。

「さて、4400キロカロリーの米というと……1.235kgか」

 トージが規定量の米粒を量ってテーブルに盛ると、リタが示した標準的報酬よりも明らかに大きな、こんもりとした乳白色の小山ができあがった。

「うーん、明らかに多いな。しかも“ウチの米は高級品”だから、なおさらすんなり受け取ってもらえそうにない……」

 そう、商人オラシオがトージの米を2.5倍の値段で買い取ったため、この米には同量の麦の2.5倍の価値が付いているのだ。
 ただでさえ標準的報酬の3倍強の量があるのに、価値が2.5倍ということは、約8倍の報酬を支払うことになる。
 アルバイト雑誌に、日給8万円の仕事が紹介されていたら?
 犯罪の片棒でも担がされるのではと疑うのではないだろうか。

「なんとかうまく米を押しつける方法はないかなぁ……栄養状態の改善は、早ければ早いほどいいはずなんだが」

 トージはそう言ってカレンダーを見る。早いもので、トージがこの世界に転移してきてから半月が過ぎようとしていた。
 カレンダーには、今後の酒造りの予定がびっしりと書き込まれている。
 明日の作業は……そこでトージは気付く。

「あっ、そうか。明日はちょうどあの作業じゃないか」

――――――――――◇――――――――――

 翌日、出社してきたリタを、トージはある建物に招いていた。
 リタの目の前には、巨大な装置が並んでいる。
 高さは5メートルほどあるだろうか。
 デコボコのある塔のような外見で、中程がキュッとくびれている。
 それが4本並んでいる姿は、古代の神殿を思わせた。

「と、トージさん、これはいったい……?」

「これは“縦型精米機”っていう機械だよ。米を研ぐ機械だね」

「米を……“研ぐ”……?」

「おっと、そういえば村は麦メインだっけ。米はね、食べる前に、表面のいろんな汚れを落とす“研ぎ”っていいう作業をするんだけど……日本酒造りの場合は、ちょっと特殊なんだ」

 そう言うとトージは、米袋のなかから米粒を取り出す。
 表面に茶色い色が付いた、大きな米粒。玄米である。
 トージはポケットの中からも玄米を取り出し、両方を並べてみせる。

「……あら? どちらもお米なのに、粒の大きさが違います」

「うん。小さい方が、謝肉祭のおにぎりで使った、食べるための米。こっちの大粒なほうは、酒を造るための米、“|酒米《さかまい》”さ」

「お酒専用の米があるんですか……!」

 驚いた表情のリタを見て、満足げにトージが続ける。

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