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酒ない支援スレ VER3
79 :
酒ない
◆fMFJeA/W0Y
:2019/03/26(火) 15:42:53 ID:DODckN21
「そもそも酒を出す気がなかったら、こんなの作ったりしないって……おっ、良い感じに焼けてきたぞ」
トージの前には炭火が入った七輪があり、その上に金網が乗せられ、つきたての餅が焼かれている。
餅の表面には上新粉……つまり米の粉がまぶされているので、餅が金網に張り付くことはない。
ぷっくりとふくらみ始めた餅の両面に焦げ目がついたところで、トージは焼けた餅を、醤油の入った小皿に移す。
「餅にまんべんなく特製醤油をつけて、海苔で巻いて……ほい完成!」
日本人にはおなじみ、磯辺餅である。
できあがった最初の1個をリタに差し出すトージ。
「はいどーぞ。召し上がれ」
「これは……知らない匂いです。とっても香ばしい……」
リタが小さな磯部餅にかぶりつく。
トージが用意した特製醤油は、磯辺餅の定番である砂糖醤油に、隠し味を加えたものだ。砂糖の甘みと醤油の塩辛さを、醤油のうま味と大豆の甘みがまとめあげる。そして舌にはピリッとした刺激。
餅に巻かれた板海苔からは、香ばしい海の香りが運ばれてくる。
どれもリタにとっては初めて体験するものだった。
「なんでしょうか、海の香りが……つっ!?!?」
突然、眉をしかめ、目をギュッとつむるリタ。
鼻の奥にツーンとした、初体験の刺激が抜けていく。
「な、なんですかこれは?」
「ワサビっていうんだ。まあハーブの一種だね」
トージは緑色のチューブをふりふりと振ってみせる。
「不思議なハーブですね、食べた瞬間はちょっとした刺激しかないのに。鼻の奥にツーンとくるなんて」
ワサビの辛み成分は、唐辛子の辛み成分カプサイシンなどとは違って揮発性がある。そのため舌で感じる刺激は弱いが、喉を経由して鼻腔内に成分が逆流することにより、一歩遅れて刺激を知覚することになるのだ。
辛みを感じる器官がまったく異なるため、唐辛子の辛みはどれだけ多くても平気なのに、ワサビは少量だけで涙が出る、という人も少なくない。
「それにしても、こう刺激の強いものを食べると、スープが欲しくなってしまいます……」
そうやって一人、思いにふけるリタ。
その途中、はっと何かに気がついたリタが、トージのほうを振り返る。
ワサビを利かせた砂糖醤油をまぶすレシピは、ただの焼き餅を「酒のつまみ」に変えてしまう、酒飲みの知恵である。
トージは「計画通り!」とばかりに、ニヤついた顔でリタのほうを見ながら、一升瓶をちゃぷちゃぷと振っていたのだった。
「お嬢さんお嬢さん、餅だけ食わすのは忍びない。おいしい日本酒をご一緒にいかがかな?」
トージにそう言われて、リタはさきほど自分が、酒を要求するうわばみブラザーズに文句を言ったことを思い出し、恥じらいで顔を紅色に染める。
「もぅ! トージさんは意地悪です!!」
賀茂篠酒造の新年餅つき大会は、笑顔と笑い声に若干のイジリ合いを交えながら、つつがなく過ぎていった。
――――――――――◇――――――――――
餅つき大会のあと。
家に帰るリタの家族とうわばみブラザーズに、鏡餅がわりの餅を土産に持たせ、トージとリタが後片付けを進めていたとき。
「……そういえば、|地鎮祭《じちんさい》やってなかったなぁ」
トージが唐突にそんなことを言い出した。
そんなわけで、ここは賀茂篠酒造の所有水田である。
水抜きされて乾いた冬の田んぼに、四本の細い青竹が立てられ、白い紙の縄がそれを四角くつないでいる。その真ん中では、トージが小さな祭壇を組み立てている。
準備の一部を任されていたリタは荷物を置き、銀色の前髪の隙間から、見たこともない儀式の準備を興味深そうにながめていた。
「トージさん、地鎮祭とは、どんなお祭りなんでしょうか?」
「お祭りというよりは儀式かな。土地を新しいことに使うときに、その土地の神様に挨拶や報告をして、神様が そんな使い方聞いてないぞ! って怒らないように鎮めるんだ。水が変わったなら神様も変わってるかもしれないし……あ、土地神を鎮める祭りだから、地鎮祭ね」
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