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神奈いですの雑談スレ11
988 :
神奈いです ★
:2025/08/15(金) 04:29:34 ID:admin
リハビリ用短編:イモ (前半)
『イモ』とは、植物が地下に栄養を蓄えて丸々と太ったものである。
加熱すると皮は香ばしく、身はほくほく、しかも甘い。
冷害に強く、やせた土地でも育つ。
遠い異大陸からきたこの作物は飢えから民を救い、我らをきっと豊かにしてくれるだろう。
「だから、ぜひ我が領地で作付けしたいのだ!」
城の尖塔にある執務室に集めた家臣たちの前で熱弁をふるう若い貴族の青年、ルーギン。
彼の領地は山に囲まれ、深い暗い森に包まれた寒々しい土地だ。
寒波は珍しくなくムギはよく不作になり端境期にはやせた子供たちの泣く声が響く。
この土地にこそ、『イモ』が必要なのではないか。と言い募る彼を執務室に並んだ老人たちが心配そうに見つめている。
老執事が声を上げた。
「そのような前例はございません」
「いや、前例とかではなく良いものだと言っているのだが」
「良いものかどうかも前例がないと判断ができないので……そうです、他の領地で先に試していただいては?」
そういうことではないと反論しかけたルーギンをなだめるように話し出したのは財務官だ。
「お気持ちはわかりますが、領地の予算は逼迫しており……そのような新作物に割く予算はありませぬ」
「いや、空き地に植えるだけでいいのだ、農地に今年は使っていない部分があるだろう」
そこに荘園代官が嚙みついた。
「農地はすべて三圃制で割り付けており、そこは休耕地ですぞ!来年のムギの収穫のために土地を休ませておるのです!変なものを植えてムギに影響が出たら飢饉です!」
「変なものではない、異大陸では……」
最後に神官が発言した。
「異大陸ですか……この『イモ』とやらは……聖典に載っていませんな?」
「……は?」
それが決定打だった。
神は全能である。
全能であるのだから人間に必要なものはすでに聖典に載っている。
だから聖典に載ってない食べ物は作るべきではない。
田舎の老人たちはそう結論づけて会議が終わった。
一人ルーギンが残った会議室を冷たい初春の風が吹きぬけていった。
− − − − −
ルーギンは北辺貴族の三男坊である。
爵位は父から長男へ。次男三男に回す爵位はなく、貴族の最下位である騎士資格止まり。
ルーギンが父からもらったのはこの山に囲まれたド田舎の小さな城と荘園一つだけだ。
このままではモテない、とルーギンは思った。せめて少しは出世しよう。
頭がよくない自覚があるので武芸で身を立てようとした。
従軍はできたが手柄は立てられず。起死回生を狙って異大陸遠征に志願。
しかし遠征は平和交易が主で武官の仕事は整列や警備、長期の移動でへばった文官たちや荷物を担ぐなどぐらいしかやることがなかった。
何も武勲がないままの帰国。
「だが『イモ』を植えるぐらいはできると思ったんだがなぁ」
ルーギンは塔の自室で腕組みをしながら、遠征当時を思い出す。
遠征隊に文官の一人、ミリエは変な娘だった。
ほかの文官たちが金銀や宝石、珍しい毛皮や香料などを調査している中で、彼女は異種族の農民から作物の話を聞き出そうとしていた。
言葉が通じず、必死に身振り手振りを交える姿は真剣で、同時にちょっと面白かった。
それ以来、彼女が気になったルーギンは荷物を持ったり、話を聞いたりする関係になった。
ミリエの任務は異大陸での食糧確保、つまりムギ作である。
開拓志願者を指揮して遠征隊基地の周りをちまちまと開墾していたと思うと、
ムギ以外にもいろいろな植物を植えては枯らしたり腐らせたりしている。
ルーギンは武官としての仕事があまりにも暇なので、上司の許可を得て開墾に参加することにした。
田舎の荘園管理の経験もある彼が加わると、開墾が一気に進んだ。
広がった農地を前にミリエが大きな眼鏡の奥の目を輝かせる。
「隊長さん、てつだってくれてありがとうございます!」
「いえ、文官さん。これも任務ですから」
ミリエが大きな眼鏡に艶やかな長髪を垂らした可愛らしい貴族娘だったのが参加動機だとはルーギンは決して言わなかった。
− − − − −
ある春、異大陸を寒波が襲い、開花が遅れたムギは実らなかった。
遠征隊が食糧不足で苦しんでいた時に、近くの異種族が『『イモ』を持ってきてくれた。
だが泥にまみれた根っこの塊を見て、ルーギンは食欲が失せた。
さすがに貴族の一員としてそんなものを食べるわけにはいかないだろう。
と思っていると、ミリエが『イモ』を焼いてもってきた。
「隊長さん、美味しいですよ?いかがですか?」
「……いただきます」
にこやかに微笑みながら焼き『イモ』を差し出すミリエ。
前言を翻してルーギンは『イモ』を受け取り、恐る恐る皮を割る。
すると湯気が香ばしい香りとともに立ち上った。
「おお?」
口に入れるとほくほくと甘く、思わず頷いてしまう。
「ちょっと塩味が欲しいですね、塩入りのバターとかどうでしょう?」
ミリエの提案で焼き『イモ』はさらに美味くなった。
少量の塩と油を加えるだけで、さらに甘味が引き立つ。
そして腹持ちがよい。空腹がいっぺんに収まった。
これは素晴らしい食べ物だとルーギンは思った。
ミリエが聞き取ったところによると『イモ』は冷害に強く、やせた土地でも育つようだ。
ならばこの作物を故郷に広めれば、ムギが不作なときも飢えなくて済むのではないか。
「文官さん、これはぜひ皆にも食べてもらいましょう」
「そうですね隊長さん」
さっそく遠征隊の食事として『イモ』を支給したが……貴族たちは見慣れない食物に見向きもしない。
平民の食べる分のパンを奪って平然としている。
パンを失って飢えた開拓民や兵士たちは大喜びで『イモ』を食べていた。
ただ焼くだけじゃなく、スープにしたり、蒸したりしても食べられるのでいろいろ工夫しているようだ。
「 「『イモ』は良いものですけど、食わず嫌いの方も多いみたいで……あのぅ……隊長さんは大丈夫でしたか?」
「何がですか?これは大変美味でしたが?」
ルーギンは嘘はついていない。
むしろ彼はミリエが一切偏見なく異種族の食べ物を受け入れているのに驚いた。思ったよりも性根が座っているようだ。
「よし、決めました。私は報告用に『イモ』を持ち帰ります!」
「それはいいですね」
貴族は嫌がっても平民が食べるなら飢饉対策には十分効果がある。
きっと我が国を助けてくれる作物になる。
ルーギンはそう思っていた。
− − − − −
「これ、なんですのぉ?汚いわねぇ」
いじわるそうな貴婦人が箱に入った『イモ』を見て吐き捨てた。
王都で盛大に行われた異大陸遠征隊の成果報告会。
王族や大貴族臨席のもとで、金銀や宝石、毛皮に香料などの異大陸の資源が並べられ、
見て回る貴人たちからは賞賛や驚きの声があがっていた。
しかし、ミリエの提出した『イモ』の箱には誰も近寄らない。
ようやくやってきたのが扇で顔を覆った貴婦人たちだ。
ミリエは彼女たちの嫌そうな表情にもめげずに説明を試みる。
「これは『イモ』と申します。現地では主食として……」
「主食?こんなものを食べますの?野蛮ねぇ」
「土の中で成るなんて、まぁお下品」
「ほほほ、豚の餌じゃなくて?」
「奥様、それよりもあちらの首飾りを見ませんこと、こんなの見ても」
口々に好き勝手言って去っていく貴婦人たち。
黙りこくったミリエの肩が屈辱に震えているのが見て取れた。
大貴族たちはそろって光りも香りもしないものには興味がないようだ。
荘園の世話など何代も前に放棄して王都で遊んで暮らしてる連中に『イモ』の良さなどわかるものか。
「おい、ルーギン卿。静かに」
とルーギンは会場の隅に設けられた武官席でガタガタと足を鳴らしているのをとなりの武官に咎められた。
今回は戦争がなかったので武官は黙って臨席するしかない。
しかし俺に何かできることはないのか……俺はあれがいいものだとわかっているのに!
と足踏みを始めるのでまた隣に咎められるルーギン。
「陛下、あちらにもっと面白いものがありますぞ」
「よいよい、せっかく異大陸から持ち込んだのであろう、すべて見ておかねば……。む、あれは何であろうかの?」
その時、国王陛下と側近たちがミリエの展示に気が付いた。
ダメだ。国王にまで馬鹿にされては、ミリエはもう立ち上がれないかもしれない、
ルーギンがそう思ったとき、気が付いたら身体が動いていた。
「おお、これは素晴らしい作物ではないですか!」
突然響いたルーギンの声にミリエが驚きの表情を浮かべる。
「たくさん採れて栄養もある。しかも冷害に強く、やせた土地でも育つときては民も助かる!」
陛下が近寄る前に『イモ』に近寄って大声でほめたたえるルーギン。
「お、おう……そういうものか……」
「これは陛下!ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます!遠征隊のルーギウス・フェリクス・ハルデン中尉であります!」
大声にびっくりしてうめいている陛下に初めて気が付いたふりをしながらルーギンは敬礼した。
「ハルデンというは北辺のハルデン子爵の……」
「はっ、三男であります」
と答えると、それっぽい顔だなという表情で陛下がルーギンを見やる。
「うむ、元気でよい。武官は元気が大事だ。……その植物、余にはわからぬが良いものみたいであるな」
「はっ、大変良いものと存じます」
「では元気の褒美に持って帰ってよいぞ」
「……ありがたき幸せ!」
泥のついた「『イモ』の箱を抱えて敬礼するルーギン。
ミリエは事態についていけてないようで目を白黒させている。
大変だな、とルーギンは思った。俺もなぜこうなったのかわからないぞ。
− − − − −
そうして、領地にイモの苗を送り付けて作付けを指示していたのだが、
帰ると見事に誰も何もしていなかった。『イモ』の苗が何なのかわからず遠巻きにして見守るだけ。
まぁ、さすがに説明もなしには無理かと思い家臣を集めて説明会を開いた結果、「聖典にないからダメ」という結論がでてしまった。
陛下の命令と言って……。
いや、陛下は「持って帰ってよい」と言っただけで、植えつけろとも何とも言ってないから勅命の偽造になってしまう。ダメか。
領主権限で植えさせようにも家臣たちが動かないのでは難しい。
そうだ、農民たちはそこまで偏見がないかもしれない。
直接話を聞いてみよう。
ルーギンは思い立った途端に城の外に飛び出していた。
− − − − −
農民たちはさらに頑迷だった。
荘園で呼び止めた農民たちは見たことのない作物に明らかに怯えている。
これは異大陸の作物で。冷害に強く、やせた土地でも育つ……とルーギンが説明したが、農民たちは胡乱な目をするばかり。
しかも、何も言わず黙りこくっているので処罰しないとルーギンが何度も約束して無理やり話をさせることができた。
「殿様、土の下にできる食べ物なんざ聞いたことねえだ」
「いやいや、土の中にも、そうだニンジンはあるだろう」
「あれは薬であって食べ物ではねえだ。根っこは食うもんじゃねぇだ。」
そのとおりである。ニンジンを食材として使うのは都会だけで、この田舎ではハーブの一種と扱われている。
「オラたちゃ先祖代々、ムギとマメと休耕でやってきたんでさ、なんでも昔のままやるのが間違いねえってもんだ」
「よくわからねぇもんをやって、天罰があるかもしれねぇだ」
処罰されないのを見て口々にやらない理由を言い出す農民たち。
過去からそうやって生き延びてきたという経験が頑固さの根底にあるのだろう。
これで『イモ』に対する悪印象ばかり広まっては困る。
そう思ったるルーギンは忘れるように言い含めると農民を追い払った。
家臣どころから農民すらやりたがらない。経験と常識が新しいものを強固に阻んでいる。
そして自分の手にはイモの苗。
「開墾は異大陸ぶりだな」
ならば自分でやるしかない。
城の周りは敵が隠れられないように空き地にしている。
兵や馬の訓練にも使うので踏み荒らされ、到底農地に向いていない。
だが、異大陸での『イモ』畑を考えるに、やせた土地でも問題ないはず。
ルーギンは大きく振りかぶると、鍬を振り下ろした。
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