ローカルルールを必読のこと

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酒ない支援スレ VER3

1 :神奈いです ★:2019/03/16(土) 13:45:49 ID:admin
立てました

10 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:35:51 ID:EY9E8WKG
 真っ赤になるリタを横目に、気を取り直して椀に向き直るトージ。
 椀には、さきほどリタが吹き冷ました匙がそのまま入っている。

(銀髪美少女のフーフー済みスープ……とっても事案な気分だ)

 若干の羞恥を感じながら、椀の中身を匙ですくいあげると……。長辺1cmくらいの楕円形の白い粒に混じって、みじん切りの肉の断片があらわれた。
 それらを口に運んでみると、まず酸味のあるミルクの風味と、さきほども感じた若干の獣の風味が口の中に広がった。
 だがそこに十分な塩気と、乳とは異なるうま味があり、実にうまいダシ汁だ。

 白い粒を奥歯でプチリと噛み砕く。表皮と芯が砕ける“ぼそり”とした食感のあとに、炭水化物のかすかな甘み。これは、学校給食の麦飯に入っていた大麦の粒と同じものだろう。みじん切りの塩漬け豚肉、推定ベーコンのうま味もいいアクセントになっている。
“大麦とベーコンのミルク粥”そんなメニュー名がトージの頭に浮かんできた。
 トージは知らないが、これは現実世界のヨーロッパでは「ポリッジ」と呼ばれている、麦のおかゆの一種である。

「うん、これは旨いね! 実にいいダシが出ているし、ハーブの加減も塩気も絶妙だ。きっと誰でも旨いと言うに違いないよ」

「……その、お口に合って、よかったです……」

 トージの言葉を聞いて、リタもおずおずと自分の椀を口に運び始めた。
 だが、茶碗一杯ぶんのお粥である。肉体労働者でもあるトージは、あっというまに粥を食べきってしまった。

(思いがけず旨いものを頂いちゃったな。さて、メインはなんだろう?)

 トージが口の中に残ったミルクスープの風味に浸っていると、リタの家族たちもお粥を食べ終わったようだった。
 4人はテーブルに匙を置いて……

「「「「今宵の糧を与えてくださった、母なる女神に感謝いたします」」」」

 一糸乱れずこう唱えたのだった。

(えっ……これで晩メシ終わり!?)

 トージもあわてて手をあわせ「ごちそうさまでした」ととなえる。

「それじゃあ、片付けはおねがいね」

「はーい! おかたづけするよ〜!」

 妹のルーティが、5人の椀と匙をまとめて、奧へ持って行くのを見ながら、トージはあっけにとられている。
 お椀半分の麦とミルクの粥で、十分なカロリーが得られるだろうか?
 もしかしたら、晩ご飯が少ないだけで、朝はしっかり食べるのかも……そんな希望的観測を脳内に持ち出しつつも、トージは、この三兄弟が年齢の割に体格が小さい理由がわかった気がしていた。
 気付いたことはほかにもある。

(やっぱりおかしいよな……食事の量もそうだけど、大麦粥メインとか山羊乳とか……同じメニューでもオートミールと牛乳でしょ、日本なら。日本なら……どうするんだこれ、どうやって義務を果たせば……)

 トージが再び悩んでいると、リタの弟ロッシから声が掛かる。

「ところでさートージさん、明日からのカーニバルどうすんの?」

「カーニバル?」

 ロッシの一言で、いままで弱々しかったトージの目に、意志の灯がともる。

11 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:36:14 ID:EY9E8WKG

「お祭りかい!? 出る出る!! もちろん出るよ!!!」

 鴨志野冬至は酒蔵の若社長である。
 酒蔵は地域の名士であり、地元の祭りでは主導的役割を果たすことが多い。
 もちろんトージも、祭りでは代々実行委員をつとめていたし、仕事と同等の情熱を、お祭り騒ぎに注ぎ込んできたのである。
 祭りと言われれば血がたぎるのは、もはや職業病だといってよい。

(なんせ祭りがあれば役所も休むのは田舎の常識! 管財人さんも休みだ休み、めでたい祭りに無粋な仕事を持ち込んだら村八分ですよ管財人さんのためにならないというわけで……ややこしいことは祭りが終わってから考えよう!!)

 こうしてトージは、目の前に襲いかかっている不思議な現象から全力で目を逸らし、お祭り男の本能そのままに、祭りを楽しむ事に決めたのだった。

「ふむふむ、祭りですか、カーニバルですか、それはいいことを聞いたよ。レルダさん、参加するとき、何か決まりとかしきたりはありますか?」

「ええ、そうですわね……禁忌は特にありません。ただ、祭りに参加する者は、皆に振る舞う料理を持ち寄ることになっています」

 リタの母親、レルダがそう答えると、トージは腕を組んで深くうなずく。

「なるほどなるほど……それでレルダさん、食べ物だけじゃなくて、飲み物も持ち込んでいいんでしょうか?」

「飲み物……ですか? ええ、問題はないと思いますが……」

 それを聞いて、トージはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

(古今東西、祭りといえばこいつの独壇場だ。
 振る舞わなければなるまい、|賀茂篠の日本酒《・・・・・・・》というものを!)

12 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:37:46 ID:EY9E8WKG
第3話「日本酒と謝肉祭(1)」

 カーニバル当日。

 トージは、ひさびさに自分の愛車ではなく、父の4WDの運転席に座って、リタの家を目指していた。
 トージにとってこの車は、今は亡き両親とスキーに行くときに使った車、という印象がある。実際にはそれから1回代替わりしているのだが。
 愛車を使わなかった理由は複雑ではない。賀茂篠の蔵からリタの家まで下るルートには、かろうじて車が一台通れそうな空間はあったが、木の根や大石が飛び出していて、いつものセダンではとても越えられそうになかったのだ。

 トージがリタの家の近くに4WDを止めると、エンジン音を聞きつけて、リタの家族たちが家の外に出迎えにきた。

「ピカピカの馬車だー!」

「あれ? 馬が引いてないぜ。もしかして魔法の馬車か?」

「ふたりとも、そういうことを言いふらしたらいけませんよ。いいかしら?」

「わかってるって」「は〜い!」

 わいわいと騒がしい家族の前で、4WDのドアが開き、トージが降りてくる。

「わぁ……!」

 トージの格好を見て、リタが、家族が、息を飲む。
 お祭り男であるトージの服装は、気合いが入っていた。

 足下はピカピカに磨き上げられた革靴。漆黒の燕尾服で全身を包み、そのなかからのぞく白のワイシャツと白い蝶ネクタイ。
 23歳のとき、友人の結婚式で調達し「完全に服に着られている」「20年遅い七五三」「本日の仮装大賞」と大不評、ある意味大好評だったものだ。
 本日はさらに、町内会の隠し芸で使ったシルクハットと白手袋、胸元の白いハンカチに加え、さらには真っ赤なバタフライマスクで目元を隠している。
 腰元では燕尾服の|テール《尾羽》が風にはためき、いつ月にかわってお仕置きされても恥ずかしい格好であった。

(この怪しさ、まさに突っ込み必至! やはり祭りにはヨゴレがいないとね!)

 カーニバルといえばパレード、パレードといえば仮装。
 手の込んだ衣装の準備はないが、トージは手元にある範囲で、最大限ウケの狙える格好をコーディネイトしてきたわけである。

 問題は……この世界に住むリタたちにとって、トージの服装は仮装でもネタでもなく、お城の舞踏会に出席する異国の貴族にしか見えないことであった。

「……リタ、【わかっていますね】?」

「はい、お母さん。けっして不用意に口にしたりはいたしません」

 リタたちは、トージのことを「この国に流れてきた異国の貴族が、故あって身分を隠している」と疑っていたが、たったいまそれを確信したのである。
 そしてトージの態度から、自分の身分が広く知れ渡ることを望んでいないと|忖度《そんたく》し、ごく一部の人だけに事情を知らせたうえで、あくまで貴族ではないカモスィノ家のトージ様として扱うことを取り決めていたのだった。

 無論、トージはそれを知るよしもないし、興味がないので気付くこともないであろう。彼の頭のなかは、このあとのカーニバルと日本酒のお披露目で一杯で、とても母娘の密談を気に留めるような状況ではなかった。
 トージはリタの弟ロッシの手を借りて、車に積んできた荷物を台車に積み替え、車のキーをロックする。
 リタの家族も、リタと母レルダのふたりがかりで鉄の鍋を持ってきた。動物系の香ばしい匂いが漂い、トージの胃袋を刺激する。

「おお、今日もおいしそうな匂いがするね、朝食抜きの胃袋には効くよ」

「お口に合うといいのですけど……」

 リタの表情に不安よりも照れが強く見られるのは、昨日の晩餐でトージが彼女の料理をべた褒めしたからか、それとも匙の一件か。

「トージ様、こちらは準備が整いました」

「それでは行きましょう! いざ、カーニバル!」

「いざー!」

「「いえーい!」」

 リタの妹ルーティとハイタッチし、トージは街の広場へ歩き始めた。

13 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:38:25 ID:EY9E8WKG

――――――――――◇――――――――――

 リタたちの家は、村の北側の外れにある。
 村の中央にある広場までは、おおむね10分ほどの道のりということだった。

「カーニバルなのに、みんなは仮装とかしないんだね」

「仮装、ですか?」

 トージの問いかけに、リタが不思議そうに返事をする。

「カーニバルといえば、仮装でサンバでジャネイロじゃないか! みんながどんな格好になるのか楽しみにしてたんだけど」

「トージさんの国ではそうなのですか? こちらではそういうことはしませんね、カーニバルって古い言葉ですけど、意味は“|謝肉祭《しゃにくさい》”ですし」

「謝肉祭……?」

「はい! 良いお肉ができたことを母なる女神に感謝するお祭りです♪」

「そ、そうなの……? じゃあ、僕のこの格好は……」

「? とってもご立派だと思いますよ?」

(……ウケてない……だ……と……!?)

 渾身のギャグを全力でスカされたトージは、失意にまみれながらわざとらしくトホホとつぶやいて、真っ赤なバタフライマスクをポケットに突っ込んだ。

「着て来ちゃったものは仕方がないか……それで、良いお肉ができた、ってことは、|屠殺《とさつ》をするわけだよね」

「はい。昨日トージさんにのしかかってしまった豚も、ドングリを食べてよく太ってきています。もうすこし食べさせたら屠殺することになると思いますよ」

「食い物があるなら、もっとデカくしてから屠殺したいんだけどなー」

 会話に入ってきたのは、リタの弟、ロッシ。
 トージよりもゲンコツひとつぶん小柄な、赤毛のクセっ毛の15歳だ。

「森でドングリが実るのも、せいぜいあと2〜3ヶ月だからな。それが過ぎると放牧しても大きくなるどころか、痩せてくばっかりなんだよ。春に生えてくる草は山羊と羊に喰わせたいしさ」

「食べ物がないならしょうがないな。でも、もっと遠くまで連れて行けば、食べ物が残ってる森もあるんじゃないの?」

 トージの視界には、もうすぐ冬だというのに一面の緑の森が広がっている。
 数日歩けば、まだまだ手つかずの森はあるように思えた。

「そうできるんならそうするんだけどな。こんどは人間のほうが参っちゃうのさ。川から離れるとろくな水もないから、水分は山羊の乳だけ。煮炊きも厳しい。乳と煎り麦だけで、丸2日とかマジで勘弁」

「へぇ、やっぱり放牧って大変なんだね」

 弟のロッシ君による実感のこもった畜産トークに圧倒されるトージ。
 動物とのつきあいといえば地元の猟友会に狩り出されるくらいで、畜産についての知識はほとんどない彼であった。

「はい、おしゃべりはここまでにしましょう。つきましたよ」

 リタの母、レルダがそう言って足を止める。そこは村の広場だった。
 即席のかまどが広場の中央にいくつも造られ、そのうち何個かには、すでに鍋が据え付けられている。リタとレルダは、そのうちひとつのかまどに、持ってきた鍋をセットした。

「トージ様の料理は、あとから火を入れたりはしないのですよね。それなら、先に村長にご挨拶に向かいましょう」

――――――――――◇――――――――――

 しばらく後。トージとレルダは、リタたち姉弟が待つ広場に戻ってきた。

「トージさん、村長さんはどうでした?」

「うん、謝肉祭への参加も、料理と飲み物を出すことも、すんなり許していただいたよ。もっと余所者には厳しいと想像してたんだけどな」

「……トージ様のことは、昨日のうちに、村長にお話ししておきましたので」

「そうだったんですか、そいつは助かりました」

 さきほどトージが面会してきた村長は、見た感じ40代中盤の壮年男性だった。茶色の短髪でがっしりとした体格、顔は角張ったしかめっ面。しかも表情がほとんど動かないのである。
 最大の特徴は眉毛だった。トージの地元なら「ゲジゲジ眉毛」と呼ぶような極太の眉毛が、話題が変わるたびにピクピクとよく動くのである。リタなどは「村長さんの考えていることは、顔よりも眉毛を見たほうがよくわかります」などと言っていたほどだ。

14 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:38:44 ID:EY9E8WKG
 ともあれ、晴れて謝肉祭への参加を許されたトージは、料理を乗せたお盆を台に据え、リタとともに村長の近くに座って謝肉祭の開演を待っているのだ。
 しばらくすると、一段高い台の上に、さきほどのマユゲ村長があらわれた。

「皆、聞いてくれ。今年も母なる女神の恵みにより、家畜の肉を糧とすることができ、嬉しく思っている」

 村長の顔はあいかわらずのしかめっ面だが、垂れ下がったマユゲが内心の喜びをあらわしているように見える。

「今年の謝肉祭には、村の外から二組の客人を招いている。ひとりは皆もおなじみ、商人のオラシオ。もうひとりは異国より、トージ・デ・カモス……ウォッホン、トージ殿だ。皆、ふたりとも食べ物を分け合ってもらいたい」

(うーん、招かれざる余所者に殿付けとは、なんと心の広い村長さんだ)

 村長が、自分を貴族名で呼びそうになっていたことに、もちろんトージは気づかない。この男、酒造りと祭りと社交以外のことには、脳味噌のリソースをほとんど割いていないのである。

 トージから村長を挟んで反対側の席では、くすんだ金髪の若い男が、退屈そうな表情で頬を突いている。

「なんだい、あいつ? せっかくの祭りなのに、不景気な顔で」

「行商人のオラシオさんです。あの方、いつもあんな感じですから……きっと、お仕事が楽しくないんじゃないでしょうか」

「ふーん。祭りを楽しむ気がないなら、引っ込んでればいいのに」

 そうやってトージとリタがひそひそ話をしているあいだに、村長のスピーチも終わりを迎えたようだった。

「それでは今年の|謝肉祭《カーニバル》をはじめよう。豚を前へ!」

 村長がそう声を張り上げると、さきほどトージが挨拶に行った村長宅から、まるごと吊し焼きにされた巨大な豚が運び込まれてきた。
 丸々と太った豚の皮はこんがりとあぶられ、肉の脂とハーブが混ざった香ばしい匂いが漂ってくる。

(くっ、しまった! これはあきらかに冷えたビールが合う匂い! 日本酒にかまけて、そこまで頭が回ってなかった!)

「……どうしたんですか、トージさん?」

 頭をかかえてひとり後悔するトージを尻目に、村長のスピーチは続く。

「今年も森の恵みは豊かなようだ。豚もよく育つだろう。さあ皆、一切れ食べたら、あとは好きなように楽しんでくれ!」

 ウワァァァ! と、村人の歓声があがり、皆が豚の丸焼きに群がり始めた。

「さあ、トージさん、私たちもいただきましょう!」

 リタの細い手に引かれて、トージは丸焼きの豚に向かう。村長の奥さんと娘さんが切り分けて渡している豚肉は、肉汁があふれていかにも旨そうだ。
 切り分けられたのはロース肉。トージにとっても、とんかつやショウガ焼きでおなじみの部位だが……口に運んでかみしめると、あまりの味の違いにトージは目を剥いた。この豚は旨すぎる!

「さすがは村長さんの育てた豚です、本当に美味しいですね♪」

 リタも満面の笑みをうかべてロース肉を味わっている。
 この豚と、トージが日本で食べてきた豚の何が違うのか。それは脂である。
 通常の豚肉は、筋肉は筋肉、脂身は脂身と、両者がくっきりと分かれている。だがこの豚肉は、筋肉の部分からも脂のうま味を感じるのだ。

「ドングリのおかげですよ、トージさん。私たちは9月くらいから豚を森に入れて、ドングリを食べさせるんですよ。すると豚たちがどんどん太って、脂身が筋肉のなかまで入り込んでいくんです」

「ああ、さっき村長さんが言ってた“森の恵み”ってやつだね」

「ええ。生肉を切ってみるとよくわかりますよ、脂が網の目みたいに、赤身のなかに食い込んでいるんです」

「なるほどね、豚肉なのに霜降りなのか」

 トージは食べたことがないが、これは現実世界のスペインの特産品「イベリコ豚」にも見られる特徴である。体内に良質の脂肪分を蓄えたイベリコ豚は、現地では「足の生えたオリーブの木」などと呼ばれることもあるという。

「さあトージさん、ほかの料理もいただきにいきましょう!」

15 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:39:01 ID:EY9E8WKG

――――――――――◇――――――――――

 トージはリタに連れられ、鍋の番をしている村人たちと挨拶をしながら、山盛りの料理をすこしずつ頂戴していく。

 村人たちは村の仲間とワイワイ話しているが、トージに声を掛けられると目を丸くして驚き、とたんに低姿勢になってしまう。
 それもそのはず。トージが着ているのは、漆のようにつややかな黒で染められたカシミヤを、現代日本の技術で織りあげた燕尾服。
 近世の絵画に出てくるような、くすんだ色の農夫服の村人たちに混ざると、あきらかに場違いなのである。

「トージ様……トージ様は、お貴族様なんで?」

 勇気ある村人のひとりが、誰も口にできなかったことを問いかけた。
 その瞬間、リタはトージの目がキラーンと光ったように感じた。

「ははは! ばれてしまってはしかたがない! ルネッサーンス!!」
「ひぃ!」
「トージさん!?」

 トージが芝居がかった仕草で腕を振り上げる。
 突然振り上げられたトージの腕に叩かれると思ったのか、村人はおびえ、リタが驚きの声をあげる。
 服装に対するツッコミに飢えていたトージは、渾身のリアクションを繰り出したのだが……最初から「このトージという人は貴族ではないか」と疑っている村人たちにとっては、まったく洒落にも笑い事にもなっていなかった。

(えっ、どういうリアクション!?)

「トージさん、村の皆さんが怖がってますから……」

「ええ、あぁ、ごめんなさい……」

 場を冷えさせてしまって|凹《へこ》んでいるトージを横に、リタは必死で「トージは貴族ではないし、怖がる必要はない」とフォローに奔走していた。

――――――――――◇――――――――――

 結論から言うと、村の料理は旨かった。

 この村の料理の特徴は、とにかく赤いことだ。色の発生源はトマトである。
 ドライトマトを水で戻した汁をベースにしたスープ料理や、トマトと内臓肉の脂煮込み、チリビーンズのような大豆料理、トマトの戻し汁を麦の粉に吸わせ、そぼろ状にまとめてから炊きあげた料理などは、トージにも旨く感じられた。
 逆に、肉野菜とヒヨコ豆の合わせ煮などは、塩味が前に出すぎてうま味が少なく感じられる。

(コンソメ1キューブと、コショウ一振りでずいぶん変わりそうだけどな)

 村人たちに人気だったのはパスタ料理だ。
 リタの弟、ロッシが「うっはー! 小麦のパスタだよ!」と大喜びで、ドライトマトとソーセージのペペロンチーノをつるつると平らげている。

(そういえば、小麦の料理が少ないな。だいたいライ麦か大麦か豆ばっかりだ。もしかして小麦は贅沢品なのかな?)

 そんなことを考えながら、トージはレルダの守るかまどに戻ってきた。

「おかえりなさい、トージ“さん”。村の料理はいかがでしたか? よければリタのスープも召し上がってください」

「トージおにーちゃん! きょうのはもーっとおいしいよ!」

 リタの家の鍋の前では、レルダとルーティの母子が出迎えてくれた。
「人目があるところで様付けは勘弁してください」というトージの要請に応えて“さん付け”でトージを呼ぶレルダから器を受け取ると、中身は一見、昨日のミルク粥と同じように見える。
 だがスープを口に運ぶと、昨日のミルク粥よりもさらに濃厚なうま味が、トージの舌にガツンと襲いかかった。リタがさっそく解説を加える。

「今日は謝肉祭なので、昨日の夜から豚の骨を炊いたんです。匂いが苦手な方もいるそうなんですが……いかがですか?」

 つまりこれは「豚骨ミルクスープ」ということになるのだろう。
 無論、大学在学中、2回まで替玉無料の豚骨ラーメン店に通っていたトージにとって、豚骨スープは好物のひとつだ。
 リタに返事をすることも忘れ、昨日の粥よりも大きくゴロゴロとしたサイズにカットされたベーコンと、各種の野菜を口に運ぶ。そして麦粒のかわりに入っている麦団子は、白玉くらいの大きさで、もちもちとした食感が楽しい。

「あの……トージさん、いかがですか?」

「はっ、ごめん、夢中になってたよ。これはちょっとヤバいね、旨い。いますぐにでも東京で店を開けそうだ」

「……トーキョー?」

「まだ半分しか回ってないけど、この豚骨麦団子スープか、村長さんの豚の丸焼きか……このふたつが飛び抜けておいしかった。甲乙付けがたいよ」

「だよねーっ! にししー!」

「そんな、ほめすぎですよ……」

16 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:39:18 ID:EY9E8WKG


 姉の料理がほめられて嬉しいルーティが、トージの左足に抱きついてくる。
 リタは白い頬を紅に染めて恥ずかしがるが、実に嬉しそうな表情だった。

「娘の料理をそんなにも誉めていただいて嬉しいですよ。できましたら、トージ“さん”の料理も頂戴してよいですか?」

「……あ! いっけね!」

 右の手のひらで、ぺちーんと自分の側頭部を叩くトージ。
 謝肉祭の開始と同時に豚の丸焼きを食べに行ったため、トージは自分が用意してきた料理にカバーをかけたままだったのである。

「いやーすっかり忘れてた、用意してきたのはこれね」

 トージはそう言って、お盆の上にかぶせてあった風呂敷を取り払う。
 そこに乗せられていたのは、100個あまりの「おにぎり」であった。
 海苔も巻かれていない真っ白なにぎり飯が、3つの山に分けられ……
 3つの山には「梅干」「鮭」「海苔」の文字が書かれた紙が添えられている。

「……トージさん、こりゃなんだ?」

「ふっふっふ、見てのとおり“おにぎり”さ。
 ただのおにぎりとあなどるなかれ。まあ、とにかく食べてみてよ」

 トージはそう言って、巨大なお盆をリタに差し出した。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【注釈1】
 本作に登場する「|謝肉祭《カーニバル》」は、現実世界の地球とは意味合いの違うものとなっています。
 地球の謝肉祭はキリスト教の祭りで、2月〜3月ごろに行われます。宗教的な意味合いを抜いて要約すると、肉を食べることを禁じる期間に入る前に、めいっぱい肉を食べて騒ぐお祭りです。
 この世界の謝肉祭は、12月中旬に行われます。豚の畜養を終え、屠殺する期間に行う祭りで、穀物ではなく豚を基準に据えた収穫祭に近いものです。

【注釈2】
 この世界の植生は、中世地球のヨーロッパとは大きく異なります。トマトがすでに一般的で、大豆や唐辛子もあります。
 村の料理に出てこなかった作物の状況については、今後の投下を楽しみにお待ちください。

17 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:39:59 ID:EY9E8WKG
第4話「トージの白い宝石」

 時間をさかのぼり、昨日、リタの家から帰宅した後。
 トージは謝肉祭で提供する料理を何にするべきか頭を悩ませていた。

 なにせ村人の数は100人を超える。スーパーに買い物に行けない以上、100人に提供できる食材というものが、賀茂篠の蔵にはまるで存在しなかったのだ。
 有り余っているのは、賀茂篠の水田で育てた自家用のコシヒカリ新米のみ。
 そこでトージは、この米を最大限に生かす料理を提供することにした。

(やはり、にぎり飯しかないな。それも、全身全霊を込めた究極のにぎり飯だ)

 総合的に見れば、トージの料理の腕前は人並み程度だろう。
 だが彼は酒蔵の当主である。米を扱っておいて、人並みでは許されない。
 実際、トージが地元の祭りで用意してくるおにぎりは、知る人ぞ知る人気の品で、専門店よりうまいと評判だったりするのだ。

 まずトージが取り出したのは、直径40cmもある巨大な羽釜である。最大で7升、10.5kgの米を一気に炊きあげることができる。
 米研ぎと炊飯用の水は、酒の仕込み水を使用する。雑味がなく、米粒に素直に浸みこむ仕込み水は、米のうま味を最大限に引き出す賀茂篠の生命線だ。

 一升の米をざるにあけ、桶に溜めた仕込み水にざるごと投入し、数秒で手早く表面の「米ぬか」を洗い落としてざるごと引き揚げる。いつまでも水に浸していると、水に溶けた米ぬかの成分が米粒に吸収され、匂いが移ってしまう。

 次に、ぬかが溶けた水をどけて、別の水桶にざるを入れて、米粒の表面を傷つけないように優しく研いでいく。

 一升ずつ6回に分けて米を洗ったら、次は米に水を吸わせる「吸水」だ。
 このとき「できるだけ温度の低い水」を吸わせることが重要。米粒の中心まで均等に水が染みこむため、ふっくらとした炊きあがりになる。家庭では水を減らしてその分“氷”を入れることでも代用できる。
 1時間半かけてじっくり水を吸わせたら、いよいよ炊飯だ。

(ここまできたら、あとは普通に炊けば極上の飯になる……
 でも、今回は「おにぎり」だからな。
 運んでいるあいだに冷めてしまうし、
 冷めてもウマい炊き方をしなくちゃだめだ)

 そのために、ふたつの秘密兵器を使用する。「備長炭」と「蜂蜜」である。

 まず、煮沸消毒した備長炭を米の上に置く。備長炭からじんわりと溶け出すミネラルが、米に深い味わいを与えてくれる。
 今回は関係ないが、備長炭には悪臭を吸着する効果があるため、古い米を炊くときや、電気炊飯器で炊いた米を保温するときにも有効となる。

 次に蜂蜜。
 米2合につき蜂蜜小さじ1、今回は米7升なので合計175ccを釜に投入する。
 蜂蜜には、人間の唾液にも含まれている、アミラーゼという酵素が入っている。これが米のデンプンを糖に変え、甘みとうま味とモチモチ感を高める。
 また、蜂蜜の糖分が米粒の表面にコーティングされることで、米粒の保水性が高まり、冷めても乾かず硬くならないのだ。

 下ごしらえが済んだので、いよいよ炊飯となる。
 曾祖父の代から伝わるかまどに薪を入れ、火を付ける。
 薪の特性上、はじめは火力が弱いが、しだいに薪全体に火が回る。そうしたらどんどんと新しい薪を入れて火力を一気に上げていく。

 10〜15分で沸騰がはじまり、釜の蓋がコトコトと浮き上がる。
 釜の中には大量の泡。|突沸《とっぷつ》現象だ。

「かまどから薪を引き抜いて、ギリギリ吹きこぼれない弱火に……! こぼしたぶんだけうま味が減るぞ、慎重に!!」

 飯のうまさは、この「蓋の重みによる高圧下で釜が沸騰し、米粒が対流している時間」をどれだけ維持できるかで決まると言ってもいい。
 少量しか炊かない場合、釜の水があっという間に蒸発してしまうため、熱が米粒に十分伝わらず、もそもそとした食感になってしまいやすい。
 羽釜による大容量一挙炊きは、沸騰による水分減少ペースが遅く、うまさの面においても大正義なのである。

 弱火にして15分前後で、水分が減り、蒸気の発生量が少なくなってくる。
 そうしたらかまどの中に稲藁を突っ込んで、火力を瞬間的に超強火にする。これには、釜の中に残っている不要な水分を飛ばしてしまう効果がある。
 藁はすぐに燃え尽きるので、かまどの中からすべての薪を取り出し、15分待機する。「蒸らし工程」である。

 絶対に蓋を取ってはいけない!

 このとき釜の中では、米の粘りやうま味成分を大量に含んだ液体が、水蒸気とともに米に再吸収され、ふっくらとした食感を作っている最中なのだ。
 ここで蓋を開けば、せっかくの米がパサパサになってしまう。
 じっと待つこと15分。これで「蒸らし」が完了である。

18 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:40:17 ID:EY9E8WKG


「……どれだけ炊き慣れても、蓋を取る瞬間は緊張するなぁ……」

 木製の重い蓋を取り外すと、ブワっと視界が白く染まる。圧倒的な量の水蒸気、そしてかぐわしい白米の香り。
 湯気がやや収まった釜の中では、半透明の米粒がキラキラと光を反射しながら、垂直に整列している。米粒が活発に対流したときだけ見られる芸術だ。

 大きなしゃもじで切るようにして飯を堀り、鍋底に溜まっている余分な水分を追い出す「ほぐし」を終えたら、大量の飯を幅広の木桶3個に広げて2つに蓋をし、開いた木桶から飯ひとかたまりを口に運ぶ。
 米粒の弾力感、ほどよい粘り、噛みしめるごとに広がる甘み。

「……よし、首尾は上々だ!」

 しゃもじを持った右手を、ぐっと握るトージ。

「ここまで来れば8割方成功してる。あとは仕上げるだけだな」

 卓の上には、炊きたての飯を広げた桶と、氷水のボウル、3種類の具材、そして「霧吹き」が並べられている。

 3種類の具材は、まず浅草の名店から取り寄せた海苔の佃煮。トージの朝食用のものだが、せっかくなので振る舞ってしまう。
 鮭はごく普通の紅鮭だが、昔の塩鮭のように、焼くと塩が噴き出す辛塩仕立てだ。淡泊なにぎり飯にはよく合うだろう。
 最後の梅干しは、トージのことを孫のように可愛がってくれた蔵人夫婦が漬けている自家製品のなかから、漬けて1年に満たない若いものをチョイスし、ひとつひとつ種を抜いたもの。
 自分はもっと漬け込んだものも好きだが、万人受けするのは、酸味豊かで果実らしいみずみずしさを持つ、若い梅干しだと思う。
 これらの具材のうちひとつを飯に包み込み、おにぎりを仕上げていくのだ。

「よし、それじゃあ戦闘開始だ」

 トージは服の両袖をまくりあげ、タオルをはちまきのように頭に固く巻きつけて作業を開始する。
 まず手に取ったのは霧吹き。左の手のひらに2回スプレーし、その液体を右手のひらにも行き渡らせる。

 この液体は「水塩」という。
 能登半島産の天然塩を、濃度20%になるように仕込み水に溶かしたものだ。隠し味としてわずかに米酢も入れてある。

 通常、塩味のおにぎりを握る場合、濡れた手に塩をつけて握ることが多い。
 この方法は塩粒の食感を味わえる一方で、おにぎり表面への塩の付き方にムラができてしまうという弱点がある。
 だが水塩を使えば、おにぎりの表面にまんべんなく塩味をつけることができ、しかも塩が水に溶けているので、塩分摂取量も抑えることができるのだ。
 隠し味の酢は微量で、味にはほぼ影響しない。だが酢には抗菌効果があり、また手にご飯がくっつきにくくしてくれるので、作業を手早く進められる。

 飯桶から米を取る。分量は大きめの160g。|秤《はかり》がなくてもプラスマイナス3gにおさめる技術が、トージには備わっている。
 飯の真ん中にくぼみを作り、具材を箸ではめ込んで飯で包む。箸を使うのは、飯の表面を具材の色で汚さず、白いままに保つためだ。

(表面をまとめ、中はふんわりと……)

 飯粒と飯粒の間にある空間を潰さないように、表面だけにわずかな力をかけておにぎりをまとめあげる。
 力を込めるのは3回。それ以上は飯が潰れてふんわり感が失われてしまう。
 ……軽く形を整えたら、1個目のおにぎりが完成。
 最初の霧吹きから、ここまでわずか10秒。なだらかに整ったおにぎりの表面はつやつやと輝き、米粒の“美”をこれでもかとアピールしている。

「……板海苔は巻かない。あくまで米の白さと輝きで勝負といこう」

 かぶりつけば、ほのかな塩味の後に口のなかで米粒がほどけ、具材のうま味と米の甘みを最高の形で混ぜ合わせてくれるはずである。

19 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:40:32 ID:EY9E8WKG

 水戻しした竹皮を仕切りとして置いたら、すぐに次に取りかかる。
 竹皮は抗菌効果と通気性を備え、おにぎりの水分を適量に保ってくれる「呼吸する梱包材」である。
 飯を包むにあたってこれ以上の素材は存在しない。裏庭の竹林で取り放題なので、惜しみなく使えるのも嬉しい。

 10個握ったら氷水で手を冷やす。
 トージは涼しい顔をして握っているが、目の前のご飯は炊きたてで、表面温度はまだまだ80℃はある。
 普通の主婦なら間違いなく火傷してしまうところだが、トージの手の平は子供のころからの酒造りで分厚くなっており、高温にも低温にも耐えられるからこその早業といえる。

 こうして炊きあがりから20分、トージは120個のにぎりめしを、炊きたてのまま「おにぎり」として仕上げることに成功したのであった。

「ひとりでこんなに握ったのは初めてだな! さあ、持って行こう!」

 祭りに心を躍らせ、おにぎり作り成功の充実感いっぱいで蔵を出るトージ。

 彼の脳内からは、破産管財人がどうだとか、周囲の様子がおかしいだとか、 そういう大事なことがすっぽり抜け落ちている。
 めんどくさい現実から目をそらし、祭りを楽しむというトージの目的は、残念なことに見事に成功したといってよかった。

20 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:41:14 ID:EY9E8WKG
第5話「日本酒と謝肉祭(2)」

「リタさん、酸っぱいのとしょっぱいのと甘じょっぱいの、どれがいい?」

「あ……はい、それでは……甘じょっぱいのでお願いします」

「はい、どーぞ」

 カーニバルの会場で、リタは緑色の瞳をゆらめかせ、困惑していた。
 というのも、トージに手渡された「おにぎり」という白い塊が、リタにはどうしても食べ物に見えなかったのである。

 水分が抜けないように炊き上げられた米粒は、いまだ若干の透明度を保ち、夕日を吸い込んでほんのりオレンジ色に染まっている。
 その表面には傷ひとつなく、宝石のようにつやつやと輝いているのだ。
 オパールの小粒をまとめ上げたようなその塊は、小型のシャンデリアだと言われても納得できるように、リタには思えた。

「ほらほら、食べなきゃお腹はふくれないよ。ガブっといっちゃって」

「あ、はい、わかりました」

 リタが小さな口で、大きなおにぎりの角の部分にかぶりつく。

(あっ……)

 最初に感じたのはぴりっとした水塩の塩味。
 次いで、炊いたお米から発せられる独特の香りが鼻腔に抜けていく。
 米の粒には粘りと弾力があり、噛み潰すとぷちりと潰れて口の中に広がる。
 米粒に含まれるアミノ酸が舌を刺激し、数秒後、唾液が米粒のデンプンを分解して生まれた糖類の甘みが、じんわりと広がっていく。

「お、おい、姉ちゃん? どうしたんだよ……」

 弟の呼びかける声は、リタの耳に入っていない。
 瞳からあふれ出した自分の涙にも、気付いていない。

 誘われるように2口めをほおばる。リタの口がおにぎりの中心部に到達し、米と一緒に具材の海苔佃煮が、彼女の口内に運ばれていく。
 ツンとかぐわしい初体験の刺激は、磯の香りだ。岩海苔が甘辛く煮込まれ、淡泊な白米と混ざり合って、一体感のある味わいをもたらしてくる。

「おい、姉ちゃん、返事しろって!」

 弟に肩を揺らされ、リタはようやく現世に帰還する。

「とても……とても……美味しいです……」

「……うん、満足してもらえたなら何よりだよ」

 トージの顔に、暖かく穏やかな笑みが浮かぶ。
 リタの反応に集中していたトージがあたりを見回すと、何十人という村人が集まって、リタの感想に生唾を飲み込んでいた。
 皆、異邦人のトージが繰り出した料理に注目し、最初にそれを口にしたリタの感想を、|固唾《かたず》を呑んで見守っていたのであった。

「お、俺もそれをくれ!」

「っざけんな、並んでたのは俺が先だ!」

「アタシも頼むよ、旦那のぶんとふたつね!」

「ちょっと待って、並んで、並んで下さい!!」

 未知の食べ物おにぎりを求めて、秩序なく押し寄せる村人たちに圧倒されるトージ。メガネがずれて落ちそうになり、あわてて受け止める。

「あーもうダメだこりゃ。トージさん、ここは俺と母さんに任せてくれ」

 リタの弟ロッシがそう言い、お盆の正面に陣取って場を仕切り始める。
 そしてリタの母レルダは、順番を無視して脇から伸びてくる手をひっぱたくのに余念がない。

「いいかー? ひとり一個だぞ! 二個以上取ったら村長に報告するからな!」
「おいてめえ! さっき一個食っただろ! しれっと並んでんじゃねえ!」

 喧騒を離れて一息つく、トージとリタと妹ルーティ。お盆の前ではロッシが、大のオトナを相手に丁々発止のやりとりを繰り広げている。

「いやー、凄い迫力だなぁ。僕にはちょっとできそうにないよ」

「えへへー。ロッシ兄ちゃんはすごい狩人だからね、コラーッ、って怒ると、ワルガキたちも逃げてくんだよー?」

「へぇ、やるなぁ、ロッシ君」

 リタの妹ルーティは、家族をほめられて嬉しそうだ。
 一方でリタは、大きなおにぎりを食べ終えて恍惚の表情を浮かべていた。

「とても……とてもおいしかったです、トージさん」

「うん、ありがとう」

21 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:41:25 ID:EY9E8WKG

「トージさん、あの……家族にも“おにぎり”を食べさせたいのですが」

 リタはそう言って、お盆のほうに心配そうな目線を送る。
 すさまじい勢いでおにぎりが配られ、いまにも売り切れてしまいそうだ。

「心配いらないよ。みんなと村長さんのぶんは、別の包みに入れてあるんだ」

「まあ」

 トージはいたずらっぽい笑顔を浮かべ、台車の上に置かれている包みをチラリとめくってみせる。そこには20個ばかりのおにぎりが包まれていた。

「みんなには3つずつ用意してあるから。村のひとたちには内緒だよ?」

「あんな大きなものを3つも……!? あ、ありがとうございます」

 一家そろって発育不良気味なリタの家族を心配していたトージは、せめてお腹いっぱい食べてもらおうと、たっぷりのにぎりめしを用意してきたのだ。
 トージにとっては何ということもないが、リタの価値観から見れば、これはかなりの大盤振る舞いである。
 リタが恐縮しているところに、脇合いから声が掛かった。

「おい! あんたがこの米料理を作ったトージさんか!?」

「はい、そうですが」

 トージが振り返ると、そこには20歳そこそこに見える男が立っていた。
 緑色に染め抜かれた、村人たちの服よりも上等な服を身につけたその男は、トージよりすこし大柄な身長175cm程度。くすんだ金髪を左右に分けている。
 髭を生やした細いアゴは「これでもか」とばかりにしゃくれていた

 さきほど村長のスピーチのとき、つまらなそうに座っていた商人オラシオだ。
 だが今は、その表情は何かに追い詰められたように必死なものになっている。

「トージさんよぉ! この米はいったい何だ! あんなに艶があって、もちもちとして、うま味がぎっしり詰まって臭いも少ねぇ米なんざ、生まれてこのかた、俺ぁお目に掛かったためしがねぇ!」

「そんなものですか」

「そんなものだとも!」

 そう叫ぶと、オラシオはトージの肩をガシッと両手でつかみ、血走った目で必死に訴えかける。尋常ではない雰囲気である。

「トージさん、このオラシオ一生の頼みだ。あの米がどこで作られたシロモノか、教えちゃあくれねぇか!? タダでとは言わねぇ、相応の礼はする!」

 これが、あのつまらなさそうに祭の会場を見ていた男と同一人物だろうか?
 違和感を持ちながらも、トージは言葉を返す。

「いえ、あの米なら、うちの田んぼで作ったやつですよ」

「なんと!? あんたんところで作ってんのかい!」

 トージにとっては|隠《かく》すような話でもない。それに米作りに携わる者として、これほどまでに自分の米をベタ誉めされるのは嬉しいことだった。

「じゃあ……それじゃあ、その米を売ってくれ! 値段は港町の|米《リーゾ》の2倍、いや3倍出そう」

「ありがたい話ですが、あれは自家消費用で……あんまり量がないんですよ」

「……ああ、なんてこった!」

 ガイジンさんなら「オーマイガッ!」と言っていそうなリアクションで頭を抱えるオラシオ。鋭いアゴが天を向いている。
「袋ひとつでもかまわない」と粘るオラシオに、トージは明日の商談を約束して会話を打ち切った。

「オラシオさんがあんなに興奮しているところ、はじめて見ました」

 リタが意外そうな顔でトージに語りかける。

「まあ、不景気な顔で祭をシラケさせるよりは余程いいよ。ともかく、これからが本番だ。張り切らなくっちゃね」

 今日のトージは商売をしにきたのではない。祭りを盛り上げに来たのである。

 トージが初めて会う人たちに、はじめて賀茂篠の日本酒を飲んでもらう。
 酒蔵の当主として、勝負の時がやってきたのだった。

22 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:42:54 ID:EY9E8WKG
第6話「日本酒と謝肉祭(3)」


 村の謝肉祭は、皆に料理が行き渡り、宴もたけなわといったところ。
 トージはリタを連れ、さきほど村長がスピーチした台にやってきた。
 そこでは、ゲジゲジマユゲの村長がトージたちを待ち構えていた。

「飲み物を振る舞うと聞いているが、何を持ってきた」

「うちの自慢の日本酒ですよ」

「ニホンシュ?」

 村長のマユゲが不思議そうに“ハ”の字に変わる。

(あー、そういえばみんなガイジンさんみたいだもんな。日本酒を知らないってこともあるのか)

「米から造った酒ですよ。香りも味も、そちらの酒に負けてないと思いますよ」

「サケ? サケってのはなんだ」

「あー、英語でなんていったっけ……とにかく飲んでいただけばわかります」

 あっというまに説明を放棄してしまうトージ。
 彼は自慢の酒を、一秒でも早く皆に振る舞いたくてたまらないのだ。
「うんちくは飲んだ後、まず飲め」がトージの信条である。

「とりあえずセットしちゃいましょう。よいしょ……っと」

 トージが台車から抱え上げたのは、|藁《わら》の“ござ”のようなものに包まれた、大きな樽だった。正面には「銘酒 賀茂篠」の文字がでかでかと印刷されている。
 この“ござ”のようなものは「|菰《こも》」といい、樽を輸送するときに破損防止のクッション材として機能する。そして菰を巻いている樽だから、この樽全体のことを|菰樽《こもだる》と呼んでいる。
 木槌で蓋を割って酒を振る舞う「鏡開き」に必須のアイテムとして、現代でもよくお目にかかるものだ。

 直径60cm、高さも60cm。重さは中身込みで40kg近くある|菰樽《こもだる》だが、トージは抱きつくように樽を抱えると、足の力で軽々と持ち上げてしまう。
 菰樽を台の上にゆっくりと置くトージを見て、リタは目を丸くする。

「トージさん、すごい力ですね……」

「いや、これ見た目よりは軽いし、持ち上げるのはコツがあるんだ」

 トージはそう答えながら、手際よく縄を解いて、樽の上面から菰をどかし、樽をきつく締めている「箍|《たが》」をずらしていく。
 樽の上面に木の板があらわれ、内部のお酒から染み出した香りが広がる。村長は鼻とマユゲをひくつかせて、その香りをかぎ分けたようだった。

「……なるほど、サケとはリンゴのジュースのことか」

「ンフッフ、そう思いましたか?」

 鼻の穴を広げて得意そうにしているトージ。
 日本酒は、発酵のさせかた次第で、実に多彩な香りを放つようになる。
 このリンゴのような香りは「カプロン酸エチル」という物質で、特別な条件で酒を仕込むことで米からも生成される。トージたち賀茂篠の職人によって、計画的に生み出された香りなのだ。

「リンゴジュースではないですよ。そもそもこの酒には、果実は一切使ってません。こいつの材料はふたつ、米と水だけですよ」

「むぅ、信じられんな」

「お米と水がこんな香りになるなんて、不思議です……」

「あとでタネを教えてあげるよ。それじゃ村長、皆を集めてもらえますか?」

――――――――――◇――――――――――

「あー、皆、聞いてくれ。客人のトージ殿から、皆に飲み物の振る舞いがある」

 村長が話す台のまわりに村人たちが集まり、村長の言葉を聞き始めた。

「名前は“ニホンシュ”というそうだ。米で作った飲み物だそうだぞ」
「米か!」「またあの米なのかしら?」「気になるな」

「米」という言葉を聞いた瞬間、村人たちがにわかにざわつき始める。
 それもそのはず。村人たちの多くは、トージが振る舞った絶品おにぎりを食べた結果、村人たちは「トージの米料理」と聞くだけで、どんなに旨いものかと期待するようになっていたのだ。
 げに恐るべきは現代日本米の魔力であった。

「じゃあトージ殿、説明があるんだったな」

「はい、預かりました、トージです。」

 トージはそう言うと、右手に木製の四角いものを持って掲げ上げた。
 |升《ます》である。

「今回振る舞う日本酒は、お酒ですので、大人の方だけが飲むようにお願いします。この|升《ます》でお配りしますが、ビールなどより度数がかなり高いです! けっして一気に飲み干さず、料理を楽しみながら少しずつ味わってください」
「オサケ?」「ビール?」「ドスウ?」

23 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:43:16 ID:EY9E8WKG

 耳慣れない単語をいぶかしむ声があがるが、トージの耳には届いていない。

「お子様には別のものを用意しています。これも米から作った飲み物です。甘くて美味しいですよ。こちらはリタさんから受け取ってください」

「「は〜い!!」」

 子供たちから元気な声があがった。
 にぎやかな返事に満足したトージは、どこからか2本の木槌を取り出し、その片方を村長に手渡す。

「本日は、誠におめでたい謝肉祭の日です。今年の豊かな収穫に感謝し、皆様の健康や幸福を祈願して、鏡開きをとりおこないます!」

 急に芝居がかった口調になったトージに、場がざわつきはじめる。
 振る舞い酒の樽を開ける「鏡開き」をリードするのは、酒造の当主たるトージにとってはお家芸だ。

「私が“お願いいたします”と申し上げたら、皆様は“よいしょ! よいしょ! よいしょ!”とご唱和ください! 村長様は、3回目の“よいしょ!”のときに、この印が付いたところに、勢いよく木槌を振り下ろしてください!」

「あ、ああ」

「それでは皆様、皆様の未来に希望がふくらみますように、どうぞ大きな“よいしょ”をお願いします! それでは参ります、せーのっ!」

「「「「「よいしょ、よいしょ! よいしょー!!!」」」」」

 パカーン!!

 トージと村長が木槌を振り下ろすと、まん丸な形をした樽の天板が、乾いた音を立ててふたつに割れる。この丸い天板を丸い手鏡に見立てて、この儀式は「鏡開き」と呼ばれているのだ。
 天板の一部が酒樽の中に飛び込み、小さなしぶきが上がった。
 それと同時に、樽の中に封じ込められていた香りが解き放たれ、樽の近くを取り囲んでいた村人たちの鼻腔に流れ込んでいく。

「……リンゴの香りがするぞ、果汁じゃないのか?」

「いや見ろ、水みたいに透明だ、果汁じゃねえぞ」

「なんだか嗅いだことのない香りもするな……」

 好奇心旺盛な一部の村人は、樽に顔を近づけて中身の様子を見たり、クンクンと鼻を動かして匂いを嗅いでいる。
 リタの母親レルダが、何十個という升を順番にトージに手渡し、トージは木製のひしゃくを使って升に酒を注いでいく。
 升一個の容量は1合、180ccまで入るのだが……今回トージは、それぞれの升に30cc、おちょこ1杯分だけの日本酒を注いで皆に配ってもらった。

(ビールのノリで一気に飲むと、グデングデンになっちゃうからな)

 日本酒というのはアルコール度数の強い酒である。ビールのアルコール度数が5〜7%であるのに対して、日本酒の度数は14〜20%もあるのだ。
 はじめて日本酒を飲む人たちには、相応の配慮をするべきであった。
 トージとしては村長に音頭を取ってもらって乾杯の儀をするつもりだったが、どうやらこの村には乾杯の習慣がないようだ。気の早い一部の村人は、さっそくおちょこ一杯分の日本酒をぐいっとあおる。

「なんだこりゃ! めちゃくちゃうめぇ!!!」

 最初に日本酒を飲んだ村人のひとりが、そう叫んでトージに詰め寄ってきた。

「おい、トージさん、こりゃ一体なんなんだ!? 見た目は水みたいなのに、香りはカンペキに青リンゴだ。でもこいつはリンゴジュースじゃねえよな? だってほら、リンゴより甘いし、ノドの中がクァーッと熱くなってきやがった! こんなジュースあるわけねえよ!」

「ええ、さっきも言ったように米と水で作ってます。ジュースじゃないですよ」

「だーからそれがおかしいだろ! なんで米と水でこうなるんだよ! わかんねえからもう一杯よこしてくれよ!」

「はいはい、只今〜!」

 トージは笑顔で升を受け取って、こんどは升一杯に酒を注ぐ。

「一気に飲まずに少しずつ飲んでくださいね。一気に飲むと、そのノドの中の“カーッ”が暴れて、ぶっ倒れちゃいますから」

「ちょっとずつだな、わかったよ!」

(わかってなさそうだなぁ……)

 上機嫌で樽から離れていく村人を苦笑いで見送りながら、あの村人が酔いつぶれる予感をひしひしと感じるトージであった。
 酔客の介抱もホストの役目のうちである。

 そうこうしているうちに村人に酒升が行き渡り、皆の日本酒に対するリアクションも定まってきたようだった。

 ある人は旨い旨いと笑顔を浮かべ、おかわりの酒をもらう列に並んでいる。
 ある人はおっかなびっくり酒をすすりながら、首をかしげている。
 ある人はすでに酒を飲んでみたのか、升をもてあまし気味に立っていた。

24 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:43:28 ID:EY9E8WKG

 トージは酒樽をレルダに任せ、升をもてあましている中年女性に歩み寄る。

「お口にあいませんでしたか?」

「うーん、あのねぇ、香りはとってもステキなのよ? でも匂いをたくさんかいだら、なんだか頭が痛くなってきちゃってねぇ」

「なるほど、お酒の成分が合わなかったのかもしれませんね。好き嫌いのある飲み物ですから、無理に飲まれないほうがいいですよ」

「せっかくの振る舞いなのに、なんだか申し訳ないねぇ」

 アルコールが苦手な人は厳然として存在する。合わない人に飲ませないのもマナーだ。そしてアルコールの分解を促進するため、水分を摂取してもらうことも重要である。
 トージは女性から升を回収し、子供たちに配ったほうの飲み物を勧めると、次は、首をかしげている男性に声をかけた。

「いかがですか、日本酒は?」

「おお、トージさんか。いや、飲んだには飲んだし、不味いとはまるで思わないが、あの野郎があんなにはしゃいでるのはなんでかと思ってな」

 50歳くらいに見える男性の目線の先では、その男性とそっくりな若者が、樽の近くで同年代の若者たちと騒ぎながら酒を楽しんでいるようだ。

「お酒を飲むと、ああいう風に気が大きくなる方は多いですね。ですが、静かに飲むのも僕は好きですよ」

「そんなもんかい、それならいいんだがね」

 そういうと男性は、まだ若干酒の残っている升を掲げて見せた。

「酒そのものが苦手でないのでしたら、もっとおいしい楽しみ方がありますよ」

「ほう、そりゃどんなものだい」

「食事と一緒に楽しみましょう。あれなんかいいですね」

 トージが指し示したのは、豚肉をトマトで煮込み、上から山羊のチーズをかけた料理だった。
 塩気と酸味が利いていて、実に酒に合いそうだと思っていた料理である。

「いや、トージさんよ、すまねえが俺ももう年でな、山ほど喰ったからもう腹一杯で……おや?」

「どうしました?」

「いや……ついさっきまで、腹一杯でもう喰えねぇと思っていたんだが、いつのまにか腹がこなれて、まだ喰えそうな感じになってるもんだからよ……」

「日本酒には、食欲を増す効果があるんですよ」

 酒を飲むと、体温が上昇したり、アルコール自体が胃を刺激するため、胃酸の分泌が増したり、胃の消化運動が活発になる。その結果、食欲が増すのである。
 トージと男性は料理をかみしめ、豚のうま味を存分に堪能した。

「口の中にトマトのうま味と豚の脂がこってりと入りましたよね。それじゃ、次は日本酒を一口含んで、口の中で軽く回してから飲んでみてください」

「ふむ? ………………おおっ、口の中がさっぱりする。飯を食う前に戻ったみたいだ」

「日本酒は料理の味を引き立てますし、前の料理の味を、ただの水よりも強くリセットしてくれます。次はまったく味の方向性が違う料理を楽しめますよ」

 そう言ってトージは、リタの豚骨麦団子スープの鍋を指さした。

「こいつはいいな、料理がいくつも出るなんて宴くらいだが、このニホンシュを使えばいつも以上に楽しめそうだ。忙しいのに悪かったな、トージさん」

「ぜひぜひ、ゆったりとお酒を楽しんでください」

 お酒が嫌いな人には勘違いをされてしまっている部分があるが、
 日本酒というのは、騒ぐために飲むものではない、とトージは思っている。

 おいしいから飲む、飲んで明るく楽しむ、食事の味を引き立てる……
 いろんな楽しみ方が日本酒にはあるのだ。
 あの男性が日本酒党になることを願いつつ、トージは次の村人に歩み寄った。

 そして村人たちの反応が、あきらかに「日本酒どころか酒を知らない」リアクションであることに……この時点でトージは気付いていないのだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

アルハラ、ダメ、ゼッタイ。

のちのちくわしく書くことになりますが、
お酒というのは、飲めない人は徹底的に飲めません。
飲むことで鍛えられるという俗説も、合致する人としない人がいます。
作者の同級生T君は、ビールをコップに1cm注いで飲むだけでひっくり返ります。
無理矢理飲ませると少量でも命にかかわるので、絶対にやめましょう。

ちなみに作者は「もともと飲めたが飲んで鍛えられた」タイプです。
継続した飲酒で酒量が増える人がいることも、また事実です。

25 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:45:40 ID:EY9E8WKG
第7話「日本酒と謝肉祭(4)」

 近年の酒造業界は、技術者の若返りが進んでいる。だがそのなかでも、20代の若社長というのは珍しい存在だった。
 そのせいもあって、トージは日本酒バーや酒販店が主催する日本酒イベントに、ゲストとして招待されることが多かった。こういったイベントは、酒蔵にとって、消費者の生の声を聞くことができる貴重な機会である。

 トージは村の謝肉祭においても、いつものようにお酒の飲み方をアドバイスしながら、飲んだ人の感想や好みを聞いて回っていたのだった。

「トージさん、お疲れさまです」

「ニホンシュ、評判いいみたいだな!」

 あらわれたのは、銀髪の少女リタと、赤毛の弟ロッシ、そして赤毛の妹ルーティだ。ルーティは木製のコップを、リタとロッシは酒升を持っている。
 リタとロッシは、顔をほんのりと朱色に染め、ほろ酔い気分のようだ。

「ふたりとも、もう飲んでもらえたみたいだね、どうだった?」

「とても美味しかったです、その……」

 リタはそう言い、青緑色の瞳を閉じる。

「香りをかぐと、青いうちに摘み取った林檎のような、華やかな果実の香りがふんわりとただよってきました。それを楽しみながら、この“マス”を口に運びましたが……
ほんのりとした甘さと、エグみのない酸っぱさが飛び込んできて、それを豊かなうま味が支えていて……たとえるものが思いつかないのですけれど、近いものを探すと……樹の上で赤黒くなるまで完熟させたトマトをかじっているようでした」

「うんうん、それで?」

「しばらくすると花のような香りも感じられるようになってきました。口の中で味と香りを楽しんでいたら、口の中が、ぽかぽかと暖かくなってきたんです。びっくりして、口の中のニホンシュを全部飲み込んでしまったら、のども暖かくなってきたんです」

「うん、そうだね。日本酒には血の巡りをよくする性質があるから」

「そうなのですか……そうして気がついたら、いつのまにか口のなかから甘みが抜けていて、かすかな酸味と、青リンゴの香りだけが残っていました」

 そう語り終えると、リタはゆっくりと青緑色の目を開けた。

「トマトだったら味がいつまでも口の中に残るのに……ニホンシュって不思議な飲み物なんですね。とっても美味しかったのに、すぐになくなってしまったので、いま2杯目をいただいてきたところなんです」

 リタの感想を聞いて、トージの目は輝いていた。
 トージのポリシーは「うんちくは飲んだ後」。
 つまり相手が酒を味わったのなら、うんちく語りを止める理由がない。

「うん、美味しく飲んでもらっているようでなにより! それにしても素晴らしく鋭い味覚だね? はじめて飲んだのにそこまで細かくわかる人はそうそういないよ。
日本酒の世界ではね、口の中に嫌な後味を残さず、すぅっと味を消すお酒のことを“キレのいい酒”って呼ぶんだ。味がすぐに消えてくれるから、どんな料理とも相性が良くって、旨い酒に対するほめ言葉のひとつなんだよ。
それから酸味についてはウチの蔵がこだわってるところでね、適度な酸ってやつは酒のうま味を引き締めてくれる。ただあんまり強くしすぎると日本酒本来の味を殺してしまうから、いかに嫌味のない旨い酸を作るかが勝負所なんだ」

「嫌味、ですか。果実も熟しすぎると嫌な味が出ますよね」

「まさにそれさ! 少量なら風味の良さにつながる成分も、多すぎると味を損なってしまう。バランスが大事なんだよ!」

 ましてや、リタは鋭敏な味覚を持ち、家族にうまい料理を作ることにこだわりを持つ少女である。
 例えるならばふたりは、同じマイナーなアニメ作品を愛する同志であり……

「姉ちゃん、ふたりの世界はそのくらいにしてくれねーかな……賛美歌でも聴いてる気分になってくるぜ」

 趣味が合わない相手には、まるで理解されないのであった。

「「ごめんなさい……」」

26 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:46:15 ID:EY9E8WKG
 ともあれ、リタの味覚の鋭敏さには、目を見張るものがある。
 初体験の日本酒の感想など、ロッシ君のような形になるのが当たり前なのだ。
 近年のアメリカの研究によれば、アメリカ人のなかには、ほかの人よりも圧倒的に味覚が鋭い人が全人口の25%の割合でいて、彼らのことを「スーパーテイスター」と呼んでいるそうだ。
 トージが見るに、リタの味覚は酒蔵の当主たるトージと同等か、あるいはそれ以上に敏感かもしれない。たかだか25%どころのレベルではない……あえて名付けるなら「ウルトラテイスター」とでも称するべきではないだろうか。

「悪いなールーティ。俺たちだけ飲んじゃってさ。こいつはオトナ用なんだ」

「ふーんだ。こっちの“アマザケ”のほうが甘くておいしいもーん。コドモ用だから、ロッシ兄ちゃんは飲んじゃいけないんだよー」

「なんだ? 米の粥かと思ったら甘いのかよ。俺にも一口くれって」

「だーめー。イジワル兄ちゃんにはあげないもーん!」

「オトナは飲むな、とは言ってなかっただろー!?」

 ふたりは、トージとリタの周りでぐるぐると追いかけっこを始めてしまう。
 升から酒をこぼさないように動いているロッシ君は、コップの中身をだいぶ減らしているルーティちゃんに追いつけないようだ。
 ルーティちゃんのコップの中に入っている甘酒は、おにぎりを作る前に蔵で仕込んできた、トージお手製のものである。

 日本酒の原料のひとつ、米にコウジカビを植え付けて作った「|麹《こうじ》」を、水と混ぜて数時間熟成させたものが「甘酒」だ。
 甘“酒”という名前で呼ばれてはいるが、アルコール濃度が1%未満のため、法律上、酒ではない。

 甘酒は、ブドウ糖やオリゴ糖などの糖分に加え、ビタミンB群と多種のアミノ酸を含んでいるため、近年では「飲む点滴」などとも呼ばれる栄養抜群の飲み物である。
 江戸時代には、暑さでバテやすい夏場に、体力を回復させる栄養補給ドリンクとして甘酒が行商されていたとか、庶民の健康を守るために幕府が甘酒の価格統制を行っていたという実績もある。
 トージとしては、発育不良気味の子供たちに、この甘酒ですこしでも栄養を取ってもらおうという狙いがあった。

 しかもトージの甘酒は加熱殺菌をしていないので、蛋白質・脂質・デンプンなどを有益な栄養成分に分解する“酵素”が30種類以上、活性化した状態で含まれている。
 祭りで食べた贅沢な食事も、しっかり消化吸収されて血肉になるはずである。

「……まったくもう、ロッシったらいつまで子供みたいなことを……」

 あいも変わらずルーティを追い回しているロッシに、リタがあきれたようにつぶやく。
 ……その瞬間、トージの体が電撃に打たれたようにピタリと止まった。


(こど……も……?)


 トージの首が、油の切れた機械のようにぎしぎしと動き、リタの顔を見る。

「……ときにリタさん、質問があるのだけど……」

「はい、なんでしょうか」

「あのさ、キミとロッシ君って……何歳だったっけ?」

「昨日お話ししませんでしたっけ? 私が16歳、ロッシが15歳になります」

「お酒はハタチになってからーっ!?」

 トージが顔を青ざめさせながら叫ぶ。
 未成年に酒を飲ませる、それは酒を持ち込んだトージの大失態であった。

 日本には「未成年者飲酒禁止法」という法律があり、満20歳未満の者がアルコール飲料を飲むことが禁じられている。
 さらに、未成年者に酒を“飲ませる”ことも犯罪であり、未成年者が飲酒しないよう適切な措置をとらなかった、責任者やその法人……つまりこの場合でいえば「株式会社賀茂篠酒造」は処罰されてしまう。
 これは、酒類についてのもうひとつの法律「酒税法」にある、「酒類販売業免許の取消要件」に該当する……つまりこの事実が処罰されれば、賀茂篠酒造は酒をお客様に直接売ることができなくなってしまうのである。

 もちろんトージがあわてているのは「違法だから」だけではない。
 アルコールは、子供の脳の成長と、性機能の成長に有害なのである。
 一回や二回の飲酒で、ただちにそのような害があるわけではないが、だからといって許容できるようなものでもない。

27 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:46:35 ID:EY9E8WKG

「……あのさぁ……僕、“お酒を飲んで良いのは大人だけ”って説明したよね? なんでリタさんとロッシ君もお酒を飲んじゃってるの?」

「だって、大人は飲んでいいんだろ?」

「子供じゃないか! 15歳だろ!?」

「トージさん……この村で男は12歳、女は……初潮が来たら大人として認めめられるんです」

「文化がちがーう!?」

 頭をかかえたまま天を仰ぐトージ。

「そもそも20歳以上の人なんて、村の人口の半分もいないはずです。だいたい20歳になる前に、病気になって亡くなってしまいますから……」

「なん……だって……!?」

 次々と明かされる衝撃の現実に、トージの脳みそはオーバーフロー寸前だ。
 しかし、そんななかでもトージの脳は、酒蔵の当主の義務を果たせと叫ぶ。

「リタさん、ロッシ君、日本酒を飲むのはそこまでにしてほしい。申し訳ないけど時間が惜しい、理由はあとで説明させてほしいんだ」

「ええーっ!? さっき注いだばっかりなんだぜ?」

「たのむ! このとおりだ! かならず埋め合わせはするから!」

「おいおいおい、なにやってんだよトージさん!」

 燕尾服の膝下を土で汚しながら、村の地面に正座し、頭を下げて頼み込むトージに、ロッシ君が仰天する。

「ロッシ、トージさんがここまでおっしゃってるんです」

「もったいないって思っただけだって、逆らったりしねーよ」

「ありがとう! 本当にごめんね、ふたりとも!」

 トージはふたりから日本酒の入った升を受け取ると、みずから招いてしまった未成年飲酒の蔓延を食い止めるために動き出した。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 未成年飲酒の制限は、各国の文化と密接に関係があり、国ごとにさまざまな法律があります。
 今後のお話でそのあたりにも触れていくことになりますので、お付き合いください。

28 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:47:16 ID:EY9E8WKG
第8話「日本酒と謝肉祭(5)」

 トージの基準から見て未成年に酒が配られていることを認識し、いまさらながら未成年飲酒の阻止に動き始めたトージ。
 だが結論から言うと、その努力は実を結んでいるとは言い難かった。

「20歳未満?……女神教会の記録を見ればわかるかもしれんが……」

「リタよりも年上か、年下か、ということなら、ある程度はわかると思いますが……」

「20歳になるまで飲んじゃだめ? じゃあ俺は20歳だよ」

 このように、大部分の村人は、自身の年齢も把握していないのである。
 人間の年齢を正確に記録しているのは女神教という宗教の教会くらいなので、村人の年齢を把握するすべがないのが実情だった。
 ここで「女神教ってなんだよ」とならず、事実をそのまま受け止めてスルーしてしまうのが、トージの長所であり短所でもある。

 ともあれトージは、必死で宴の会場を回り、若者に声をかけては年齢を確認し、20歳未満には酒を止めてもらって、かわりに甘酒を勧めるという地道な活動を続けていた。
 ……それが、混乱の原因となった。
 トージは未成年飲酒を止めようとするあまり、酒樽から離れてしまったのだ。

――――――――――◇――――――――――

「すみませんトージさん、私では手に負えなくて」

「そんなこと気にしないで。それでどんな状況?」

「家にも戻らず、地べたで眠り始めてしまって……」

 リタに呼ばれて駆けつけると、トージが持ってきた酒樽のまわりは、乱雑きわまる状況になっていた。
 酒樽のところには3人の男が陣取って、パカパカと日本酒をあおっている。
 その外周には十数名の男女が転がり、いびきをかいたりぐったりしたり、まるで築地のマグロ市にトラックが突っ込んだような惨状であった。

「みなさん元気に騒いでいたのに、急に眠りだしてしまって……」

「うん、お酒って、飲み過ぎるとそうなるんだよ」

 トージは手早く、眠っている人たちの状態を確認していく。

「うん。危険な状態の人はいないみたいだ。リタさん、飲み水ってあるかな」

「うーん……生水しか用意できそうにありません」

「それじゃあ水じゃなくてもいいや。ミルクとか汁物料理とか、起きている人には飲ませてあげて。寝ている人は、体をあおむけじゃなくて横にしてあげて。こういうふうに」

 トージは寝ている人を、右肩を下に向けた横寝のポーズに変えていく。
 酒に酔った人を仰向けやうつぶせに寝かせておくと、嘔吐物で窒息してしまう恐れがある。横向きに寝ていれば窒息のリスクは非常に小さくなるのだ。

 水分をとらせるのは、アルコールの分解を促進するためである。
 人間は血中に溶け出したアルコールを、肝臓で分解して無害化する。このときアルコール分解の化学反応で、体内の水分が消費されるのだ。
 水こそ、二日酔いの最大の特効薬である。

「すみません、そこのお三方も手伝ってくれませんか? あと、村長さんは?」

 そう声をかけると、ワイワイと日本酒を楽しんでいた三人組が振り返った。

「お、ニホンシュの兄さん、呼んだべか?」

「うわ、なんだよみんな寝ちまったのか、どうりで静かなわけだべ」

「村長なら、家に戻って寝てるはずだなや」

「そうですか、って、ひしゃくから直接飲んじゃだめですよ!」

「いっけね」

 細身の男性が、そう言ってひしゃくを蓋の上に戻す。

(だいぶ飲んだろうに顔色ひとつ変わってない。うわばみかな?)

 わが国では大酒飲みのことを「うわばみ」と呼ぶ。うわばみとは大蛇のことで、獲物を丸呑みにしてしまう生態から、大酒飲みの通称となった。
 トージは脳内でひそかに、彼らに「うわばみブラザーズ」と名付けていた。

「トージさん、ミルクと汁物料理、持ってきました」

 リタは鍋と樽を順番に地面に置くと、酔って寝ている人たちを起こし、汁を飲ませて介抱しはじめた。

「こんなところで寝たら風邪を引きますよ、はい、汁を飲んでください、楽になるそうですから。こぼさないように……はい、もう一杯飲みますか?」

(本当に、甲斐甲斐しくて働き者で、良い子だなぁ)

 トージはリタの働きぶりに眼を細める。
 うわばみブラザーズは、リタが声を掛けても起きない村人を、家の寝所に輸送する係だ。相当飲んでいるはずなのに、その足取りにはまるで乱れがない。

(みなさんだけに任せてはいられない。僕も働こう)

 トージは寝ている人たちの介抱に加わる。
 そこに寝ているのは……焦げ茶色の髪、緑色の服。
 そして三日月のようにしゃくれたアゴ。馬車商人のオラシオであった。

29 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:47:35 ID:EY9E8WKG

「オラシオさん、起きてください、風邪を引きますよ」

「……ん……なんだ……?」

「目が覚めましたか? ずいぶん飲まれたみたいですね」

「……トージさんか!!」

 オラシオはガバッと起き上がり、トージの両肩をつかむ。

「……売れ! 売ってくれ!!」

「米ですか? ですからそれは明日相談しましょうと……」

「米じゃねぇよニホンシュだよ! ……ぐおっ」

 酔っている状態で大声を出したせいか、額を抑えてうずくまるオラシオ。

「あんたの米はすごかったが……悪く聞かねぇでくれよ、あくまで“むちゃくちゃ旨い米”でしかねぇ」

 オラシオは、リタが差し出した山羊のミルクを一気に飲み干し、話を続ける。

「だがこのニホンシュってのはなんだ。旨いのはいいとして、飲むと幸せな気分になる飲み物なんて、見たことも聞いたこともねぇ。これは絶対にすげえ商品になるぞ」

 オラシオは真剣な目をトージに向け、指を突きつけてくる。

「そうですか。当主として冥利に尽きますが、お酒くらいどこにでもあるでしょう? ビールとかウイスキーとか」

「ビール? ウイスキー? そんな飲み物聞いたこともないな」

「……ないんですか?」

「ない。母なる女神に誓って、ないとも」

(ウイスキーはともかく、ビールがないってどういうことだ?)

 トージはようやく違和感を感じるが、その思考はオラシオに中断させられてしまう。

「ともかく! 俺ァこいつを売ってもらうまで村を出ねぇぞ。……おっと、なにもあんたが飲む分まで買い占めようってわけじゃねぇ。この樽1個ぶんだけでも……」

「いえ、ウチは酒造りが生業ですからね。酒なら売るほどありますよ」

「本当か!!」

 険しかったオラシオの表情は一瞬で笑顔に変わり、彼はトージの手を両手で握りしめてぶんぶんと振り回す。

「売るほどとはありがてぇ! トージさん、明日の商談楽しみにしてるぜ!!」

 オラシオはそう言い、逗留しているのであろう村長の家へ入っていった。
 トージが手を振って見送り終わると、燕尾服の上着をひっぱられる感触。

「リタさん、どうしたの?」

「あの……トージさん、そろそろ帰りませんか」

「どうかしたの?……顔が真っ赤だけど」

 リタの白い頬が真っ赤に染まっている。
 もう酒は飲んでいないはずだが……。

 リタは無言のまま、横の方をチョイチョイと指差す。そこでは一組の恋人が、口づけを交わしながら、お互いの体をまさぐりあっていた。
 どうやら酒の力が、恋人たちを大胆にしてしまったようだった。

 あたりを見回せば、女の子を物陰に連れ込もうとしたらしい男が、女の子の反撃を喰らって地面に伸びたところだった。
 別の場所でも物陰に向かう男女……こちらは女性もまんざらではなさそう。

(お幸せに〜)

 心の中で手を振ってから、トージはリタのほうに向き直る。

「それじゃあ、帰ろうか」

「……はい」

 心細そうにトージの服をつまむリタを送り届け、トージも蔵へ帰還した。

30 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:47:49 ID:EY9E8WKG

――――――――――◇――――――――――

 祭りの翌朝。
 トージとリタは、宴が行われた広場に着いていた。
 鍋に台車に|菰樽《こもだる》など、置きっぱなしにしてしまったものを回収するためである。

「あれ? 村長さん?」

「そのようですね」

 ゲジゲジマユゲのミゲル村長が、酒樽の前に座り込んでいた。
 その眉毛は逆ハの字につり上がっている。

「かなりお怒りのようですね……」

「たぶん、僕のせいだな」

 心当たりは、ありすぎるほどある。
 酒量の制御を放り出したせいで、二日酔いに苦しんでいる人もいるだろう。
 皆が酒に夢中になったせいで、できなくなった儀式もあったかもしれない。

「うん、ちょっと怒られてくるよ」

「私も行きます、トージさん」

 トージとリタは連れだって村長の前に歩み寄り、揃って頭を下げた。

「すみません、村長。昨日は日本酒のせいで、とんでもないことに……」

「トージ殿」

「はい」

 謝罪をさえぎるような問いかけに、トージの背に緊張が走る。
 村長は眉毛を怒らせたまま、トージに質問する。

「次はいつ飲める」

「………………は?」

「次はいつ飲めるんだ」

 村長の視線は樽に固定されている。何を「飲む」のかは明らかだ。
 予想していなかった質問に、トージはあっけにとられてしまう。

「ええっとですね……この日本酒は売り物として造っていますので、しょっちゅうタダで振る舞うことはできません」

 それを聞いた村長の眉毛が、逆ハの字から、弱々しいハの字に変わる。
 しょんぼりといった面持ちだ。

「ただ、もちろんですが、正当な価格で販売することはできます」

 弱々しかった眉毛に力が戻り、片眉がピンと上がる。
 興味アリ、といった感じだろうか?

「それから、今回のようなお祭りや、どなたかの結婚式などでは、今後も僕から振る舞わせていただきますよ」

 眉毛が綺麗なアーチ状に変わる。
 今度の動きは誤解のしようがない。満面の笑顔だ。顔の表情は同じだが。

「あの……怒っていたのではないのですか?」

「怒っていたとも。明日また飲むつもりだったのに、空っぽなのだからな」

 コンコン、と、ひしゃくで樽の底を叩く村長。

「次の祭りでもぜひ頼むぞ、トージ殿。あなたのような人を我が村民に迎えることができて、実に幸せに思う」

 それは、トージの行いが、一夜にして村に受け入れられた瞬間だった。

――――――――――◇――――――――――

 村長と別れ、樽や鍋を回収して、リタとトージは帰路につく。

「よかったですね、トージさん」

「ああ……何事もなくてよかったよ。それに、日本酒を拒まれずにすんだのが、なによりも嬉しかったな」

「トージさんは、日本酒が好きなんですね」

「……そりゃあね。子供のころから、酒を造ることだけ考えて生きてきたんだ。もう僕にとって、酒造りは人生みたいなものだよ」

 トージは、日本酒のお披露目をやりきれた充実感に満たされる一方で……

(しかし……村人どころか商人も酒を知らないって、どうなってるんだ?)

 自分の置かれたおかしな状況に、ようやく深い疑問を持ち始めたのだった。

31 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:48:39 ID:EY9E8WKG
第9話「鴨志野冬至は酒をつくる」

 謝肉祭の2日後の朝。トージは蔵の事務所で悩んでいた。

「どう考えてもおかしいよな、これ」

 ひとりつぶやくトージ。

 祭りの興奮と現実逃避から覚め、否応なしに現実に引き戻されたトージは、昨日一日かけて蔵のなかを総点検していた。
 機械類はおおむね問題なし。倉庫の備蓄も貯蔵中の酒も変化なし。
 だが電線、水道、ガスは寸断され、電気は非常用電源に切り替わっていた。
 携帯電話やテレビの電波は入らず、固定電話もネットもつながらない。
 生活用水は、酒の仕込み水供給用の装置でまかなえそうだが。

「僕と蔵だけがそのまんまで、まわりが全部入れ替わってる感じだな」

 トージの脳裏に浮かんだのは、大学時代に見た、自衛隊が駐屯地まるごと戦国時代に転移する、タイムスリップものの映画だった。

「まあ、村の人たちがどうみても日本人っぽくないし……時代だけじゃなく場所もずれてるっぽいよな」

 トージはそう言いながら椅子ごと回転し、事務所の本棚に向き直る。

「……たぶん、地球ですらないな」

 そうつぶやきながら、本棚に手を伸ばす。
 蔵人の征さんが気まぐれに買ってくる雑誌の末尾には、星座占いの記事と一緒に、今日の夜空の星図が載っている。

「昨日見た夜空に、見覚えのある星座が一個もなかったもんな……」

 トージは開いた雑誌を顔にかぶせ、背もたれに思い切りもたれかかる。

「変な世界は何回寝ても変わらない。管財人さんは来ない」

「いったい、僕はどうすりゃいいんだ」

 結論が出ないまま、トージは本日何度目かの浅い眠りに落ちた。

――――――――――◇――――――――――

 翌日の朝。トージは、酒蔵から村へとつながる道に立っていた。
 坂の向こうから、銀色の髪が揺れながらこちらに近づいてくる。
 細身で小柄な、青緑色の瞳をもつ美少女。
 トージがいま一番世話になっている女の子、リタの姿がそこにあった。

「お待たせしました、トージさん! なにも道で待っていなくても……」

「いや、たぶん入り口がわからないと思うからさ」

 トージはそう言うと、リタをともなって坂を上りはじめる。

「入り口がわからない……? どういうことでしょう」

「うん、直接見て見ればわかるよ」

 林の間を貫くように、曲がりくねって伸びている坂を登り切ると、トージたちの視界に、大きな石壁が飛び込んでくる。
 ……入り口らしきものはどこにも見あたらない。

「これは……城壁……!?」

「はは、そんな立派なものじゃないよ。ただの壁さ」

 トージは笑いながら、石壁の前に伸びる、継ぎ目のない石畳を右に曲がる。
 高さ2メートル強の石壁は、多孔質の石でつくられた年季の入ったものだ。

 石壁の角を左に曲がると、右手には水が抜かれた水田が広がっている。

(わ、我が家の畑より、ずっと広いです……!
 ……というか、いつのまにこんな農地が村の近くに!?)

「おうぃ、リタさん、こっちだよー」

 広い農地に驚いて立ち止まったリタを、先に歩いていたトージが呼び寄せる。
 リタがあわてて駆け寄ると、トージは石壁に挟まれた門の前で待っていた。
 鉄製の門はとてつもなく大きく、すべて開けば、馬車が2台すれ違ってもまだ余裕がありそうな幅がある。

(なんて大きな門……! もしかして、王城の門よりも大きいのでは……!?)

 驚きのあまり言葉を失ったリタの前で、トージが両手を広げる。

「リタさん、ようこそ、賀茂篠酒蔵へ! ここが僕の家……僕の城さ」

32 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:48:52 ID:EY9E8WKG

――――――――――◇――――――――――

 トージとリタは、賀茂篠酒蔵の門をくぐり、敷地内を歩いていた。
 賀茂篠酒蔵は、100メートル四方の敷地を、石壁で囲んだ構造になっている。
 敷地内には、酒を造り、保存し、運ぶ設備が詰まった建物が林立している。
 現代日本基準では、中規模の製造能力を持つ|酒蔵《メーカー》だった。

「賀茂篠酒蔵は、江戸時代初期……おっほん、400年くらいの歴史を持つ蔵なんだ。そのころから代々、酒造り一本で生き抜いてきた」

「400年ですか……カモスィノ家はとても歴史のある御家なんですね」

「そうだね。僕は16代目の当主ってことになる」

 そう言うとトージは、林立する建物を順番に指差し、説明をはじめる。

「あちらにあるのが醸造棟。米から日本酒を造るところだ」
「あちらは貯蔵庫。できあがった日本酒を、美味しくなるまで保存する建物」
「あれが米蔵、あれが農具庫、そこが車庫で、ここが事務所だね」

 リタはトージの指さしに従って視線をキョロキョロとさせていたが、意を決したかのように真剣な顔で質問をする。

「トージさん、表に広い畑がありましたが……あれはトージさんの?」

「畑じゃなくて田んぼだけどね、門から見えたのはぜんぶ|ウチの《・・・》だよ」

(あれが全部……!? やはり貴族でいらっしゃるのですね)

 高さ2メートルの石壁で囲まれた賀茂篠酒蔵の建物は、この世界の常識に照らし合わせれば、小規模な城塞として十分に通用する。
 城があり、農地があり、見張り塔(火災を知らせるためのものだ)がある。
 城持ちの貴族、少なくとも男爵以上伯爵未満の居城そのものであった。
 だが、この城には、大きな城に当然あるべきものがない。

「ところでトージさん、ご家中の皆さんはどうなされたんですか?」

 これほどの大きな城であれば、2ケタを超える家臣団……たとえば執事、警備の兵士、使用人たちが詰めているのが普通である。
 だがこの城には、トージ以外の人の気配がまったく感じられない。
 リタはそこが気になっていた。

 リタは「貴族カモスィノ家の家臣」という意味で「家中」と言ったが、
 トージはそれを「広い意味の家族」と理解した。

「ああ……本当なら、いるんだけどね」

 そう言うとトージは、今までの明るさが一転して、寂しげな表情を浮かべた。

「今は……僕しかいない。今日はそのへんの話をしたくて、来てもらったんだ」

――――――――――◇――――――――――

 トージたちの足は、事務所棟の裏手に向かっていた。
 ふたりの前の地面には、高さ1メートルくらいの、石のオブジェがある。

「……トージさん、こちらは?」

「鴨志野家の代々の、お墓。僕の両親も、今はこの中なんだ」

 トージは墓の前に、くすぶる香を刺し、両手をあわせて祈りを捧げる。
 リタも見よう見まねで、トージの動作に従った。

「父さんと母さんは、6年前に事故で亡くなってね。それからは僕が当主になって……まだハタチ過ぎだったけど、|蔵人頭《くらんどがしら》の源さんは厳しく、奥さんは優しくしてくれて、征さんたちみんなが支えてくれて……なんとかやってこれたんだ」

 トージは閉じていた目を開き、視線を斜め上に向ける。
 その目は視線の先にある空ではなく、もっと遠くを見ているようにリタには感じられ……リタは胸が小さく締め付けられるのを感じた。

「リタさん」

「はい」

「これから僕が言うことは、はっきり言ってわけがわからないと思う」
「信じられなかったり、理解できなかったら、聞き流してくれていい……だけど、聞いてほしいんだ」

「……はい」

 トージは合わせていた手を下ろし、しばしの沈黙の後、告白する。

「僕はね、この世界の人間じゃないんだ」

「この国の人間じゃない。それどころかこの大陸の人間でもない。別の星の人間なんだ」

「この空の向こう、太陽よりもずっとずっと遠いところに、僕の故郷はあるんだ」

「僕と蔵と田んぼだけが、この世界にやってきた。僕を支えてくれた蔵人さんたちは、誰もいなかった。僕は今度こそひとりぼっちになった……」

 リタがごくりと息を呑む音が、周囲に響く。
 返事がないことにかまわず、トージは告白を続ける。

「それに、本当のことを言うと、この蔵も……本当は僕たちのものじゃない」

「……どういうことですか?」

 沈黙を貫いていたリタが疑問を呈する。

33 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:49:07 ID:EY9E8WKG


「こっちの世界に来る直前にね、賀茂篠酒造は倒産したんだ」

「倒産? というのは?」

「お金が急になくなって、買い物の代金を払えなくなっちゃうことさ。そういうときは、蔵も酒も田んぼも、ぜんぶ代金を払えなかった相手や、うちに金を貸してる人たちに引き渡さなきゃいけないんだ」

「ええっ!? 代金を払えないだけで農地を取られてしまうのですか!?」

「そういう法律なんだよ」

 トージはそう、力なく笑う。
 地球の中近世でも、この世界でも、貴族は支払いを渋り、なんだかんだと理由をつけて引き延ばすものである。
 現代の会社法は、リタから見て、とても厳しいものに見えた。

「だからこの蔵は僕たちのだって言ったのは、もう嘘なんだ。謝肉祭で配った酒も、本当は僕らのものじゃない。全部引き渡さなきゃいけない……」

「……厳しいのですね……」

「でもね、僕が蔵と一緒にこの世界に来ちゃったでしょ? だから、蔵を引き渡すことができなくなっちゃったんだよね」

 トージはそう言うと、困ったような苦笑を浮かべてリタのほうに向き直った。

「僕は16代続いた賀茂篠酒蔵の歴史を途絶えさせてしまったダメ社長だけど、本当はこの蔵ももう僕たちのものじゃないんだけど……こうして、蔵を明け渡そうとしても渡せないところに来てしまった」

(……)

「目の前に僕たちのものだった蔵がある。僕はこの蔵で酒が造りたいんです」
「この世界の人たちが酒を知らないなら、みんなに酒を楽しんでほしいんです」

 トージはそこまで語ると、父母の霊が眠る墓石の前にひざまづいた。

「父さん、母さん、ご先祖様たち……トージはこれから悪いことをします」
「もう自分のものじゃない蔵と田んぼを使って、酒を造ります」
「僕のせいで無くした蔵を、勝手に使って酒を造ります……ごめんなさい」

 そう言ってトージは、地面に額をつけた。
 トージの体に這い上がったアリが、ふたたび地面に降りたころ。
 トージはゆっくりと立ち上がり、あらためてリタに向き直った。

「この話は……ひとりだけで片付けたくなくて。迷惑だと思うけど、リタさんに聞いて欲しかったんだ……変な話を聞かせてしまってごめん」

 トージがリタに向かって頭を下げる。
 しばらくしてトージが頭を上げなおすと、リタが重かった口を開いた。

「トージさん、私は……正直を言って“トージさんが別の世界から来た”かどうかは、よくわかりません」

「うん」

「ですが、トージさんのお話を聞いて、わかったことがあります」

 そう言うとリタは右手を胸元にあげ、3本の指を立てた。

「ひとつ、トージさんが、家中の皆様と別れて寂しいこと」
「ふたつ、トージさんが、この蔵で酒を造るのを申し訳なく思っていること」
「みっつ……」

 息をついだリタは、3本目の指を曲げながら告げた。

「トージさんは、お酒を造るのが大好きだということです」

「リタさん……」

「ですから、トージさんが蔵でお酒を造るのは、とてもいいことだと思います」

 スミレの花のように可憐な笑顔を浮かべながら、リタはそう告げる。

「トージさん、なにかお手伝いできることがあったら言ってくださいね」

「……ありがとう、リタさん。本当に……本当に嬉しいよ」

 トージは、差し出されたリタの手を、分厚い手で握りかえした。
 細く、小さく、ひんやりとした手が、トージにはとても暖かく感じられた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 会社法違反から始まる異世界転移物語。

34 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:49:45 ID:EY9E8WKG
第10話「いにしえの酒」

 賀茂篠の蔵をリタに見せた後、トージはリタの家にお邪魔していた。
 テーブルの反対側には、尖ったアゴの無精髭。商人のオラシオである。
 オラシオと約束していた商談を、トージはリタの家で行っていたのだ。

(この人にはまだ蔵を見せたくない。それに僕には、商品の相場がわからないからな。リタさんとレルダさんが協力してくれて助かったよ)

 リタが湧かしたお茶を飲み、オラシオが土産に持ってきた種有りレーズンをつまみながら、オラシオとの商談は1時間ほどで決着した。
 オラシオはトージの蔵の食用米1俵と、化粧箱入りの純米大吟醸酒数本、吟醸酒を数樽購入する契約を結んでいった。どちらも貴族や大商人向けの高級食材として売るつもりらしい。

「いやぁ、それにしてもほれぼれするほど美しいガラス瓶だな。それにこの異国風の紋様も、好事家は絶対注目するさ。そこにあんなうめぇ酒が入っているんだから、王様だって欲しがるに違いねぇよ」

 瓶のラベルには、地元の有名書道家に書き下ろしてもらった、実に達筆な「賀茂篠」の筆文字がデザインされている。

「その瓶はあんまり数がないんで、大事に売ってくださいよ」

「もちろんだとも、そのかわり、今後もぜひウチに酒と米を売ってくれよ」

 オーバーアクションで喜びを表現するオラシオに、リタが口を挟んでくる。

「はい、お茶のおかわりです。ほんと、オラシオさんったら、このあいだまでとは別人ですね。中身が入れ替わったんじゃないですか?」

「辛辣だなぁリタちゃん。……でも入れ替わっちゃいねぇが、生まれ変わったかもな。俺ぁ、新しく魅力的な商品と出会ったんだ。この米とニホンシュの力で、俺ぁ今までと違う、新しい商売の道を切り開いてみせるとも! ……それでトージさん、額はさっきの数字でいいとして、支払いの方法だが」

「そうですね、現金も必要ですが、物資を用立ててほしいんですよ。麦の粉をいくらかと、蜂蜜を一壺お願いします」

「蜂蜜をそんなに買ってくれるのかい? 結構高いんだが」

「どうしてもやりたいことがあるので」

「よしわかった。今日中にレルダさんの家に運び込んでおこう」

 オラシオは喜色満面で立ち上がり、リタの家を立ち去った。

「トージさん、どうしてもやりたいこと、って……何をするんですか?」

 オラシオを見送りながら、リタはトージをいぶかしむ。
 トージは待ってましたとばかりに、会心のドヤ顔でリタに答えた。

「ちょっと、酒を造ってみようかと思ってね」

 ちょっとお隣に回覧板渡してくる、くらいの気軽さで、トージはリタにそう告げたのだった。

――――――――――◇――――――――――

 翌日、リタの家に、ふたたびトージの姿があった。
 4WDのトランクから、機材の詰まったケースを降ろしていく。

「レルダさん、かまどを貸していただいて、ありがとうございます」

「かまいませんよ、トージさん。薪代はいただきましたからね」

「それでは、リタさんをお借りします」

 トージがかまどに向かうと、リタはかまどに薪を継ぎ足し、火を強めているところだった。

「リタさん、今日はよろしくお願いしますね」

「おはようございます、トージさん。酒造りのお手伝い、私でつとまるといいんですけれど……」

「安心して。びっくりするくらい簡単だから」

 トージはそう言うと、リタの家に預けてあった壺を手に持った。

「今日作るのは、蜂蜜から作る“ミード”というお酒だよ。僕の故郷で、人類がいちばん最初に見つけた、最古の酒だっていわれてる」

 そしてトージは、透明なペットボトルを2本取り出す。

「まず最初に、この水を沸かしてお湯にしよう。3リットルある」

「わかりました、トージさん」

 リタがペットボトルから、鍋の中に水を注いでいく。

「わあ、トージさん。このボトル、透明なのに、とても軽くて薄いんですね」

「便利でしょ? あ、火には近づけないでね。溶けちゃうから。それはもう作れないから、大切に使わなくちゃ」

 リタとトージは、お湯が沸くのを待ちながら雑談に興じる。
 話題の中心は、謝肉祭で各家庭が出してきた料理だった。
 トージは村の料理のできばえを褒めたが、あんなに美味しく量の多い食事ができるのは、一年のなかでも謝肉祭の日だけだという。
 食糧事情の悪さを実感するトージをよそに、鍋の湯が沸騰をはじめた。

「OK。数分湧かしたら殺菌完了だ。火から降ろして冷まそうか」

35 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:50:01 ID:EY9E8WKG

 トージは、機材箱のなかから温度計を取り出し、湯にたてかける。
 温度が30度まで下がったところで、トージは蜂蜜を約1リットル、鍋の中に流し込む。そしてステンレスの泡立て器で、温水に蜂蜜を溶かし始めた。

「均等に溶けたら、蜂蜜液をこの瓶に流し込んで?」

 トージが取り出したのは、6本の「4合瓶」。
 ビールの大瓶よりもひとまわり大きく、一升瓶よりは小さな日本酒瓶だ。
 リタは、これもトージ提供のステンレス製「じょうご」を使って、蜂蜜液を均等に流し込んでいく。

「あとは、瓶の口にガラスコップをかぶせて……はい、これで作業終了。あとは、暖かいところに何日か放っておくだけだね」

「ほ、本当に簡単なんですね……こんなことで酒ができるんですか?」

「そうさ。ぬるい水に蜂蜜を溶かして放っておくだけ。こんな簡単なことで、酒ができるんだよ」

「なんだか精霊にだまされたような気分です……」

「そうだね……せっかくだし、お酒ができる仕組みについて説明しよう」

 トージはひとつ咳払いをして、語り始める。

「おっほん。ねえ、スープを食べ残して何日も放っておくと、どうなるかな」

「料理を食べ残すなんて、滅多にないことですが……一晩おくと翌日には酸っぱくなってしまいますね。もっと置いておくと、カビが生えてきます」

「うん、そうだね。実は、食べ物が酸っぱくなったりカビが生えるのは、目に見えないくらい小さな生き物のしわざなんだ」

「目に見えない生き物、ですか?」

 リタが目を丸くしながら応える。

「そう。この“目に見えない生き物”ってのは数え切れないくらいの種類があって、いろんなものをエサにして増殖するんだけど……」

 トージはホワイトボードを取り出すと、そこにリンゴの絵と、酒樽の絵を描き、そのふたつを矢印でつないでみせる。

「そのなかに、“甘い物を食べて、お酒を吐き出す”生き物がいるんだ。この小さな生き物のことを、僕たち酒造職人は“|酵母《こうぼ》”って呼んでいる」

「そんな生き物がいるんですか……一度見てみたいですね」

「今は無理だけど、こんど見せてあげるよ……とと、本題に戻ろう。この“酵母”っていう生き物は、どこにでもいるんだ。それこそこの、空気中にもたくさん漂ってるんだよ」

「そうなんですか……でも、そんな生き物がどこにでもいたら、甘い物はぜんぶお酒になりそうですけれど……なんで蜂蜜はお酒にならないんでしょう」

「そう! まさにそこなんだよ!!」

 トージはビシィッ! と親指を立ててみせる。

「この“酵母”っていう生き物はね、生きていくために、甘い物だけじゃなく、水もたくさん必要なんだ。だから、蜂蜜とか砂糖みたいに水が少ないところでは、酵母は眠っていて、お酒を吐き出さない」

「水がないと寝てしまうんですか……あっ、ということは、さっき蜂蜜を水に溶かしたのは?」

「うん。蜂蜜に水を加えて、酵母に“起きろー!”って言ってやったのさ。しばらくしたら、蜂蜜のなかで眠っていた酵母が起きて、甘い蜂蜜を食べてお酒を吐き出しはじめるはずだよ」

「そうですか、それは楽しみです!」

「暖かい日なら2〜3日、寒くても1週間くらいで酒になるはずだよ。条件を変えるために、瓶を家のなかのいろんな場所に置いておいてもらえるかな」

「わかりました! トージさんも、たまに様子を見に来てくださいね?」

36 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:50:16 ID:EY9E8WKG

――――――――――◇――――――――――

 |蜂蜜酒《ミード》の仕込みから4日後。
 トージはミードの熟成状況を確かめるため、ふたたびリタの家に来ていた。
 家の中の6箇所に置かれた瓶をテーブルの上に並べるトージ。

「うーん……おかしいな……」

「どうかしたんですか、トージさん?」

 瓶の様子を見て渋い顔をしているトージに、リタが呼びかける。

「このあいだ、酵母が甘いものを食べると酒ができる話をしたよね。実は酵母って、甘いものを食べると、空気を吐き出すんだ。ゲップみたいなものだね」

 アルコール発酵とは、酵母が糖を、アルコールと二酸化炭素に分解する化学反応だ。ビールやシャンパンの泡は、酵母が吐き出した二酸化炭素なのである。

「ゲップ……ちょっと下品ですね」

「例えが悪いのはゴメン。ただね、酵母が活発に甘い物を食べていたら、酵母が吐き出した空気が、泡になってぷくぷくと出てくるはずなんだ」

「泡ですか……ありませんね」

 トージがのぞき込んでいる瓶を、リタも近くで観察する。
 整った女の子の顔を間近に寄せられて、思わずトージはどきりとしてしまう。

「? トージさん、どうかしましたか?」

「い、いや、気にしないで。とりあえず、酵母がまだあんまり元気になってないのかもしれない。そういうときは完成までに時間が掛かるから……リタさん、毎日1回でいいんで、瓶の様子をチェックしてもらえるかな。瓶の中に泡が出ていたら、僕を呼びに来てください」

――――――――――◇――――――――――

 ミードの仕込みから7日後。
 蔵の車庫で機械整備をしていたトージのもとに、リタが駆け込んできた。

「おはよう! リタさん。もしかして瓶に泡がついた?」

「はぁ、はぁ……いいえ、泡はついていません。でも、瓶の様子が変なんです」

「わかった。すぐ見に行くよ」

 トージは油汚れを落とすのもそこそこに、酒瓶のもとに急行した。

 リタの家のテーブルには、6本の4合瓶が並べられている。
 ……泡立っているものはひとつもない。

「どの瓶も、蜂蜜液のなかに白いもやもやが浮かんでいて、そのうち2本は、腐ったスープみたいにカビが浮かんでいるんです」

 リタの説明を聞いているのか聞いていないのか、トージは目を見開いて瓶の様子を凝視している。
 リタがトージの横顔を見ると、その顔色は青ざめていた。

「と、トージさん、大丈夫ですか!?」

「なんでだ、なんでこうなるんだ……」

 トージは、6本の瓶のなかで、カビが浮いておらず、白いもやもやが浮かんでいるものを手に取ると、フタがわりのコップに中身を注いだ。
 匂いを嗅ぐ。蜂蜜の甘い香りのなかに、鼻を突く苦み。
 コップに指を漬け、しずくを一滴舌に乗せる。
 甘みのなかにかすかな渋みと、吐き気をもよおすエグみが共存している。
 すぐにコップの中に唾液を吐き捨てた。

「アルコールが、まるでできていない……!」

「失敗、ですか……」

 リタが肩を落とす横で、トージは誰にともなくつぶやき続ける。

「なんでだ、天然酵母でのミードづくりには失敗がつきものだけど、今回は全器具をオートクレーブ滅菌済み。気温もちょうどいい。温水もちゃんと、蜂蜜内の休眠酵母が死なない温度にした。酵母が優勢になる条件は完璧に整ってる……」

「|6本全部腐造《・・・・・・》なんて、ありえるわけがない……!」

 大学時代の実験で、トージはミードづくりに失敗したことがなかった。
 経験とも理論とも相反する結果に、トージは動揺を隠せない。

「まさか……まさかこの世界は……? この世界に酒がないのは……?」
「酒が|無い《・・》んじゃない……」
「酒が|造れない《・・・・》世界なんじゃ……!?」

 そうつぶやいたとたん、トージの視界がぐらりと斜めに傾いた。

「トージさん!?」

 地面に崩れ落ちそうになるトージの体を、リタがあわてて抱き留める。
 呼びかけるリタに、弱々しく「大丈夫」と応えつつも、トージの脳内には、さきほどの自分のつぶやきが延々とこだましていた。

(この世界は、|酒が造れない《・・・・・・》世界なのか……!?)

37 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:56:14 ID:EY9E8WKG
第11話「鴨志野冬至は今度こそ酒をつくる」

「なあリタさん、そろそろ作業に戻りたいんだけど」

「いけません! トージさんは突然倒れたんですよ、すくなくとも今日一日は安静にしていなければダメです」

(おおげさだなぁ……ちょっとクラッと来ただけなのに)

 そう嘆くトージは、木枠に敷き詰められた麦わらの上に寝そべっていた。
 この村では標準的な、農民のベッドである。
 藁がちくちくと素肌を刺激するが、意外に柔らかく暖かい。

 額の上では井戸水で湿らせた布巾が、トージの頭をゆるやかに冷やしている。
 布はぬるくなるたびにリタの手で取り替えられ、これが都合4回目だった。

(それにしても、さっきの僕はアホだったな……)

 リタがベッドから出してくれないので、手持ちぶさたになったトージは、さきほどまで行っていた実験のことを回想しはじめる。

(たかだか1回実験に失敗しただけじゃないか。
 実験に失敗はつきもの。失敗したからって落ち込んでいたらキリがない。
 こんなところ見られたら、源さんにゲンコツもらっちゃうよ)

 トージがそんなことを考えていると、リタがベッドのそばにやってきた。
 その手には5枚目の濡れ布巾が握られている。

「……そろそろ熱も引いてきたみたいですね、トージさん」

 ぬるくなった布巾が取り去られ、トージの額にリタの細い手が当てられる。
 新しい布巾が額に当てられると、トージは天井を見たまま話し始めた。

「さっきの実験だけどさ、失敗したじゃない」

「……はい、うまくいかなくて残念でした」

「うん、それはいいんだ。ただね、普通なら成功するはずの実験が失敗したってことは、何か“失敗する原因”があるはずなんだ。それを調べよう」

「はあ」

 リタがきょとんとした顔で生返事を返す。
 銀色の前髪の隙間からのぞく青緑の瞳が、けげんそうにトージを見つめる。

「失敗した原因……そんなものがわかるんでしょうか?」

「わかるさ、いや、わかるようにするんだ」

 トージはそう言うと、人差し指を立てて説明をはじめる。

「まずはリタさんにも説明した、酒ができる仕組みをおさらいしよう。
 まず、蜂蜜のなかには酵母っていう生き物が眠っている。
 蜂蜜に水を加えると、酵母が目覚める。
 目覚めた酵母は、蜂蜜、もっというと“甘い物”を食べる。
 甘い物を食べた酵母は、アルコールを吐き出す。
 ……これが酒が出来る仕組みだ」

 トージの説明に、リタがゆっくりとうなずく。

「でも、さっきの蜂蜜は酒にならなかった。
 ということは、この“仕組み”のどこかに、問題が発生たと考えられる。
 だから、どこに問題が発生しているのかを探ってみよう、って話だね」

「それはわかります。でも、どうすれば、うまくいってない場所がわかるんでしょう?」

「いろいろと条件を変えて実験をすれば、わかるはずだよ。すまないけどまた、オラシオさんを呼んでくれるかな。実験の材料を調達したい」

「蜂蜜ですか?」

「いや、今度は蜂蜜酒じゃなくて、違う酒を造ろうと思うんだ」

(ついでに、調べておきたいこともあるしね……)

 トージは腕を組みながら、自分の懸念が的中しないことを祈っていた。

――――――――――◇――――――――――

 オラシオは、村内での取引を終えて、次の商売に出発する直前だったが、こころよく追加取引に応じてくれた。
 ひとしきり和やかに取引を進めた後、トージは真剣な顔で切り出す。

「それから、これが一番大事なんですが……パンを売ってくれませんか?」

「パン? パンってなぁ何だい」

(やっぱりか……)

 不思議そうな顔をするオラシオを見て、トージが顔をしかめる。

「小麦かライ麦の粉を水で練って、寝かせた後に焼いたやつですよ」

「ああ、それならそうと言ってくれ。どこの言葉か知らないが、パンなんて名前聞いたこともねぇ。何のことかと思っちまったぜ」

38 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:56:33 ID:EY9E8WKG
 オラシオはそう言い残してリタの家を出る。
 しばらくすると、オラシオは外の荷車から袋を取って戻ってきた。

「ほら、こいつがトージさんのご用命のもんだ。こっちではパンじゃなくて、ビスケットっていうんだよ」

 テーブルの上にゴロゴロと、拳くらいの大きさの円盤が転がり出る。
 焦げ茶色に焼き固められたそれは、防災用の「乾パン」に似ていた。
 トージはそのひとつを手に取り、ふたつに割ろうとする。

(ぐぬぬ……硬ってぇ!)

 渾身の力を込めてようやく割れるビスケット。断面には、ぎっしりと麦の粉が詰まっていて、パンのような気泡や隙間が全くない。

「これは、そのまま食べたら歯が折れちゃいますね」

「だろう? まあ、保存が効くんでね。スープに入れてふやかして食べんのさ」

「もっと柔らかいのはないんですか? こう、スポンジみたいにふかふかで、中に空気の層があるような」

「スポンジみたいなビスケットかい? いや、そんなのは聞いたことがないな。麦粉を焼いたら硬くなるもんだろう」

(やっぱりそうか……酒がないならそうなんじゃないかと思ったけど……パンもないんだな、この世界には)

 あまり知られていないが、パン作りには酒が関わっている。

 水で練ったパン生地のなかでは、アルコール発酵現象が発生している。
 アルコール発酵は、副産物として二酸化炭素ガスを生み出す。
 この二酸化炭素ガスが生地の中で気泡を作るので、パン生地はふくらみ、焼き上げるとふわふわの食感になるのである。
 つまりパンとは「固体の酒」だと言っても過言ではない。

 そのためトージも、この世界にはパンがないかもしれないと予想はしていた。
 商人として各地の商品を知っているはずのオラシオが、パンというものを知らない……その事実は、この世界では「酒ができない」ことを裏付ける、強力な状況証拠だといえる。

「ん……ちょっと待て、スポンジみたいなビスケット、聞いたことがあるぞ」

「本当ですか!?」

「お、おう、いきなり大声出すなよ。ただ、ありゃあ異国の食べ物だ。大内海を船で南に渡って、イスケンデルの港に行けば手に入るかもしれんが……うちの商会にも取り扱いはないはずだ。機会があったら仕入れておいてやるよ」

「ぜひお願いします!
 それと、そのビスケットも買わせてもらいますので」

「おしわかった。ほかには?」

 トージは少々思案すると。

「ええっと。昨日おやつに出してくれたレーズンを一壺お願いします。それから……水飴……って、ありますか?」

 トージはやや不安げに、オラシオに問いかける。

「水飴か? 手持ちには無ぇが、仕入れることはできるぜ」

「おお、ありますか!(これはいい情報だ!)水飴の材料は麦ですか?」

「根出しした大麦と、米を使うやつが多いな」

「……わかりました、それも一壺仕入れておいてください」

「合点だ。それじゃあ、これからよろしく頼むぜ、トージさん!」

 オラシオは喜色満面で立ち上がり、リタの家を立ち去った。
 一方でトージは、商談が終わった後も、腕を組んで考え事をしている。
 リタが心配そうな顔で声をかける。

「トージさん、浮かない顔ですね……?」

「ん? あ、いや、そういうわけじゃないんだ。考え事をしててね」

(南国にパンがあるかもしれない、ってのは希望がもてる情報だ。パンがあるなら酒もあるはず。酒造りができるなら、南国に行くというのも……)

 そこまで考えて、トージは首を振る。

「……いかんいかん、できることがあるのに悩んでもしょうがないな。今は、やれることを順番にやっていこう」

「お酒造り、ですね?」

「もちろんさ。決行は明日。リタさん、すまないけどまた手伝ってほしい」

「当然です。トージさんがまた倒れたら大変ですから♪」

「そのネタ、そろそろ勘弁してもらえないかなぁ……」

 口の端をヒクつかせながら苦笑いを浮かべるトージを、リタの青緑色の瞳が笑顔で見守っている。
 酒を求めるトージの闘いの第二幕は、こうしてはじまった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――
 オラシオがスポンジのことをすんなり理解できたのは、スポンジとは本来「|海綿《カイメン》」という海棲動物の名前だからです。この海綿の肉を腐らせ、柔らかい骨格部分を入浴時などに使っていました。
 現代の掃除洗濯用のスポンジは、海綿の模倣品なんですね。

39 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:57:56 ID:EY9E8WKG
第12話「発酵性能試験(前)」

 オラシオとの商談の翌日。
 その日、リタは洗濯と水くみのために、小川のほうに向かっていた。
 昼過ぎにはトージが、酒を造るためにリタの家を訪れることになっている。

「トージさんは昼過ぎに来るそうですし、その前に済ませてしまいましょう」

 川の近くにたどり着いたリタが、荷物を降ろそうと川を見ると……。

「……なんでしょう、あれは……」

 小川の真ん中に、人間くらいの大きさの真っ白なものが沈み、ゆらゆらと漂っているのだ。
 リタが銀色の前髪の奥で、青緑色の瞳を不安に揺らしていると……その真っ白なものは、まるで怪獣映画の海棲生物が地上に現れる場面のごとく、大量の水飛沫を振りまきながらガバッと立ち上がったのである。
 それは人間のような形をしていたが、肌は不自然に白くぬめり輝き、顔があるべきところは黒く平坦で、目も口もない。|無貌《むぼう》の異形であった。

「きゃぁぁぁぁーっ!!!」

 川のほとりに、リタの悲鳴が響き渡った。

――――――――――◇――――――――――

「ごめんなさい、ホントごめんなさい」

 川のほとりで、白い服の男が両手をあわせて平謝りしている。トージである。
 彼の前には、地面にへたりこみ、涙目になっている銀髪の少女リタ。
 日本なら即座に警察官がすっとんで来そうな光景がそこにあった。

「ほ、本当に怖かったんですよ……! 白い怪物に食い殺されるって!」

「本当にごめんなさい! 脅かすつもりは全然なかったんだ、今日の実験のために、どうしてもこの服を着て行かなきゃいかなくて、それで服に付いてる酵母を洗い流そうと思って川に入って……と、とにかく申し訳ない!」

 リタが見た「真っ白な怪物」の正体は、無菌室作業用の全身防護服を着たトージだったのである。
 必死に謝るトージだが、リタは驚きすぎてしゃっくりが止まらなくなってしまい、ひくっ、ひくっと、か細い声をあげ続けている。
 トージはしゃっくりが楽になるよう、リタの背中をさすろうとしたが、「女の子の背中を勝手にさするってセクハラだよな」と思いとどまり、どうすればいいかわからず頭を抱えていた。完全に自業自得といえよう。

 トージが何も出来ずに途方に暮れているあいだに、リタのしゃっくりも収まってきたようだった。
 落ち着きを取り戻したリタは、青緑色の瞳から射貫くような強い視線をトージに向け、語り始める。

「トージさん」
「はい」
「なんであんなことをしていたのか、説明を求めます」

 肩をすぼめて小さくなったトージが、おずおずと説明をはじめた。

「ええっと、説明がとっても複雑な話になるんだけど……」

「まずは簡潔にお願いします」

「アッハイ……端的に言うと、今日の実験のために、この服を着て、洗濯する必要があったわけです。なので、服を着たまま川に漬かって服を洗ってました」

 トージがそう説明すると、リタの眉が不審そうにひそめられる。

「あの服が、今日の実験に必要なことはわかりました。ですが洗濯なら、服を脱いでやればいいのでは?」

「そうすると酵母が……って言ってもわかんないよね……」

 トージはしばらく考え、必死の説明を続ける。

「つまり、僕の体にはもともと“賀茂篠の蔵の酵母”がついてるんだ。だから、蔵の酵母が酒に混入しないように、この服で密封しているんだ」

「なるほど……状況はわかりました、トージさん」

「理解してもらえた!? よかった……というわけで故意じゃないんです。どうか許してほしいのだけど」

「……やです」

「ええっ」

 リタがぷいっと顔をそらし、そのまま背を向ける。
 いつものトージなら、かわいらしい仕草だと感じたはずだったが、今のトージは許されなかった絶望のほうが先に立っていた。

「本当に怖かったんです。食べられて死んでしまうと思ったんですから」

「うん……」

「ですから、いつか仕返しをします。覚悟していてください、トージさん」

 振り返りながらそう言ったリタの顔は、まるで獲物を見つけたイタズラ妖精のような笑顔になっていた。
 あっけにとられているトージを置いて、リタは家へと歩き出す。

(仕返しって、何するつもりなのぉ〜!?)

 トージは戦々恐々としながら、リタの後について歩き出した。

40 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 15:58:13 ID:EY9E8WKG

――――――――――◇――――――――――

 リタの家に到着すると、リタの家族はみな仕事で不在だった。
 トージは防護服を着たまま、リタと二人で準備をはじめる。
 持ってきた道具類をテーブルに広げ、オラシオから購入した材料を並べる。

「さっきの蜂蜜のお酒より、材料が多いんですね」

「いろいろ試したいことがあるからね、ちょっとだけ複雑な酒にしたんだ。」

 テーブルの上には8本の瓶と、ライ麦のビスケット、レーズン、リンゴ、レモン、そして謎の瓶数本が並べられている。

「今回はちょっと事情があって、作業は全部リタさんにやってほしい。お願いできるかな?」

「……わかりました。なにをすればいいのか、指示をお願いします」

 白い防護服を身につけたトージと、腕まくりするリタ。
 ふたりの共同作業が、ふたたび始まった。


 まず、オラシオから購入したライ麦のビスケットを適当に割ってボウルに入れ、ひたひたになるまで熱湯を入れて十分にふやかす。
 滅菌処理済みのガラス瓶8つを用意し、レーズン、切ったリンゴ、レモン汁を入れたのち、30度まで冷ましたビスケット汁を流し込んだ。

「8本のうち2本はこれでOK。これをロットAと呼ぼう」

 トージはリタに頼んで瓶の蓋をゆるく閉めさせると、側面に「A−酒蔵」「A−リタ」という文字を書き込んだ。

「残り6本のうち、4本にはこれを加えてもらうよ。ちょっと舐めてみて?」

 トージが瓶の中からどろりとした茶色いペーストを匙ですくい、リタに渡す。
 リタがそれを口に運ぶと、リタはその青緑色の目を丸くして驚いた。

「ものすごく甘いです! 蜂蜜より甘い……これは何なんでしょうか?」

「僕の故郷から持ってきた砂糖を、水で溶かして煮詰めた糖蜜さ。故郷では、キャラメルとかカラメルって呼んでるね。さあ、それを瓶に加えて?」

「これが全部砂糖ですか、ちょっと勿体ないですね……」

 この世界では砂糖は高級品である。庶民が容易に口にできるものではない。
 リタが名残惜しそうに、4つの瓶に糖蜜を流し込む。

「OK、それじゃ4本のうち2本は蓋を閉めて。これがロットBだ」

 側面に「B−酒蔵」「B−リタ」という文字を書き込むトージ。

「最後の2本には、この液体を入れてもらえるかな」

 トージが差し出したものは、栄養ドリンクの瓶に似ていた。
 リタはそれを受け取ると、糖蜜を入れた残り2個の瓶の中に均等に流し込む。

「トージさん、この液体はなんなんですか?」

「これがさっき言っていた“酵母”だよ。うちの蔵から連れてきたのさ」

 トージは酵母液入りの瓶に「C−酒蔵」「C−リタ」という文字を書き込んだ。

「最後に、糖蜜を入れていない瓶にも酵母を流し込もう」

 リタが最後の2瓶に酵母を流し込むと、トージは「D−酒蔵」「D−リタ」と書き込み、いそいそと防護服を脱ぎ去った。
 そして、8本の瓶のうち「リタ」と書かれた瓶4本を、屋外の日当たりのいい地面に埋め、大量の藁をかぶせる。
 この位置なら、発酵に適した20度前後の温度を維持できそうだ。
「酒蔵」と書かれた4本はトージが持ち帰り、蔵のなかで熟成させる。

「よし、これでOK。あとは待つだけだね」

「トージさん、今度は、成功して欲しいですね」

「僕の故郷なら、ABCDのどの瓶もお酒になるはずなんだ。ただ、この実験で「どの瓶が酒になって、どの瓶が失敗したか」がわかれば、さっきの蜂蜜酒が酒にならなかった理由が分かるはずなんだ」

(全部酒にならなかったら……いや、やめよう。失敗したらまた実験するんだ。あきらめるな、鴨志野トージ)

 最後の内心だけは口に出さず、トージはリタの家を退転する。
 この発酵性能試験の成否が、トージの今後を決めるのだ。

(頼むぞ……今度こそ、酒になってくれよ……?)

 トージは「酒蔵」と書かれた瓶4本を、祈る思いで抱きながら帰路についた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

A−酒造……添加物なし/酒蔵で熟成
A−リタ……添加物なし/リタ宅熟成
B−酒造……糖蜜を添加/酒蔵で熟成
B−リタ……糖蜜を添加/リタ宅熟成
C−酒造……糖蜜と酵母/酒蔵で熟成
C−リタ……糖蜜と酵母/リタ宅熟成
D−酒造……酵母を添加/酒蔵で熟成
D−リタ……酵母を添加/リタ宅熟成

トージはリタと一緒に、この8つの瓶に酒を仕込みました。
試験の結果はどうなるのか、次の話で確かめてください。

41 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:01:02 ID:EY9E8WKG
第13話「発酵性能試験(後)」

 発酵性能試験、3日目。
 ここまでのあいだ、トージは蔵と水田の手入れにに忙殺されていた。

 だが、今回トージが仕込んだ酒は、仕上がりが特に速い。
 |蜂蜜酒《ミード》よりも速い、2〜3日で仕上がってしまうのだ。
 そのためトージは作業を中断し、酒の様子を見るためにリタの家に向かった。

「あっ! トージさん! 大変だっ!」

 リタの家につながる山道を駆け上がってきたのは、リタの弟、ロッシだった。

「ロッシ君、どうした?」

「村の3バカがぶっ倒れたんだ! トージさんの酒を飲んで!」

「なんだってぇ!?」

――――――――――◇――――――――――

 トージが山道を駆け下りると、リタの家の庭に、リタと3人の男がいた。
 男3人は、謝肉祭のときに樽のまわりに陣取っていた、底なしの酒飲み3人組。トージ命名「うわばみブラザーズ」である。
 3人のなかでもっとも細身の男が地面にうずくまり、仲間の男ふたりは、どうすればいいかわからずおろおろしている。

「トージさん! いいところに!」

「事情はロッシ君に聞いた! どれを飲んだの!?」

 リタが蓋の開いた瓶を手渡してくる。
「A−リタ」と書かれたそのボトルは、実験のために熟成させていたものだ。
 糖蜜も酵母も入れなかった、一番シンプルな瓶である。

 瓶の中身は半分以下に減っている。
 匂いを嗅げば、明らかな酸っぱさ。
 おまけにビスケットの一部には緑色の汚れが付いていた。青カビだ。

「どう見ても腐ってるじゃないか! なんでこんなのを飲んだんだ!」

「こ、こいつ、飲んでみたらうまいかもって言って」

「バカなのか君たちは!!」

 トージが怒ると、まだ元気なうわばみ2人は、しょんぼりと身を縮める。

「リタさん、これを飲んでからどんくらい時間経ってる?」

「……1時間の半分くらいになると思います」

「なら、そろそろ胃が反応しはじめるころだ。湯冷ましはある?」

「用意してあります!」

「さすがだね! じゃあ持ってきて!」

 トージとリタは、介抱の準備をてきぱきと整える。
 トージが細身のうわばみの背中をさすり、腐った酒を吐かせると、
 リタは湯冷ましで口をゆすがせ、ロッシがござの上に寝かせる。

 体内の毒物を吐き出して、彼の体調は徐々に回復してきたようだった。

――――――――――◇――――――――――

 うわばみブラザーズの3人が、ござの上に正座している。
 それを見下ろしながら、トージは怒っていた。

(大事な実験を邪魔するな!)
(製造中の酒を盗み飲むな!)
(腐造酒を飲むな! 死んだらどうする!)

 トージの頭のなかで、目の前の3人に対する複雑な怒りが渦を巻いている。
 高価そうな縁なしメガネの奥から、無言のままギロリと視線をぶつけられた三人組は、自分たちがトージの逆鱗に触れたことを自覚し、震え上がっていた。

「リタさん」

「「「ひっ」」」

 リタを呼んだトージの低い声に反応し、三人組が小さな悲鳴をあげる。

「法律に照らすと、彼らはどうなるの?」

「……村の掟に厳密に照らしますと、皆さんは穀物泥棒になります」

 リタがためらいがちに口にすると、三人の顔がわかりやすく青ざめた。

「まあ、穀物で作った酒を盗み飲んだんだからそうだよね。で、罰は?」

「………………穀物泥棒は縛り首、です」

「えぇっ!?」

 こんどはトージが冷や汗をかく番だった。

「ず、ずいぶん厳しい掟なんだね……?」

42 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:02:08 ID:EY9E8WKG
「こうでもしないと、飢饉のときに、盗みが後を絶たないそうです。どうしても、生きるか死ぬかの話になってしまうので……」

「お、OK、よくわかったから、そこまでにしよう。ところで君たちは、なんで酒を盗み飲みしようなんて思ったんだ」
 トージがあわてて話題を変えると、三人もぽつぽつと話し始める。

「こないだの謝肉祭で、あんなうまい飲み物、生まれて初めて飲んだだ」
「なんとかもう一回飲めねえべかと思ってたら……」
「土のなかから、ええ匂いがしてきて、こりゃ酒じゃねえべかと……」

(なるほどなぁ……そんなに旨かったか……)

 たとえ泥棒とはいえ、自分たちが作ったものを褒められれば、嬉しく感じてしまうのがトージという人間である。
 当初はきっちりケジメをつけさせようと思っていたトージだったが、村の掟と本人たちの告白を聞いて、早くもその気が失せつつあった。

「3人とも、よく聞いてほしい」

「「「はい……」」」

「僕は今回の件を非常に怒っている。
 この瓶は大事な実験に使っていたんだ。君たちに実験を邪魔された。
 次。僕にとって、作りかけの酒を飲まれるというのは許し難いことだ。
 最後。腐った酒を飲んで病気になったらどうするつもりだい」

「「「ごめんなさい……」」」

「これを村長に報告したら、あなたたちは縛り首になってしまうそうだね。僕はそれを望みません。反省して、二度と盗み飲みをしないと約束してください」

「もちろんです!」「誓いますだ!」「二度としません」

「……いいでしょう。それと、そんなに酒が飲みたいのなら、今度僕の仕事を手伝ってもらう。手伝ってくれた日は、少しだけど酒を出そう」

「「「本当だべか!!!!」」」

 三人の声が自然にハモる。

「トージ様、ありがとうごぜえます!」
「命だけでなく、酒までくださるとは……!」
「なんて慈悲深いお貴族様だ、感動しました!」

 三人はござの上に手をつき、頭を地面にこすりつけ……

「「「トージ様! 俺たちを、トージ様の家来にしてくだせえ!!!」」」

(えぇぇぇぇぇぇ〜!?)

 ……綺麗な土下座を決めてみせた。
 こうしてトージは初めて、3人の忠実な家臣を手に入れたのだった。

(いや、忠実じゃないよね!? どうみても酒目当てだよねこれ!?)

――――――――――◇――――――――――

 3人を帰宅させ、トージはリタの家にお邪魔していた。
 テーブルの上には、彼らに飲まれてしまった「A−リタ」の瓶と、手つかずだった「B−リタ」「C−リタ」「D−リタ」の瓶。
 ショルダーバッグには、トージが蔵で熟成させてきた「A−酒蔵」「B−酒蔵」「C−酒蔵」「D−酒蔵」の瓶が入っている。

 約70時間の熟成を経て、瓶の中身がどう変化したか。
 その結果によって、前の実験で酒ができなかった理由がわかるはずだった。

「それでは、実験結果の確認をはじめるよ」

「はい。それで、どうすればいいんですか?」

「こうするんだよ」

 トージはそう言うと、先ほどうわばみたちが飲んでぶっ倒れた「A−リタ」の瓶に指を突っ込み、液体をひとしずく舐める。

「くぅ〜っ、苦っ! そして酸っぱい!」

「と、トージさん、何をしてるんですか!」

 ぺっぺっと、持参したタオルにつばを吐き捨て、湯冷ましでうがいをする。

「腐ってるのはわかってるけど、それでもアルコールは発生しているかもしれない。だから実際に味を見る必要があるんだ……予想通り、アルコール感ゼロ。見た目どおり腐ってるよ」

「全然大丈夫じゃありません!」

「トージさん、それ、全部の瓶でやるのか……?」

「当然。そうでないと実験をした意味がないよ」

 決意の表情で次の瓶を手に取るトージを、リタが青い顔で見守っている。
 手にしたのは「A−酒蔵」の瓶。
 蓋を開けると、うわばみたちが開けた「A−リタ」の瓶と同様、酸っぱい匂いがたちこめる。
 ビスケットにはカビが生え、さらに液体の表面に白い膜が張っている。
 雫を指にとってなめてみると、酸味と苦みが混ざり合ったえぐみ。

(完全に腐敗してるな。アルコール感もゼロだ)

 先ほどと同様、口の中を清めて皆に告げる。

「Aの瓶はふたつとも腐ってたよ。アルコールは発生していなかった」

「そうですか……」

「落ち込むことはないよ。この世界に酒がないっていう時点で、こうなることは予想していたんだから。さあ、次の瓶に行こう」

43 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:02:30 ID:EY9E8WKG
 トージはそう言って、次の瓶、「B−リタ」を手に取った。
 Bナンバーの瓶は、ビスケットとレーズンと果実だけを入れたAに加えて、糖蜜を追加した瓶である。

「前にも説明したけど、お酒は、“酵母”っていう目に見えない小さな生き物が、糖分を食べたときに吐き出すものだ。僕の故郷では、酵母は蜂蜜も食べるんだけど、もしかしたらこっちの蜂蜜は、酵母が食べない種類かもしれない。だから酵母がかならず食べる、僕の故郷の砂糖を入れてみたのが、BとCの瓶だ」

 ほんの数秒だけ目を閉じ、祈りを込めて蓋を開けるトージ。
 だが、結果は無残なものだった。
 蓋を開けばすぐに漂ってくる、酸っぱくて苦い臭い。
 ビスケットには緑と白のカビが生え、水面には白い膜。
 トージは指先に液体を付け、舌先に乗せる。

「……だめだ。アルコールを感じない。腐っているだけだ」

「ダメ、ですか……」

 トージは続けて「B−酒蔵」の瓶も開くが、こちらも同様の状態だった。

「……残るは4本、だね……」

 トージは、「C−リタ」と「C−酒蔵」の瓶を手元に引き寄せた。
 どちらも、Bの瓶の中身に加えて、アルコールを発生させる微生物「酵母」を添加したものである。
 この2本と、「D」の2本が、どちらも酒になっていなかった場合。

(この世界には酒がないんじゃない。
 この世界では“|酒を造れない《・・・・・・》”可能性が出てくる……!!)

 トージの額から、一筋の汗が垂れ落ちる。
 ゆっくりと「C−酒蔵」の瓶に手を伸ばすトージ。
 その指先が震えていることに気づいたリタが、密かに息を呑む。
 トージが右手に力を込め、蓋を開こうとすると……。

 プシュッ!

 空気の抜けるような音が,室内に響き渡った。

「うわっ、トージさん、なんだ今の音?」

 ロッシの問いかけに答えずに、トージは蓋を開く。
 瓶の中から漂ってきたのは、麦の風味を含んだ甘い香り。
 瓶の中にはカビや膜はなく、水面に細かく白い泡が立っている。

 トージは指の震えを押さえつけながら、瓶の中から泡と雫をすくい取る。
 リタとロッシが、トージの一挙手一投足を無言で見守っている。
 指についた泡と雫が、トージの鋭敏な舌の上に乗せられた。

 麦茶にも似たライ麦の風味。麦と糖蜜がもたらす甘み。
 そして、口から入って鼻に抜ける、ほのかな刺激。
 トージが求めてやまないものが、そこにあった。

「アルコールだ……! 酒に、なってる!!」

 トージが両手の拳をぎゅっと握りしめながら、そう宣言する。

「トージさん、成功したんですね!?」

「よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁー!!!!」

 リタの家に、トージの絞り出すような雄叫びがこだました。

――――――――――◇――――――――――

 8本の瓶の発酵性能試験が終了した。
 トージは持参したホワイトボードに、今回の実験結果を書き込んでいく。

―――――――――――――――――――――――――――――――
■発酵性能試験 結果

A−酒造……添加物なし/酒蔵で熟成……【×】腐敗、カビ
A−リタ……添加物なし/リタ宅熟成……【×】腐敗、カビ
B−酒造……糖蜜を添加/酒蔵で熟成……【×】腐敗、カビ
B−リタ……糖蜜を添加/リタ宅熟成……【×】腐敗、カビ
C−酒造……糖蜜と酵母/酒蔵で熟成……【☆】アルコール発生!!
C−リタ……糖蜜と酵母/リタ宅熟成……【☆】アルコール発生!!
D−酒造……酵母を添加/酒蔵で熟成……【☆】アルコール発生!!
D−リタ……酵母を添加/リタ宅熟成……【☆】アルコール発生!!

―――――――――――――――――――――――――――――――

 あのあとCとDの瓶すべてで、アルコールの発生が確認されたのだ。
 実験の結果を受けて、トージはこれまでの重々しい表情が嘘のように、ニコニコ顔で実験の意図を説明し始める。

「そもそも、なんで僕がこの実験をやったのか。それは、この世界に“酒がない”理由をつきとめるためだった。僕の故郷では、酒っていうのは、甘い液体を放っておけば勝手に酒になるくらい一般的なものなんだ」

「へぇ、そんなに簡単なもんなのか」

 リタの弟、ロッシが意外そうに相槌を打つ。

「味のほうは保障できないけどね。ともかく、僕の故郷ならそれくらい簡単に生まれる酒が、この世界に存在しないのは、理由があるに違いない。その“理由”をつきとめるために、“クワス”っていうお酒を、いろんな条件で仕込んでみたわけなんだ」

 トージはそう言うと、ホワイトボードの余白に、さらに文字を書いていく。

44 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:02:58 ID:EY9E8WKG

―――――――――――――――――――――――――――――――
■酒ができない“理由”の推測

【必須要素の不足】
・糖分が足りなくて発酵が発生しない
・糖分の種類が違うため、酵母のエサにならない
・アルコールを生成する“酵母”がいない

【環境的要因】
・酵母がアルコールを生成する条件が特殊
・何らかの理由で酵母の活動が阻害されている
・この世界では酵母が生存できず、死んでしまう
―――――――――――――――――――――――――――――――

「この世界に酒がない理由として、こんなことが考えられる。
 まず“アルコール発酵”が起きるための前提条件が足りないケース。
 次に、この世界では何らかの理由でアルコール発酵が起きないというケース。
 このなかのどれが正解かを調べるために、いろんな条件で実験をしたんだ」

 トージは高校の講義のようなノリで説明を続けるが、いくら説明しても、生物学の基礎知識が身についていないリタとロッシに理解できるはずがない。
 ロッシは早々に眠たげな表情になっていたが、リタはトージの説明を聞き漏らすまいと、真剣に説明に食らいついていた。

「まずAの瓶は、この村で集めた材料だけで作ったものだ。
 僕の故郷ならこれだけでも酒になるんだけど、結果は見事に失敗。
 つまりこの世界では、酒は自然に出来ない、という疑いが強まったわけだね」

 トージは空っぽになったBの瓶を手に取る。

「次はBの瓶。この瓶に入れた糖蜜は、僕の地元の砂糖で作った。
 僕の故郷では、砂糖を発酵させてアルコールにするお酒がたくさんある。
 だから“糖分が足りない”場合や、
 “糖分の種類が僕の地元と違う”のが酒ができない原因なら、
 この瓶は問題なく酒になるはずだ。でも、Bの瓶は腐ってしまった」

「ええ。結局ちゃんとお酒になったのは、CとDの瓶だけでしたね」

「そのとおり! CとDの瓶は、僕の蔵でもこの家でも、酒になってくれたね。
 そしてABの瓶とCDの瓶の違いはひとつ。
 CとDの瓶には、僕が地元から連れてきた“酵母”が入っている」

 トージは瓶をテーブルに置き、レーズンをつまむ。

「僕の故郷では、酵母という生き物は、空気中のどこにでもいる。
 そして甘いものにくっつくと、甘いものを食べて増殖する。
 蜂蜜もそうだし、花の蜜や樹液でもいい。このレーズンもそうだ。
 だから僕の故郷なら……レーズンの皮にこびりついていた酵母が、AとBの瓶で糖分を食べて、酒を吐き出すはずなんだ」

 トージはレーズンを口に放り込むと、リタとロッシのほうに身を乗り出した。

「でもAとBの瓶は酒にならず、CとDは酒になった……つまり。
 おそらくこの国には、酵母がない。
 酵母がいないから、酒がなかったんだ」

「なるほど、と、いうことは……?」

「この国には酵母がいないせいで酒がなかったけど、
 CとDの瓶が酒になったことでわかるように、僕が酵母を連れてきた。
 つまり! 僕はこの国でも、この国の作物を使って、
 これからもずっと酒を造ることができるんだ!!」

 トージの表情が、満面の笑顔に変わる。

「なるほどねー、トージさんはそれを知りたくて、このめんどくさそうな実験をやってたのかよ」

「僕にとっては生きるか死ぬかの大問題なのさ。
 なんてったってウチは、先祖代々酒造り一筋だからね」

「先祖代々酒造り、か……そうだな。先祖から受け継いだ仕事を続けるって、素晴らしいことだと思うぜ」

 ここまでの説明を眠そうに聞いていたのが嘘のようにキリッとした顔で、ロッシがトージの言葉にうなずいた。

「おめでとうございます、トージさん。お祝いをしなければいけませんね」

「お祝いか! ありがとう! それならこいつを仕上げちゃわないとね!」

 トージの手には、実験の結果、見事に酒になった、4本の瓶が握られていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――
 今回トージが仕込んだ酒「クワス」には何種類ものレシピがありますが、仕込みに糖分を足す場合、蜂蜜を添加するのが一般的です。
 今回トージが蜂蜜ではなくカラメルを使ったのは、

1.地球産酵母の混入を防ぐために糖分を加熱殺菌したかった
2.異世界産の蜂蜜が、地球の蜂蜜とは異なる物質である可能性を疑った

 という2つの理由があります。

45 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:05:10 ID:EY9E8WKG
「そんなわけで、初めてのお酒をみなさんで楽しみたいと思い、この席を設けていただきました。あらためてレルダさん、ありがとうございます」

 それに応えて、レルダがぺこりと頭を下げる。
 レルダの号令にあわせて、リタたちが食前の祈りをささげ、トージは手を合わせて「いただきます」と唱え、食事会がはじまった。

「それでは、できあがった新しいお酒、クワスを注がせていただきますね」

 トージはそう言うと、クーラーボックスからペットボトルを取り出す。
 色はビールよりもやや黄色く、うっすらと濁った黄金色。
 蓋をひねると、炭酸の抜ける「プシュッ!」という音がした。

「わっ!? なにこれ!?」

「びっくりした? 飲んでみればわかるよ」

 音に驚くルーティのマグカップに、クワスを注ぐトージ。
 ビールとサイダーの中間くらいの量の、細かい泡がたち、かすかにシュワシュワという炭酸のはじける音が響いた。
 香ばしい麦の香りとアルコールの香りが、リタ家の食卓を満たしていく。

「ふわぁぁぁ……」

 ルーティは、マグカップの水面ではじける泡に夢中になっている。
 そのあいだにトージは、全員のマグカップに黄金色のクワスを注ぎ終えた。
 するとルーティが何かに気付く。

「……あれ? トージお兄ちゃん、これっておさけだよね? 子供はおさけ飲んじゃだめなんだよ?」

「そうだね、でもこのお酒は、とっても薄いお酒だから、ルーティちゃんも飲んで良いんだよ」

「そうなの!? やったー! 兄ちゃん、ルーティも飲めるってー。へへーん」

「はいはい、わかったわかった」

 ルーティがロッシに自慢する姿を、リタが笑顔で見守っている。
 どうやらルーティは、謝肉祭で自分だけ酒を飲めなかったことを残念に思っていたようだった。
 甘酒のカップを手に持って、強がっていた姿が思い出される。

(でも、賢い子だよ。僕の前では全然言わないんだから)

 ビタミンと糖分が豊富に入ったクワスは栄養満点。
 年のわりに小さなルーティの成長を、ほんの少しだけでも助けられるはずだ。
 そんなことを考えながら、トージは皆にクワスを注ぎ終えた。

「それでは、お召し上がりください」

 トージの声に応えて、レルダ、ロッシ、ルーティの3人がカップを傾ける。
 事前に味見済みのトージとリタは、3人のリアクションを待つ体勢だ。

「うわっ、なんだこれ」
「しゅわしゅわしてるー!!」

 ロッシとルーティが驚きの声をあげ、レルダが疑問の声をあげる。

「トージ様、このぴりぴりは何でしょう? 経験したことのない舌触りです」

「それはですね、酒のなかに溶けていた空気が、外に飛び出して泡になっているんです。その泡が割れるときに、ピリっとした刺激があるわけですね」

「ねえトージお兄ちゃん! これ、つめたーい! あと、甘いよー!」

 ルーティがマグカップを両手で大事そうに抱えながら、大きな目をキラキラさせて喜んでいる。

「うちの蔵で冷やしてきたんだよ。甘いのは、砂糖や果物が入ってるからだね。少し苦みもあるけど、大丈夫かな?」

「へーき! ルーティ、苦いのへーきだもん! 肝も食べられるよ!」

 ニコニコしながら、すこしずつクワスを飲み続けるルーティに心が和む。
 家長のレルダも、静かに初めての飲み物を味わっていた。

「薄いというお話でしたが、味は濃厚ですね。ただ確かに、謝肉祭のニホンシュとくらべると、お酒の“カーッ”となる度合いは少なく感じます。それにしても砂糖を使ったのですか……贅沢です」

「今回は実験のために、ちょっと贅沢しました。砂糖なしでも、こんなに甘くはなりませんが美味しく作れますよ」

「そうですか。村の者たちが飲むには、そちらのほうがよさそうです」

 そう言ってふたたびカップを傾けるレルダも、それなりにクワスを気に入ってくれたようだった。
 皆の反応を見終えたあとで、トージも自分のクワスを喉に流し込む。

 麦のビスケットを主原料にしているだけあって、クワスには濃厚な焦がし麦の風味がある。日本人には麦茶の風味というと伝わりやすいだろう。
 麦茶との違いは、奥深く濃厚な甘みだ。
 一般的な炭酸ジュースと違い、このクワスにはカラメルの甘み、果物の甘み、そして麦芽飲料のような麦の甘みが混在し、複雑な風味を作り出している。
 その多様で、クセのある味を、かすかな刺激で引き締める低アルコール。
 地球のロシアで伝承されてきた正式なレシピでは、ビスケットではなくライ麦パン、カラメルではなく蜂蜜を使う。そのため味は若干違うが、ロシア人のソウルフードのひとつとして、何百年も愛飲されているだけはある完成度だった。

46 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:05:36 ID:EY9E8WKG
「さて、それでは次に行きましょうか」

「次? まだ何かあるのかトージさん?」

「クワスはそのまま飲んでもいいけど、こうすると……もっと美味しいんだ」

 トージはそう言いながら、2本目のペットボトルを取り出す。
 2本目のボトルは茶色く濁っており、黒ビールのような外見だ。

(絞らずに漉すと黄金色の液体に。絞ると茶色に。茶色はビスケットの麦の色だ。最初のクワスが“一番絞り”、このクワスは“二番絞り”ってところかな)

 トージは二番絞りクワスを、一番搾りクワスの入ったボトルに注ぎ入れる。
 こうして“合わせクワス”ができあがる。
 テーブルには木皿が置かれていて、みじん切りの野菜が盛りつけられている。
 トージはそこに、合わせクワスを回しかけていく。
 野菜とハーブの細切りが、そして野菜の下に隠れていた細切れの豚ハムが、スープの中で炭酸の波にあおられて、細かく踊りはじめる。

「これはね、“アクローシュカ”っていうスープサラダだよ」

 トージがそう言うのにあわせて、リタはアクローシュカの大皿の上に、白いペーストをかけていく。

 白いペーストの正体は、山羊乳のヨーグルトである。
 山羊の胃袋に山羊の乳を入れ、常温で2日、乳酸発酵させたものだ。
 この世界にはアルコール発酵酵母はないが、乳酸菌は存在するらしい。
 最後にリタが、皿の上でレモンを搾って汁を振り掛けたら完成である。

「そのまま汁ごとスプーンですくって食べてね。味のほうは大丈夫。リタさんが調整済みだから心配要らないよ」

「よっしゃ!」「わーい!」

 さっそくロッシとルーティが、自分の小皿に取り分けていく。

「すっぱーい! でもあまーい!」

「へー、クワスだけだと甘いのに、これはさっぱりしてていいじゃん!」

 次々とアクローシュカを口に運ぶふたりを横目に、トージも匙をとる。
 アクローシュカの味のベースとなるのはクワスの甘みだ。そこにハムのうま味と塩味が溶け出している。甘ったるくなりそうなところを、レモン汁とヨーグルトの酸っぱさが味を引き締めてくれるのだ。

 トージはクワスを飲んだことはあるが、アクローシュカを食べたことはない。
 この料理は事務所の本で見つけたのだが、レシピが載っていなかったため、おおまかな概念をリタに伝えて、アレンジはすべて彼女に任せたのだった。
 何度かの味見のすえに完成した「リタ版アクローシュカ」は、少々甘みが強く感じることを除けば、実に満足のいく味となっていた。

(やっぱり、この子の味覚と、料理の才能はすごいな……)

 美味しいアクローシュカを味わいながら、あらためて感心するトージだった。
 クワスとアクローシュカ、そして麦粥という3点の料理をたいらげて、リタ家の晩餐は今日も無事に終了した。

「いやーうまかったぜ、さっぱりしてて、これは夏のクソ暑いときに食べたら最高なんじゃないか?」

「ばれたか。このクワスとアクローシュカは、僕の故郷の……隣国の料理でね。夏バテをぶっ飛ばすための料理なんだよ」

「そうなの? じゃあルーティ、夏になったらまた食べたーい!」

「よしわかった。夏になったらまたクワスを仕込むから、それでリタさんにアクローシュカを作ってもらおうね」

「やったー!!」

(夏になったら、か……)

 この村の気温は、トージの故郷よりもかなり暖かい。
 トージにとっては秋の感覚だが、リタによれば今は冬の入り口で、一年のなかでもかなり寒い時期なのだという。

 トージにとって、冬という季節は特別な意味を持つ。
 冬は、日本酒造りの季節である。

 自分は、日本とは異なる場所に転移した。
 気温も湿度もまったくちがう異世界で、酒を造っていくのだ。
 いまさらながらにそれを実感しつつ、トージは地平線に沈む太陽を見送った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――
 これにて第一章は終了です。
 第二章では、いよいよ異世界での日本酒造りがはじまります。

 ちなみに本物のクワスは、ライ麦ビスケットではなく、黒パン(ライムギパン)を焼いたものを材料にして作ります。
 村ではパンが手に入らないのでビスケットを材料にしましたが、ライ麦を素材としている以上、パンだろうがビスケットだろうがライ麦由来の糖化酵素は存在するので、風味は違えどクワスはできるのではないかと考えています。
 どんな味になるのか実際に作ってみたいですが、アルコール度数を1%未満に抑える自信がないので自重しました。くそー!

47 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:08:45 ID:EY9E8WKG

ここまで、1章の全14話を再投下させてもらいました。
引き続き、2章の5話目までのお話を投下します。

48 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:09:44 ID:EY9E8WKG
第2章「異世界での酒造り」
第1話「働く者に報酬を」

 パン、パン!
 |拍手《かしわで》の音が、冬の空気に響き渡る。

 音の数はふたつ。
 中肉中背、細身ながら引き締まった体の若者、鴨志野トージ。
 銀髪と青緑色の瞳を持つ少女、リタ。
 このふたりが、賀茂篠酒蔵の蔵にしつらえられた立派な神棚に、柏手と祈りを捧げていた。
 杯には賀茂篠の最高級酒、純米大吟醸が御神酒として注がれている。

(松尾様、今年も賀茂篠の酒造りがはじまります。
 遠く離れた地で、この声が届くかもわかりませんが、
 どうか今年も賀茂篠の酒造りを見守ってください……)

 トージが挨拶している相手は、酒造りの神様である。
 京都の「|松尾大社《まつのおたいしゃ》」に座する、|大山咋神《オオヤマクイノカミ》。
 “日本第一酒造神”と呼ばれ、多くの酒造関係者に信仰される酒の神だ。

 酒蔵関係者には信心深い人が多い。
 かつて醸造技術が未発達だった時代……とはいってもほんの100年前のことだが、酒造りは神頼みに近いところがあった。ほんのちょっとしたことで酒は腐り、米と時間が全部台無しになってしまうのだ。今年も腐らず良い酒ができるようにと、神様にすがりたいのが人情というものだろう。
 トージも中学生のころに教え込まれて以来、蔵に入るとき神棚への礼拝を欠かしたことはない。

「リタさん、付き合ってくれてありがとう。もう目を開いてかまわないよ」

「女神様以外の神様にご挨拶するのははじめてで……緊張しました」

 そう言ってリタは、深く息をつく。

「そういえば食事の時も、女神様にお祈りしてたよね」

「はい、村の者たちは、みな母なる女神様の信者です」

(ふーん、|こっち《地球》でいう一神教みたいなものなのかな……おっと)

 トージの思考が一瞬だけ脇道にそれるが、すぐに元に戻る。
 今日はトージにとって大事な日。酒造りを再開する日なのだ。

「それにしてもあの3人、仕事始めの日に都合が付かないなんてなぁ」

「仕方ありません、村の川向こうは今日から麦撒きだそうですから」

 トージは、自分の家来になると言っていた三人組、うわばみブラザーズのしまりのない顔を思い出していた。
 この世界では、麦撒きと麦踏みは一族総出の重要な仕事だという。
 特に意味もなく麦撒きや麦踏みを休んだら、長男ではない彼らは食料がもらえなくなってしまうらしい。
 リタも、実家の農地が麦撒きと麦踏みをする日は、酒蔵の手伝いができないことを、あらかじめトージに告げていた。

「まあ、いない人のことを言ってもしょうがない。仕事をはじめようか」

「はい、お任せ下さい! 報酬もいただくのですから遠慮はいりません」

 そう。トージは酒造りを手伝ってくれるリタやうわばみ三兄弟に、報酬を支払うことを約束していた。
 トージは異世界に来てからはじめて、人を雇うことになったのだ。

「よし、それっじゃあバリバリ働いてもらうよ、一緒に来てくれ」

「はい!」

 トージとリタは連れだって、蔵の外へと歩き出した。
 今日が賀茂篠酒蔵の、異世界での記念すべき仕事始めである。

――――――――――◇――――――――――

「さんじゅう……ご!」

 リタのかわいらしい声と、重い物がゆっくりと下ろされる「トスッ」という音が、賀茂篠酒蔵の倉庫に響く。
 いまリタが下ろしたのは、大きな紙袋。中には30kgの米が入っている。
 その重さは、小柄で細身なリタの体重とさほど変わらないのではないか。
 だが、長年の農家暮らしで重い物の扱いに慣れているのか。リタは玉のような汗をかきながらも、ゆっくりと、それでいて危なげなく、米袋の上げ下ろしをつとめている。

49 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:10:02 ID:EY9E8WKG

「いいよ、リタさん、そういう感じだ。袋の中の米が割れたら台無しになっちゃうから、丁寧に運ぶのが大事なんだ」

 そう言うトージは、30kgの米袋を両肩に1袋ずつ、合計60kgを軽々とかつぎ、息も切らさず、トラックの荷台に積み込んでいる。
 

「ふぅ……わかりました。ですがトージさん、それ、もうやめましょう」

「ん? それって何、リタさん?」

「それです。リタ“さん”というのはやめましょう。トージさんは雇い主なのですから、使用人に“さん”をつけるのは外聞がよくありません」

「えぇ、そんなものかな……」

 周囲がみんな年上という環境で仕事をしていたトージにとって、従業員を「さん」付けで呼ぶのは当たり前の習慣だった。
 トージは戸惑いながら続ける。

「それじゃあ、なんて呼ぼう?」

「呼び捨てになさってください。“おい”“お前”でも構いません」

「えぇ……“おい”って、そりゃひどい……」

 露骨に顔をしかめるトージ。

「まあ、クに入りてはクに従えか……わかったよリタ、それじゃあ米を運び出すから、助手席に乗り込んで」

「本当に“おい”でもいいんですよ? ご命令は了解しました♪」

 銀色の髪の隙間から、青緑色の瞳をいたずらっぽく輝かせながら、リタは笑顔でトージの指示に応えるのだった。

――――――――――◇――――――――――

 倉庫の米を、隣の建物まで、トラックで運び出すこと数度。
 賀茂篠酒蔵の敷地に、3時を示すチャイムが響き渡った。

「はい、お疲れ様。予定の米は運び終わったし、今日はここまでにしよう」

「お疲れ様です、トージさん。今日運んだお米が、お酒になるんですね」

 リタの銀色の前髪についた汗が、光を反射してキラキラと輝いている。
 美少女はなにをやってもサマになると、トージは感心しきりだった。

「うん、そうだよ。今日は力仕事ばっかりで大変だったね。明日はもうちょっと面白いところを見せられると思うよ」

「家でもやっていることですから、問題ありません。でも、トージさんが大好きな日本酒造り、どんなものなのか楽しみです……あっ」

 リタはこれまでどおり笑顔で話していたが、何かに気づいたのか表情を曇らせ、申し訳なさそうに切り出した。

「すみませんトージさん、それで、報酬のほうなんですが……」

「報酬……? ああっ、給料ね! すぐに払う……あれ、そういえば、どれだけ払うか決めてなかったのか」

 トージ、痛恨のミス。
 労働条件を定めずに人を働かせるなど、現代日本の社長失格である。

(やっばい条件決め忘れてた! ええっと、労働時間が8時3時、作業内容から考えて日給10000円、試用期間で8000円ってところか。穀物で払う約束になっているから……)

 トージの視線が、倉庫に積んである10kg入り米袋に向く。
 賀茂篠酒蔵の水田で作った食用米……あの謝肉祭でおにぎりとして出した米を、おすそわけするときに使っているものだ。

「ええっと、農協の買い取り価格が玄米60kgで15526円だから、あれ1袋でだいたい2870円。3袋で8610円か、じゃあ、あれでちょうど良いな」

 トージは即断すると、10kgのビニール米袋3つをヒョイヒョイと拾いあげ、タタタンと音を立ててテーブルに下ろす。

「はい、これでどうかな? お給料」

「……???」

 目の前に並べられた米袋に、リタが目を丸くする。

「あの、トージさん……これ、1年分ですか?」

「違う違う、今日の分」

「今日、1日で、これですか……?」

 リタがうつむき、青緑色の瞳が前髪に隠れる。
 彼女はしばらく溜めて顔を上げると……

「払いすぎですっ!! トージさん!!!」

 これまでトージが聞いたことのないような、大きな叫び声をあげた。

50 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:10:33 ID:EY9E8WKG

――――――――――◇――――――――――

「いいですか! トージさんは穀物の価値を安く見すぎです!」

「お、おう……」

 すさまじい剣幕で説教をはじめたリタに、トージは圧倒されていた。

「たとえばうちの母が、力仕事をいただいて一日働いたとします。そのお仕事でいただける報酬麦は、だいたいこのくらいです」

 そう言うとリタは、両手で米をすくいとり、布の上に置いていく。
 ご飯茶碗で2杯分くらいの米が、布の上に小山を作っている。

「ちょっと失礼?」

 トージが布を受け取り、米の重さを量ってみると、重さは400gとなった。

「えっ、たったこれだけ?」

「“たった”じゃありません! これだけあれば1人が1日食べるのに十分です。収穫以外でこんなにいただけるのは、とても有り難いことなんです」

(ええっ、それにしても少なすぎないかぁ!?)

 リタが示した穀物の量は、現代人が三食で食べる穀物の量と大差ない。
 だが、現代人は穀物のほかにも、肉や魚、乳製品や油などで多量のカロリーを摂取している。
 つまりこの世界の労働者は、現代人労働者の必須カロリー量とくらべて、半分強くらいのカロリーで活動しているのではないか。

「ちょっと待って。さっきリタは“お母さんが働いたら”って言ったよね。大人の男性だったらどうなるの」

「大人の男性なら、女性より力がありますから、たくさん仕事ができます。そういう人は、この3割増しくらいもらえるかもしれません」

(いやいやいやいや……3割増しでもぜんぜん少なくね?)

「とにかくです! トージさん、この量はいくらなんでも払いすぎです! しかもこのお米、もしかして謝肉祭でトージさんが用意した米では?」

「うん、もちろんそうだけど」

「トージさん、オラシオさんの言葉を思い出してください。
 オラシオさん、“二倍でも三倍でも買う”と言っていましたよね?」

「そういえばそんな話があったような……」

「実際、我が家で取引をしたとき、オラシオさんは麦や米の2倍半の値段で買っていきましたよ。このお米はそのくらいの高級品なんです!」

(そ、そんなもんかなあ……?)

 リタの剣幕と、穀物価値の認識のズレに、トージはとまどいを隠せない。

「とにかく、あれくらいのお仕事で、こんなにとんでもない量のお米をいただくわけにはいきません。私の報酬については、明日あらためてお話しさせて下さい、お願いします」

 リタはそう言って、ぺこりと頭を下げる。
 帰宅の挨拶をして倉庫を出るリタに、トージは「う、うん」と生返事を返すことしかできなかった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 新章スタート。いよいよ日本酒造りが始まりますが、その前にまずは労働条件を整えていきます。

51 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:12:35 ID:EY9E8WKG

※しまった。>>44>>45の間にこれが入ります。

第14話「クワスとアクローシュカ」

 発酵性能試験の結果が出た翌日。
 リタたちによる「お酒ができたお祝い」は、実験当日ではなく、この日に行われることになっていた。
 理由は簡単。お祝いの目玉となる、実験で作った酒「クワス」は、できあがった当日に飲んでもおいしくないからだ。

 瓶の中で熟成されたクワスのなかには、固形のビスケットやレーズン、リンゴなどが残っている。
 これらを布で漉して取り除き、液体だけを炭酸飲料用ペットボトルに入れる。
 その日に飲んでも味がとげとげしくて美味しくないのだが、冷蔵庫で一晩置くと味がまとまり、格段に美味しくなるのがクワスの特徴である。

 昨晩のうちに濾過の作業を終えたトージは、非常用電源で動作させている冷蔵庫にクワスのペットボトルを放り込み、調べ物にふけっていた。
 トージが読んでいるのは「各国の飲酒法制」についての本である。

「やっぱり、日本の飲酒規制ってかなり厳しいほうに入るんだよな」

 世界の先進国には、子供の飲酒を無制限に許す国はない。
 それは、未成年の飲酒は健康への深刻な害があるからである。

「ひとつ、肝機能の未成熟によるアルコール分解能力不足。
 ふたつ、脳の成長阻害。
 みっつ、アルコール依存症への耐性の未熟さ」

 この3つが、未成年飲酒の害として科学的に証明されているものである。
 各国の飲酒法制は、この事実をもとに、各国の文化にあわせて作られている。

 欧州諸国は、ロシアや東欧諸国のように18歳から飲酒を許す国と、イタリアのように16歳から飲酒を許す国に分かれる。
 また、イギリスやドイツ、フランスのように、アルコール度数が高い蒸留酒は18歳から、度数が低い醸造酒は16歳から飲んで良いとする国もあるようだ。
 なお、レストランやバーなど公共の場所での飲酒だけが禁じられ、自宅での飲酒に年齢制限がない国もあるが、トージはそこを参考にするつもりはない。

「つまるところ、未成年飲酒の3つの害にどう向き合うかで、何歳から飲酒を許すかが決まってくるわけだ」

 アルコールの3つの害にかかわる臓器のうち、肝機能の成熟と、脳の成長は、どちらもおおむね16歳までには完了している。
 16歳以下に飲酒を許す国がほとんどないのは、この事実にもとづくものだろう、とトージは推測する。

 問題は3つめ、アルコール依存症である。
 未成年が多量の飲酒を常習的に繰り返すと、アルコール依存症になるリスクが、成人の5倍ほどに跳ね上がる。
 ドイツなどの国が、アルコール高濃度の蒸留酒を、低濃度なビールなどと別枠にして取り締まっているのはそのためである。

「……まあ、つまり常習化を防ぐ策を打てばいいわけだ」

 アルコール度数15%の日本酒は流通させるが、25%以上の焼酎は制限する。
 出荷量を制限し、毎日飲むほどの量を供給しない。
 この世界に他の酒がない以上、これで健康被害は抑止できるという目論見だ。

「よし、日本酒を飲んで良いのは16歳以上。焼酎は20歳以上。ドイツ・フランス、イギリス方式でいこう」

 トージは本を閉じて立ち上がる。
 トージが急に、未成年飲酒について調べ始めたのは、もちろん今日、リタたち家族に酒をふるまう予定だからだ。

(もっとも、今日みんなに飲んで貰う酒は、“酒”じゃないんだけどね)

 トージができあがったクワスのアルコール濃度を調べたところ、アルコール度数は0.8%となっていた。
 日本の法律では、アルコール度数が1%未満の液体は「酒」ではなく、「清涼飲料水」に分類される。つまり。

(このクワスは、ルーティちゃんにも飲んで貰ってOKってことだ)

 4人の家族全員に、トージが作った酒を飲んで貰うことができる。
 それはトージがこの世界に来てはじめての、喜ばしい日になるはずだった。

――――――――――◇――――――――――

 リタの家のテーブルにはリタの家族とトージが勢揃いし、配膳を待っている。
 各人の前には、空っぽのマグカップと、キュウリやタマネギなど、みじん切りの野菜が入った木皿が並ぶ。
 最後に、この家の定番である麦粥のお椀が、リタの手で運ばれてきた。

「それではトージ様、お願いします」

 レルダにうながされて、トージが立ち上がった。

「えー、みなさん、今日は自分のわがままに付き合ってくれて、ありがとうございます。この数日間、お宅をお借りして進めていた酒造り……リタさんの助けで、なんとか成功させることができました」

 レルダと弟のロッシ、妹のルーティが拍手する。
 リタは恥ずかしそうに恐縮するばかりだった。

※挿入文書終了

52 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:14:48 ID:EY9E8WKG
第2話「米を磨く」

 初仕事の日の夜。賀茂篠酒造の事務室に、本のページをめくりながら、メモを書き付けるトージの姿があった。

「麦の全粒粉……100gあたり328キロカロリー。400gで1532キロカロリーか。16歳女性の基礎代謝は……」

 トージがめくっているのは健康情報誌だ。
 日本医師会が発表した、年齢と性別、生活スタイル別の、一日あたり必要カロリーが一覧表になっている。

「基礎代謝が1310キロカロリー。農作業は重労働扱いだから、2倍の2620キロカロリーが毎日必要だ。やっぱり、あきらかに足りてないじゃないか」

 つまりこの村の子供達は、必要なカロリーを十分に摂取できていないということになる。

「リタさんたち兄弟がみんな小柄なのもあたりまえだ。成長に必要なカロリーを十分に摂取できていないんだかから、体が大きくなるわけがない。そして、村に高齢の大人が極端にすくないのも……」

 数字は残酷に現実を映しだす。
 この村は飢えている。そして、長いあいだ、飢えが日常になっている。
 常に飢えているため、自分たちの飢えに気づいていないのであろう。

「こんな栄養状態じゃ、体の抵抗力も弱くなっているから、病気になんてかかったらひとたまりもないぞ……」

 異世界に放り出されて、勝手も分からず困っている自分を、暖かく迎え入れてくれた、リタとその家族。
 しかも彼らは、そもそも自分たちの栄養が足りていないというのに、見ず知らずの自分に食事を提供してくれたのだ。
 彼らが飢えと病に倒れるところなど見たくはない。
 そのために必要なのは……

「なにはなくともカロリーだ。タンパク質はロッシ君の狩りで、ビタミンは裏庭の野菜でとれているはず。そして総カロリーのほうは、リタが言ってた“麦2杯”、1532キロカロリーはとれているものとしよう。リタの必要カロリーは2620だから……」

 2620−1532=1088キロカロリー不足

「雑な計算だけど、ひとりあたり1000キロカロリー強、4人で4400キロカロリーくらい余分にとれれば、一家の栄養は劇的に改善するはず!」

 トージはそう言って立ち上がる。

「さて、4400キロカロリーの米というと……1.235kgか」

 トージが規定量の米粒を量ってテーブルに盛ると、リタが示した標準的報酬よりも明らかに大きな、こんもりとした乳白色の小山ができあがった。

「うーん、明らかに多いな。しかも“ウチの米は高級品”だから、なおさらすんなり受け取ってもらえそうにない……」

 そう、商人オラシオがトージの米を2.5倍の値段で買い取ったため、この米には同量の麦の2.5倍の価値が付いているのだ。
 ただでさえ標準的報酬の3倍強の量があるのに、価値が2.5倍ということは、約8倍の報酬を支払うことになる。
 アルバイト雑誌に、日給8万円の仕事が紹介されていたら?
 犯罪の片棒でも担がされるのではと疑うのではないだろうか。

「なんとかうまく米を押しつける方法はないかなぁ……栄養状態の改善は、早ければ早いほどいいはずなんだが」

 トージはそう言ってカレンダーを見る。早いもので、トージがこの世界に転移してきてから半月が過ぎようとしていた。
 カレンダーには、今後の酒造りの予定がびっしりと書き込まれている。
 明日の作業は……そこでトージは気付く。

「あっ、そうか。明日はちょうどあの作業じゃないか」

――――――――――◇――――――――――

 翌日、出社してきたリタを、トージはある建物に招いていた。
 リタの目の前には、巨大な装置が並んでいる。
 高さは5メートルほどあるだろうか。
 デコボコのある塔のような外見で、中程がキュッとくびれている。
 それが4本並んでいる姿は、古代の神殿を思わせた。

「と、トージさん、これはいったい……?」

「これは“縦型精米機”っていう機械だよ。米を研ぐ機械だね」

「米を……“研ぐ”……?」

「おっと、そういえば村は麦メインだっけ。米はね、食べる前に、表面のいろんな汚れを落とす“研ぎ”っていいう作業をするんだけど……日本酒造りの場合は、ちょっと特殊なんだ」

 そう言うとトージは、米袋のなかから米粒を取り出す。
 表面に茶色い色が付いた、大きな米粒。玄米である。
 トージはポケットの中からも玄米を取り出し、両方を並べてみせる。

「……あら? どちらもお米なのに、粒の大きさが違います」

「うん。小さい方が、謝肉祭のおにぎりで使った、食べるための米。こっちの大粒なほうは、酒を造るための米、“|酒米《さかまい》”さ」

「お酒専用の米があるんですか……!」

 驚いた表情のリタを見て、満足げにトージが続ける。

53 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:15:24 ID:EY9E8WKG
「大きさ以外にも違いがあるんだ。米粒を光に透かしてみて」

 リタはトージにうながされるまま、食用米と酒米をそれぞれつまみ、光に透かす。すると、明らかな違いが見て取れた。

「なるほど……食べるお米のほうは、全体が透きとおっています。お酒専用の米は、真ん中のあたりが白く濁っていますね?」

「うん。その「白く濁った部分」が、いい酒を造るために大事なんだ」

 トージはホワイトボードに米粒の絵を描き、その中心部分をぐりぐりと黒く塗りつぶす。

「この塗りつぶした部分が、酒米の中心部分で“|心白《しんぱく》”っていうんだ。この“心白”だけを使って酒を造ると、上品で香りの高い日本酒“|吟醸酒《ぎんじょうしゅ》”が造れる。心白よりも外側にいくほど、日本酒の味を悪くする成分が多い。だから……」

 トージはそう言うと、米粒の絵のうち、黒く塗りつぶした「心白」だけを残し、周囲の部分をイレイザーで消してしまった。

「こうやって、米粒の周りだけを削り取ってやるのさ。ここにある縦型精米機は、大きなヤスリを動かして、米の表面を削る機械なんだ。最終的には、こうなるまで削り取る」

 そう言ってトージは、また別の種類の米粒を取り出す。

「わぁ、こんなに小さくしてしまうんですね」

 米粒よりも小さく、丸みがかった滑らかな粒。
 全体が白く濁った姿は、水を吸う前のタピオカの粒に見えなくもない。

「というわけで、昨日運んでもらった米を精米機に入れて、この大きさまで削り取るよ。さあ、作業をはじめよう」

 トージとリタは、重い米袋をいくつも2階に運び上げ、一番左側の縦型精米機に流し込んでいく。
 トージが精米機のスイッチを入れると、機械のなかで円筒形のヤスリが回り始め、上から落ちてくる米粒を削っていく。

「……トージさん、この機械は誰が動かしているんですか? 水車ではないですよね? 牛も居ませんし……」

「これは全部電気動力だよ」

「でんきどうりょく……ですか?」

(あーなるほど、そこからか)

 トージは祭りなどで見てきた村の暮らしぶりを思い出した。
「アルプスの少女ハイジ」にでも出てきそうな農村の暮らしには、電気はもちろん、ガスも蒸気機関も見あたらなかった。

「この蔵には、油を燃やして小さな雷を起こす仕組みがあってね。この機械は、その雷の力で動いているんだ」

「そんな仕組み、聞いたこともありません。トージさんの故郷は錬金術が発達しているのですね、すごいです」

 トージたちがそうして話しているあいだも、縦型精米機は上から降りてくる玄米を削り続け、削った玄米を自動的に上に戻し、また削っていく。
 
「さて、この調子で、3日くらいかけて米を削っていくわけだけど……」

「3日ですか! 街の粉ひき水車より長いですね」

「ゆっくり削らないと、摩擦熱で米がマズくなっちゃうからね。それはともかく、米を削ると、当然ながら削りカスが出てくるわけだ」

 トージが精米機のフタを開けると、ドバドバと吐き出される削りカス。
 カップで受けると、粉のような削りカスは茶色い色をしている。

「最初のほうの削りカスは「赤ぬか」っていってね、表面の色がついているところを削ったものだから、こんなふうに色がついてるんだ。でも時間が経つと、削りカスはどんどん白くなっていく」

 そう言って、別の袋からカップを取り出すトージ。
 茶色いぬかの横に、クリーム色の粗い粉。その横に白くきめ細かい粉。
 特に、一番白くてきめの細かい粉は、現代日本で売っている米粉「上新粉」と見分けが付かない。

 さらにトージは、テーブルの上に、小ぶりな紙袋をトン、と置く。

「というわけで、昨日話した報酬の件なんだけど。この“米の削りカス”を支払う形でどうかな?」

 中には、昨夜計算して量を決めた、1.2キロあまりの米粉が入っている。
 リタは袋を開いて目を丸くする。

「こんなに細引きで白い粉なんて、見たことがありません……」

54 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:15:43 ID:EY9E8WKG

「そうかな? まあとにかく、うちの蔵では米を大量に削るから、削りカスがとにかく大量に出るわけさ。一部は食べたりもするけれど、とてもじゃないけど使い切れないから、田畑の肥料や家畜の餌にするか、それでも余ったら捨てるしかない」

 無論、トージのこの説明は大ウソだ。
 食品の廃棄ロスが社会問題となるずっと前から、酒造会社は「ぬか」の効率的利用に心を砕いてきた。
 最も外側の「赤ぬか」は、油脂原料、肥料、菌類培養、ぬか床などに。
 やや赤みがかった「中ぬか」は、家畜の飼料や工業原料(糊)に。
 真っ白な「上ぬか」「吟上ぬか」は、菓子に利用されているのだ。
 トージがリタに提供したのは、もっとも上質な「吟醸ぬか」である。

 だが、高価なものだとわかれば、リタたちは遠慮して受け取れまい。
 親愛なる隣人の健康のためなら、嘘だってついてみせる。
 トージはそう覚悟を固めていた。

「これと同じものが、そうだな……1年でウン千袋……いや、万いくかな? そのくらい出るからね。どうせ使い切れないものだから、遠慮しないで」

「こんなに白いものを、家畜に食べさせてしまうなんてもったいない……それにトージさん、これでも相場よりだいぶ多いですよ。3倍くらいはあるような気がします」

「それは当たり前だよ」

 トージの表情がキュッと引き締まる。

「いいかい、リタさん。君にはこれから、ああいった機械を使いながら、僕の酒造りを手伝って貰うことになる。これはいいね」

「ほかにもああいう道具があるんですね……はい、理解できます」

「じつはあの機械、壊れてしまうと僕には直せない」

「ええっ!? そうなんですか!?」

「それに、高価で珍しいから、盗もうとする人がいるかもしれないよね」

「それは……たしかに」

 あのような得体の知れない物、欲しがる人は絶対にいるとリタは思う。

「貴重な道具を使って高度な仕事をしてもらうんだから、普通の人足と同じ給料ではダメだ。つまりこの報酬には、ただの人足ではない“職人”としての技術料と、蔵の秘密を守る“口止め料”が入っているんだ」

“口止め料”という剣呑な言葉に、リタは思わず息を飲む。
 ちなみにこれも、トージの方便である。
 トージには酒の作り方を秘匿するつもりなどない。
 むしろ、酒造りが広く伝わって欲しいと思うくらいだ。

 しばしの沈黙のあと、意を決してリタが口を開いた。

「……わかりました。それほど大事な役目、私につとまるかわかりませんが……報酬に見合う働きができるよう頑張ります」

「うん、よろしくね。それじゃ、そろそろお昼だし、米粉を使ってランチにしようか」

 トージは努めて軽く返した後、リタと一緒に精米機のまわりを片付けると、連れだって台所へと歩いて行った。

――――――――――◇――――――――――

「米粉の性質は、大麦粉に近いね。練っても小麦粉みたいな粘りは出ないタイプだ」

 トージはそう言いながら、米粉の入ったボウルに、米粉と同量の熱湯を注ぎ入れ、菜箸でかき混ぜていく。
 水分を含んだ米粉をざっくりとまとめ、手首の付け根で押し込むように練ると、ぱさついた餅のような塊ができあがる。

「これを細かくちぎって茹でてもいいんだけど、それだと茹でてるあいだに溶けやすいし、食感がざらつくんだよね。だけどもっと美味しくする方法があるから、それをやってみよう」

「はい、よろしくお願いします」

55 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:16:09 ID:EY9E8WKG

 リタは真剣な表情で、トージの手元を見つめている。
 トージは生地を細かくちぎって、蒸し器のなかに並べていく。
 湯が煮立っているかまどの上に蒸し器を置いて、15分かけて蒸しあげると、さっきまで光沢がまったくない白いペーストだったものが、やや透明感のある、つきたての餅のような見た目に変わる。
 トージは作業台に濡れ布巾を広げ、蒸し器からアツアツの生地を拾って布巾の上に並べていく。素手で。

「と、トージさん、熱くないんですか!?」

「手が慣れてるからねー。この程度ならなんてことないよ」

 酒造りの工程では、100度の蒸気で蒸した米を素手で扱う。
 いちいち熱い熱いと言っていたら作業がすすまないため、酒造職人の手の皮は厚くなり、熱さへの耐性ができているのだ。

 トージは生地を濡れ布巾で包むと、手のひらの付け根に体重をかけ、まだ熱いままの生地を念入りに練っていく。

「……本当に大丈夫なんでしょうか?」

「へーきへーき。それで、生地をよーく練ると、こんな感じになるんだ」

 練り上がった生地の一部をちぎり、リタに手渡すトージ。

「肌触りがもちもちですね……それに透明感も増しているみたいです」

「でしょ。この生地は蒸せばプリプリになるし、香ばしく焼いてもいい。良く練ったから茹でても溶けにくいんだ。この生地で具を包むのもありだね。どんな使い方をしてもいいよ」

「はむっ……もぐもぐ…………トージさん、これは大麦の粉よりも舌触りが滑らかです。味も素直ですから……これはいろいろと応用が出来そうです」

「大麦は繊維質が多いからねぇ……」

 練り上がった生地を味わいながら、リタがその使い道に思いをはせる。
 一方でトージは、生地の仕上げについて思案していた。

「さて、味付けを決めてなかったな……まあ、あれでいいか」

 トージは生地を次々と小さくちぎって丸くまとめ、竹串にぶすりと刺していく。日本人にはおなじみの串団子だ。
 そして団子の刺さった串を、トージはかまどの直火であぶる。
 ぷすぷすと音を立てながら、団子に焼き目がつけられていく。
 香ばしい香りが台所に広がった。

「いい香りですねぇ……」

「そうだねえ。そして仕上げはこれだ」

 冷蔵庫からトージが取り出したのは、ボトルに入った黒い液体「かえし」。
 東日本ならどこでも売っている超有名メーカーの醤油に、沸騰させてアルコールを飛ばした少量の日本酒と、少量の砂糖、そして梅干しのペーストを入れたあと、冷蔵庫で数日寝かせて、味をなじませてある。
 こうすることで醤油の塩味のとげとげしさが消え、まろやかな味になる。 トージが|蕎麦《そば》の付け汁にするために作り置きしていたものだ。

 トージはこの「かえし」を、刷毛で団子に塗り始めた。
 団子の表面が透明な赤茶色に染まり、焦げた醤油が力強く香る。
 同じ団子に三度ほど砂糖醤油を塗ると、トージは団子を火からおろし、正方形の海苔でくるりと巻いて、リタに差し出した。

「はい、これが「磯辺団子」。冷めないうちに召し上がれ」

「ど、どう食べればいいのでしょうか?」

「串ごとガブっといっちゃおう!」

 リタは一瞬ためらった後、一番先っぽにある団子に、小さな口でぱくりと噛みついた。巻きたてでまだ湿気っていない海苔が、パリっと小気味よい音をあげる。
 焼き団子の香ばしさ、焦がし醤油の香ばしさ、そして海苔の香ばしさ。
 3つの香ばしさが渾然一体となってリタの五感を刺激する。

「これは美味しい……! この葉っぱ、食べた事のない味ですが、なにか海のような香りがします! それと、団子に塗られたソースは、もしかして大豆でしょうか? 淡泊な団子とよく合いますね」

「その黒いのは海苔っていってね、葉っぱじゃなくて、海草を刻んで乾かしたものだよ。それより、そのタレが大豆だってよくわかったね?」

「合っていましたか! 大豆の風味がある気がしたんです。大豆は村でもよく食べるんですよ。乾かせば保存が利きますので」

 予想が的中したリタが、満面の笑みを浮かべる。
 その笑顔を見ながら、トージは先の謝肉祭で、チリビーンズ(大豆と豚挽肉のトマト唐辛子煮)を出した家があったことを思い出した。

(大豆があるってことは、味噌は作れそうだな。これからも和食が食べられそうで何よりだ……みんなも和食、気に入ってくれるといいなぁ)

 異世界での食生活に思いを馳せながら、トージとリタのランチタイムは、ゆったりと過ぎていくのであった。

56 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:17:44 ID:EY9E8WKG
3話 「はじめてのお風呂」

 酒造開始から3日目。
 今日も精米所では、縦型精米機がうなりをあげ、酒米の表面をゆっくりと慎重に削り取っている。
 その一方でトージとリタは、宿舎兼事務所でミーティングを行っていた。

「さてと。今日から賀茂篠酒蔵は、器具洗浄に入ります」

「お掃除ですね、お任せ下さい、得意です」

 リタが自信ありげに、薄い胸を叩いてみせる。

「頼りにしてるよ。けど、酒蔵の掃除は家の掃除とはすこし違うんだ。まずは“なぜ掃除しなきゃいけないのか”から聞いて欲しい」

「はい!」

 リタが銀の前髪の隙間から、真剣なまなざしでトージのほうを見上げる。
 トージはその真摯さに満足し、ゆっくりと語り始めた。

「リタの家で実験をやったとき、アルコールが……酒ができる基本の仕組みについて話したけど、覚えてるかな?」

「はい。たしか「酵母」という目に見えない生き物が、甘いものを食べると、お酒を吐き出すという話でしたよね」

「そのとおり。でも、甘い物を食べたがってる生き物は酵母だけじゃない。目に見えない生き物は、酵母のほかにもたくさんいて、甘い物を横取りしようと狙っている。こういうお邪魔虫の小さな生き物を、まとめて“雑菌”と呼ぼう。酵母が雑菌に食べ物を横取りされると、酒は腐ってしまう」

「あの3人が飲んだ瓶のように、ですね」

 腐造したクワスを飲んで腹を壊した、うわばみ三人組が思い出される。

「そうだね……それじゃ、酵母が雑菌に食べ物を横取りされないために、僕たち人間はどうすればいいと思う?」

「そうですね……」

 リタが細いアゴに手を添えて考え込む。
 思い浮かんだのは、穀物を貯蔵する倉庫を守る方法だった。

「甘い物を雑菌の手が届かないところに置きます。無理なら……雑菌のほうを追い払いたいです」

「いい方法だね。ほかには?」

「そうですね……ううん、雑菌を殺してしまうことはできますか?」

「うん、できるよ。やるねぇ、どの方法も有効だ」

 そう言うとトージは、事務所のホワイトボードにこう書き込んでいく。

―――――――――――――――――――――――――――――――
・雑菌の手が届かないところに置く → 
・雑菌を追い払う         → 
・雑菌を殺す           →  
―――――――――――――――――――――――――――――――

「まず、食べ物を雑菌の手が届かないところに置く方法は簡単だ。連中は空気中をふわふわと漂ってるから、フタをしてやれば寄って来れない」

 トージはそういって、テーブルの湯飲み茶碗の蓋をとる。

「次に、雑菌を追い払うには、雑菌が集まっている場所に水をぶっかけて、ブラシでこすって、水と一緒に流すのが有効だ」

 急須の蓋を開き、電気ポットから80度のお湯を入れるトージ。

「最後に、雑菌を殺す方法。まず、雑菌を殺すための専用の薬がある。でもこれは、普段使いするにはちょっと高いのと、この国では手に入らないものが多いと思う。ただ雑菌のほとんどは熱に弱いから、火であぶったり、お湯をかければ死ぬ。こんな感じにね」

 トージが急須を傾けると、黄緑色のお茶が注がれていく。
 お茶をつぎ終わると、トージはホワイトボードに文字を書き足していく。

―――――――――――――――――――――――――――――――
・雑菌の手が届かないところに置く → 蓋をする
・雑菌を追い払う         → 水で洗い流す
・雑菌を殺す           →  薬をかけるか熱で殺す
―――――――――――――――――――――――――――――――

「なるほど……対抗する方法はあるんですね」

「そういうことだね。とりあえずお茶を飲みながら話を続けよう」

 トージが湯飲みから茶をすすり、リタも真似をして湯飲みに口をつける。「熱っ」と小さな声がかわいらしい。
 いつもとくらべて色は悪いが、味はまろやかだ。
 それなりのお茶を煎れられたことに、トージは小さく満足する。

「ところでトージさん、雑菌に対抗する方法はわかったのですが、雑菌は酵母と同じで目に見えないのですよね。見えないものにどう対抗すれば?」

「たしかに雑菌は目に見えないね。しかも空気中だろうがどこにでもいるから始末が悪い。でも、“雑菌が大量に溜まっている”場所なら目で見えるよ。たとえばそこ」

 トージが窓の外を指差す。

「土や泥、動物の死骸や排泄物は雑菌の塊だ。だから絶対に蔵には持ち込んじゃいけない」

57 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:18:04 ID:EY9E8WKG

「土もダメなんですか。それじゃあ履き物は?」

「当然、作業用の靴に履き替えてもらうよ。次、食べカスや、こぼれた汁なかも、数時間放っておくと雑菌の巣窟になる。部屋の隅に溜まっているホコリとかもおんなじだ」

「すみずみまで綺麗に拭かないといけませんね……」

「そうだね。そして最後、一番汚いのがこれだ」

 そう言ってトージは、自分自身を指差した。

「……人間、ということですか?」

「そのとおり。人間は汗をかくし、垢が溜まるでしょ? 雑菌は甘い物だけじゃなくて、汗や垢、フケなんかも大好物なんだ。そして人間の皮膚だけじゃなく、汗や垢が染み込んだ衣服も、雑菌のすみかになっている」

「そんな……雑菌を追い出すために掃除をするのに、掃除をする私自身が雑菌のすみかだったら、掃除にならないじゃないですか?」

「まったくそのとおりだね。だから最初にやるのは、掃除をする自分自身から、雑菌を追い出して綺麗になることなんだ。さあ、実践してみよう」

 トージは立ち上がり、リタに付いてくるようにうながした。

――――――――――◇――――――――――

 所変わって、発酵蔵に併設されている支度棟。
 そこに水着の短パン一丁で、上半身を裸にしたトージの姿があった。
 リタは、村で着ていた普段着のままである。

「あの……トージさん、なにをなさるんでしょうか?」

「これから、体の洗い方を見て学んでもらうよ」

 トージの言葉に、リタがけげんそうな顔をする。
 当然だ。体の洗い方を知らない16歳など、世の中にはいない。
 だがそれは「村の常識における」体の洗い方だ。

「この小さな部屋は、風呂場っていうんだ。風呂に入ったことは?」

「ありますが……ずいぶん形が違います。私が入った風呂は、もっと蒸し暑いものでしたし、そんなにたくさんお湯は使いませんでした」

 リタが湯船に張られたお湯を見てそう答える。おそらくリタの言う風呂とは、サウナに近いものだろう。トージはそう理解した。

 トージは浴室に入ると、入浴の作法をリタに教えていく。
 まず体をお湯で流し、体洗い用のタオルで体を洗うこと。
 ボディソープの使い方。シャンプーとリンスの使い方。
 湯船につかると、毛穴が開いて汚れが落ちやすくなること。
 歯ブラシを使った歯磨きの方法。
 爪の隙間の汚れやすさと、ブラシで汚れを落とす方法。
 カランとシャワーの使い方。温度調整のやりかた。

 ここまで抜群の物覚えのよさを発揮してきたリタだが、次から次へと説明される、生まれてはじめての作法の数々に、若干目を回していた。

(ほんとならもっとゆっくり教えてあげたいけど、まさか一緒に入るわけにもいかないしな……)

 トージはそう心配しながらも湯から上がり、体を拭いて真新しい作業ズボンに着替える。そしてドライヤーで髪を乾かし、Tシャツを着て、髪をタオルで包み込む。
 その姿は、どこかのラーメン屋の厨房スタッフに見えなくもない。

「頭をタオルで包むのは、髪や汗が蔵に落ちないようにするためだね。
 これで準備は完了、体の雑菌がほとんどいなくなっているはずだ。
 毎朝作業を始める前に、この入浴と着替えをやってもらうよ」

「毎朝お風呂に入るのですか……贅沢すぎないでしょうか? 村では、週に1〜2回、川で水浴びをするのが精々なのですが」

「贅沢だろうがなんだろうが、清潔にしなきゃ、いい酒はできないんだ。ほら、リタも風呂に入ってきて。僕は隣の部屋で待ってるから!」

 トージはそう言って、リタを隣の風呂場へ送り出す。賀茂篠酒蔵には女性の蔵人もいたので、2つある風呂場の片方は女湯になっているのだ。

「それでは、行ってきます」

 タオルを持されたリタは、不安げに、女湯ののれんをくぐっていった。

――――――――――◇――――――――――

58 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:18:21 ID:EY9E8WKG

 シャワーヘッドから吐き出された湯の雫が、リタの真っ白な肌に浴びせられ、細くなだらかな肢体に沿って流れ落ちていく。
 小さな肩。細い首筋。ささやかな胸元。
 脇腹から薄い腰回り、内ももから細い足首へ。
 湯の通り道がほんのりと紅色に染まってゆく。

「はふ……」

 水音の中で、リタの口から恍惚のため息がもれる。
 それはリタにとって、生まれて初めての感覚だった。
 沸かしたてのお湯を頭から浴び、浴びた先から捨ててしまう。
 なんと贅沢な湯の使い方であろうか。

 われわれ現代人は忘れてしまった感覚だが、お湯は高価なものである。
 なぜなら、湯を沸かすには燃料がいるからだ。
 村の燃料は「薪」だが、村の近くに自生する木材は貴重な資源である。
 村から一家への薪用木材の割り当て量は決まっており、薪が足りないからといって無尽蔵に切り倒していいものではない。
 よって、料理以外のために湯を沸かした場合、湧かした湯は鍋やタライなどに溜めて、温かいうちに徹底的に使い倒す。
 決して、体に浴びせたお湯を床に垂れ流したり、背後にある湯船のように、体全体を浸せるほど大量の湯を沸かしたりはしないのだ。
 そんな贅沢を許されるのは……

(国王陛下か、大聖堂の枢機卿様くらいなのでは……)

 そんなふうに想像してしまうリタであった。
 貧しい農婦としての生活が身に染みついているリタには、どうしてもこのお湯の使い方が「もったいない」と思えてしまう。

「でも、トージさんが必要だと言うなら、やらなければいけませんよね」

 リタはそうつぶやいて、シャワーの操作レバーに手を伸ばした。

――――――――――◇――――――――――

 リタの入浴を待ちながら、トージは休憩室で寝転がっていた。
 清潔な身支度は、うまい酒を造るための大前提条件。
 トージは酒蔵の常識どおり、最低限なすべきこととして入浴を指示したのだったが……

「16歳の女の子と二人きり、しかも女の子は入浴中……これはひょっとしてアカンやつなのでは……?」

 ふと現実に帰ってみると、トージは自分が、そうとう危ない橋を渡っていることを自覚せざるをえない。事案的な意味で。

 トージは謝肉祭で、この村に住む100人近くの人々と顔をあわせたが、リタの美少女ぶりは、そのなかでもきわだっていた。
 とても農家の娘とは思えない、白くなめらかな肌。
 小柄ながら、すらりと伸びた細い手足。
 そして、銀髪を長めに切りそろえた前髪の、奥に隠れた青緑色の瞳が、ミステリアスな雰囲気を生み出している。

 そんな女の子が、たったひとりで自分の蔵に来て、いま浴室でシャワーを浴びているのだ。

(……いかんいかん! そもそも守備範囲外だし!)

 脳裏にイメージしてしまった、リタの裸身を振り払うトージ。
 そもそもトージには、小柄でぺったんな女の子を尊ぶ性癖はない。
 道でお胸の豊かな女性とすれちがえば、思わず視線を貼り付けてしまう程度の、清く正しいおっぱい星人である。

(もしかして溜まってるのか? なんか嫌だなそういうの……)

 そうトージが|益体《やくたい》もないことを考えていると……

『きゃあぁぁっ!!!』

 浴室のほうから、リタの悲鳴が響き渡った。

――――――――――◇――――――――――

「どうした! 大丈夫!?」

「お湯が……! お湯が急に熱く!!」

 浴室のすりガラス越しに、駆けつけたトージが声をかける。
 浴室からはリタの声と一緒に、シャワーがタイルの床を叩くサーッという音が響いてくる。

「シャワーの湯温か……! いいかいリタさん、蛇口の横にあるレバーを、青い方に向かってひねるんだ」

「近づけないです! 熱くてっ!」

 普段のリタからは聞けないような、切羽詰まった声色。
 彼女がパニックに陥っていることが、トージには容易に把握できた。

(でも、入浴中の女湯に男が入るのはさすがに……!?)

 トージの現代日本人としての常識が、決断をためらわせる。だが……

「助けてください! トージさん!!」

(……えぇい、しょうがない!!)

 助けを求める彼女の声が、トージに心の壁を破らせた。
 意を決したトージが、すりガラスの戸を開ける。
 すると、浴室の状況があきらかになる。

59 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:18:39 ID:EY9E8WKG

 壁面に掛けられたシャワーヘッドからは、もくもくと蒸気を吐き出す湯の雨が降り注いでいる。
 リタはタオルで体を隠しつつ、湯船の隅に……そこだけはシャワーがかからない、わずかなスペースに追い込まれていた。
 トージが蛇口に目を向けると、湯温設定レバーが安全ストッパーを超えて、50度のお湯が出る設定になっているのが見える。

「熱っ!」

 トージは、湯の雨の下へ、くぐるようにしゃがみ込み、蛇口をひねる。
 頭と背中に熱いお湯がかかるが、今は湯を止める事が先決だ。
 トージが蛇口をひねりきると湯は止まり、浴室に静寂が戻った。
 ちゃぽん、という音とともに、リタが湯船に座り込む。

「……助かりました……」

 それを聞いたトージは、すぐに振り向いてリタに呼びかける。

「お湯、どこにかかった?」

「はい、すぐに離れたので……右手だけです」

 トージはすぐにシャワーを冷水に戻し、リタの上半身を検分する。
 右手の外側、肩から下の部分が、薄紅色に染まっていた。

「冷たいけれど、我慢してね。痛かったら教えて」

 リタの右手をとり、冷水のシャワーをかけていくトージ。
 トージも蒸した米や蒸気で、何度も熱い思いをしてきたから、熱傷への対処は体に刷り込まれている。
 火傷の治療には、まず冷やすことが肝心だ。
 症状によっては、1時間くらい冷やしたほうがいい場合もあるが……

「腕、触ってるけど、痛かったりしびれるところはない?」

「いえ、大丈夫です。少しヒリヒリするくらいで……」

「よかった。湯温50度だから大丈夫だろうとは思ってたけど、この程度なら、肌がびっくりしただけだ。冷やせばすぐになんともなくなるよ」

 そう言いつつも、トージはリタの右手に水をかけつづける。
 軽度のやけどでも、5〜10分くらいは冷やし続けたほうがいい。
 やがて沈黙がおとずれ、浴室にはシャワーの音だけがこだまする。

「あの……すみません、ご迷惑をおかけしてしまって」

 右手に水をかけられながら、リタが申し訳なさそうに切り出す。

「いや、悪いのはシャワーの使い方をちゃんと教えなかった僕のほうだよ。熱い思いをさせちゃって、本当に申し訳ない」

 トージにとっては完全に自分の過失、使用者責任である。
 酒蔵での作業は、一般に知られている以上に危険だったりする。
 入浴の段階で怪我をさせていては、先が思いやられるというものだ。
 そう考えていたトージが答えると、リタはまた黙り込んでしまった。

 気になったトージが、ふと彼女のほうに目を向ける。
 トージが冷水をかけている右肩の下、リタの右脇腹に視線が留まる。
 そこには、リタの真っ白な肌と、胸を隠すタオル。

 そして、くっきりと浮き上がったアバラ骨。

 さきほどトージが妄想した裸身とは、似ても似つかない。
 それは、誰の目にも明らかな、栄養失調の症状であった。
 そう強く認識し、リタの右腕を持つ手に、思わず力をこめてしまう。

「? どうかされましたか?」

「……いや、なんでもない。気にしないで」

 そう言ってトージはお茶を濁す。

(わかっていたつもりだった……でも、全然だ。言葉だけだった)

 数字は残酷に現実を映しだす。
 だが、映像は、数字以上に雄弁なのだ。
 いつのまにか、やましい気持ちはどこかに吹き飛んでいた。

(こんなに良い子がご飯も満足に食べられないなんて、おかしすぎる)
(リタさんや家族のみんなに、できるだけたくさん仕事を振ろう)
(労賃を払って、たくさん食べて健康になってもらうぞ)

 この日以来、トージがリタを見る目は。
「年下の女の子とのつきあい方に戸惑う青年」のものから。
「健気な姪っ子を慈しむ叔父」の目線に近づいていた。

60 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:19:43 ID:EY9E8WKG
第4話「酒造りは水で決まる」


 さいわい、リタの腕は、火傷になっていなかった。
 特に治療の必要もなさそうなので、今は髪と体を拭いて作業着に着替えてもらっている。

(リタさんの肌に跡が残らなくて、本当によかった)

 トージは胸をなで下ろしつつ、今日の作業をあらためて確認する。
 今日の作業は蔵の掃除である。
 蔵の中から雑菌を追い出すために、器具を熱湯消毒し、床を大量の水で洗い流し、壁や床を徹底的に拭き掃除するのだ。
 とてもじゃないが、1日で終わる作業ではない。

「明日からは“うわばみ”たちも来るしな。人が増えてからが本番だ」

 そう言ってトージは、コップを持って蛇口をひねる。
 酒造りをする蔵人には、さまざまな役得があるが、そのひとつが、蛇口をひねれば銘水をいつでも飲めることだ。
 賀茂篠酒蔵の蔵の蛇口は、公共の水道ではなく、井戸からくみ上げた地下水を溜めるタンクにつながっている。
 日本酒の仕込みにも使われているこの水は、ミネラルウォーターとして東京でも売られている。そんな銘水が、飲み放題使い放題なのだ。

 トージはいつものように蛇口をひねり、コップに注いだ水を口に含む。

(……んん!?)

 突然、トージの顔がしかめられる。
 トージは、口に含んだ水を流しに吐き出すと、口から息を吸い込んだ。
 すると、生臭い金属臭が、トージの鼻腔にかすかに広がった。

「……なんだこりゃぁぁぁぁ!!!」

 休憩所に、トージの絶叫がこだました。

「どうしましたか、トージさん!!」

 トージの絶叫を聞きつけて、着替えを終えたリタが駆けつけてきた。

 リタの服装は、いつもの村娘ルックから、大きく替わっている。
 華奢な全身を包むのは、ライトグレーのツナギ服。賀茂篠酒蔵の蔵人たちがみんな着ている、トージとおそろいのものだ。
 そして、くすんだ色に見えていた銀髪は、シャンプーによって艶と透明度を取り戻していた。
 清潔であるということは、人を魅力的に見せる最低条件である。
 もともとの美貌が入浴によって磨き上げられたリタは、街を歩けば誰もが振り向くような美少女に変貌していたのだ。
 だがこの瞬間に限っては、そんなことはトージにとって重要ではない。

「リタ! ちょっとこの水を味見してくれないかな!?」

 トージが、ずいっとマグカップを差し出す。
 再三にわたって味覚の鋭さを見せてきたリタの舌に、トージはすでに一定の信頼を置いているのだ。

「……普通のお水ですよね?」

 リタはマグカップの透明な水を不思議そうに見た後、トージが生臭さを感じた蛇口の水を口に含んだ。

「……うーん……村の井戸水と特に違いはないような……」

「村の水と同じ!?」

「そう思います。それでトージさん、この水に何があったんですか?」

「何があったじゃないよ! この水じゃ、|酒なんか造れない《・・・・・・・・》!!」

「そうなんですか!?」

 リタが、銀色の前髪の奧で目を丸くした。

――――――――――◇――――――――――

「これが本来の賀茂篠の水だよ。飲み比べてみて」

 トージは、ペットボトルからコップに水を注いで差し出す。
 ラベルには「賀茂篠の仕込水」の文字。常連向けに販売しているものだ。
 リタはコップに注がれた賀茂篠の仕込み水を口に含み、味わった。

「これは……さっきの水とは、風味がかなり違いますね」

「そうでしょ? そこの蛇口からは、本来この水が出るはずなんだ」

「たしかに……どちらが美味しいかと言われれば、このお水のほうが美味しいと思います。でも、そんなに大きな違いではないですよね?」

 リタが率直にそう語ると、トージも顔をしかめながら返す。

「飲み水や料理用ならそうかもしれない。でも酒造りには致命的なんだ。いま蛇口から出てきた水には、|鉄が溶けてる《・・・・・・》」

「鉄、ですか……」

 トージはテーブルの上に持ってきていた小さな木箱を開き、数本の試験管と、小さな薬品の瓶を取り出した。

「この薬品は、水の中に溶けている鉄の量を、色で教えてくれる薬だ。まずは賀茂篠の仕込水に垂らしてみよう」

 トージは試験管に定量の水を入れ、透明な試薬を一滴垂らす。
 手慣れた様子で試験管を振り、しばらく待つ。

「トージさん、色が変わりませんね」

「色が変わらないってことは、鉄がほとんど溶けてないってことだ。次は、蛇口の水に試薬を垂らしてみよう」

61 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:20:01 ID:EY9E8WKG

 もう一本の試験管に試薬をたらし、振り混ぜる。
 するとじわじわと、水がオレンジ色に染まっていく。
 試験管の色を、付属のカラーチャートの色と照らし合わせると、蛇口の水の鉄分濃度が計測できた。

「簡易検査だから正確じゃないけど、鉄分濃度は0.2〜0.5ppm。水100リットルあたり、0.2〜0.5グラムの鉄分が溶けている計算になる」

「……それって、ほんのちょびっとではありませんか?」

「僕の故郷だと、飲み水に入っている鉄分は“0.3ppm”以下にしろって法律があった。だから確かに、この水が特別悪いわけじゃないよ」

 トージは試験管をホルダーに戻して話し続ける。

「でも、酒造りに使う水は、飲み水よりも、もっともっともーっと鉄分が少ない水じゃなくちゃいけないんだ。具体的には、鉄の含有量が0.02ppmより多い水では、日本酒を造ってはいけないんだ」

「0.02!? 飲み水の……15分の1じゃないですか!」

「そうさ。そして賀茂篠の水は、もっと鉄が少ない。0.005ppm以下……今みたいに“少なすぎて量が測定できません”ってなるはずなんだ」

「……トージさん、なんで日本酒は、そんなに鉄を嫌がるんでしょうか?」

「ふたつの問題がある」

 トージはいつものように、二本の指を立てて、一本ずつ折り曲げながら話を進めていく。

「まずひとつ、色だ。水の中に鉄分が入っていると、酒に赤っぽい色がついてしまう。これがお客さんに嫌われるのさ。そして次は、|香り《・・》だね。酒のなかに鉄分が入ると、日本酒の香りを打ち消す物質ができてしまう。だから、鉄水で仕込んだ酒は、不味い」

「それは……」

 リタは、謝肉祭の日に飲んだ日本酒の、青リンゴを思わせる豊かな香りを思い出していた。

「あの香りが消えたら……ぜんぜん違うものになってしまいますね」

「そうさ。だから、この水じゃないと美味しい酒はできないんだ」

 そこまで話しきると、トージはガタリと椅子から立ち上がる。

「ともかく、なんで鉄が増えたのか、原因を調べないと!」

――――――――――◇――――――――――

 トージは仕込蔵から出て、焦りを感じさせる早足で、隣の小屋に向かう。
 リタはその後ろに小走りでついてきていた。

「水に鉄が混ざる理由は2つある。ひとつは水を配っている管が錆びて、鉄が溶け出してしまうこと。もうひとつは、源泉の水質が変わることだ」

 小屋のドアノブに鍵を差し込み、トージが小屋の扉を開く。

「このなかに、賀茂篠の水を汲み上げている深井戸がある。まずは源泉の様子を確かめてみよう」

 トージは小屋の扉を開き、すたすたと中に入って行く。
 小屋の中には板張りがなく、地面がむき出しになっている。
 そのど真ん中にはコンクリート製の井戸があり、そこから伸びたパイプが、大きな機械を経由して、建物の外に伸びていた。

 トージは機械を操作し、パイプよりもだいぶ細い蛇口から水を出す。
 井戸から貯水タンクに汲み上げられる水を、一部排出するための蛇口だ。
 そしてその水で手を洗い、水を手ですくって口に運んだ。

 ……しばらくして、トージの表情は渋面になり。
 無言のまま膝を折って、頭をかかえる。

「トージさん、どうでしたか……?」

 問いかけるリタに、トージは無言のまま、ちょいちょいと蛇口を指差す。
 リタがトージの動作にならって、水を口に運ぶと……

「……最初に飲んだほうに近い味がしますね。鉄の味、ですか」

「だよねぇ!!!!」

 トージは、やけくそ気味に立ち上がった。
 ポンプで汲み上げた水に、鉄が混じっている。
 それはつまり、源泉に鉄が混じってしまっているということだ。

62 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:20:19 ID:EY9E8WKG

「配管のせいなら問題なかったんだ。パイプを変えるか人力で運べばいいんだから……でも源泉が汚染されたらどうしようもない! なんでこんなことになっちゃったんだ!」

 心配そうに見守っているリタをよそに、トージはぐるぐると井戸の周りを歩き回りながら、必死で頭を回す。

「こっちの世界に来てからそろそろ一ヶ月。それでも水は汲み上げられてるから、井戸の機能そのものは生きてるはずだ。そもそもこの井戸は、深さ80メートルから川の伏流水、地底の帯水層を流れ落ちてきた地下水をくみ上げているものだから……うん? 帯水層?」

 何かに気がついたトージが、立ち止まって、はっと顔をあげる。

「そうか! ここは北関東じゃない! 地形が違う! 地層も違う! それなら、水も違って当たり前じゃないか……! つまり、このへんの水は全部、|鉄水《てつみず》ってことじゃないのか……!?」

 トージは頭を抱えて天を仰ぐ。

「どうすりゃいいんだぁぁ!?」

 賀茂篠酒蔵の採水小屋に、トージの絶叫がこだました。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 帯水層とは、地下の地層のうち、地下水を大量に含む層のことです。
 一般的に、地下深くの帯水層から汲み上げた水は、さまざまな岩石に濾過されているため、不純物が少ない綺麗な水になります。(表層に近い浅井戸の水は、地上の有機物に汚染されているため不純物が多くなります)
 ですが、帯水層の地層そのものに鉄が含まれている場合、水への鉄分混入は避けられません。
 現在、賀茂篠酒蔵の井戸は、鉄を含んだ水が周辺の地層から流れ込んでしまっている状況というわけです。

63 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:21:31 ID:EY9E8WKG
・新年になる。水の問題の解決の目処は立たない。
・祭りがないのにしょんぼりする。よし、こうなったら俺主導で祭りだ!
・餅つき大会をやる。

第5話「憂鬱な新年」

 トージは、賀茂篠酒造の事務所にある社長用の椅子に座り、体を思い切り伸ばして背もたれに預けている。この椅子は、腰痛持ちだった父の遺品で、座り心地がとてもよい。
 両親を亡くし、蔵を引き継いで社長になって以来、トージは何か悩みごとがあると、この椅子に座って考えるのが常だった。
 父が20年あまり、蔵を切り盛りしてきた椅子に座っていると、「こんなとき父さんだったらどうするか」と思考が切り替わり、なんとなく名案が湧いてくる気がするのだ。
 しかし、トージの頼みの綱であるパパチェアーの神通力をもってしても、今回の難問は解決できそうになかった。

「結局ダメだったなあ、水……」

 リタの入浴でトラブルがあり、トージが水の変質に気づいてから二週間が経過していた。
 この間、トージは予定していた用具洗浄をとりやめ、リタの弟ロッシ君とともに野山を巡っていた。
 酒造りに適した水を見つけるためである。

 村の狩人たちに伝わっている「直飲みできる」湧き水をすべて確認したが、結果は全滅。
 すべての湧き水に鉄分が含まれており、人間にとっては美味しい湧き水でも、日本酒作りにはまるで向いていないものだった。
 日本酒の80%は水である。
 どんな達人でも、よい水がなければ美味い酒は造れないのだ。

「もっと遠くを探してみる? いや、これ以上遠いと運べないしな……」

 水は、質だけでなく量も重要である。
 日本酒の80%が水なのはもちろん、酒造道具や酒瓶を洗ったり、米を研ぎ、蒸すためにも水が必要になる。
 これらを総合すると、日本酒一瓶を造るのに、瓶の容量の25倍の水が消費される。湧き水を桶に入れて、えっちらおっちら運んでいては、とうてい間に合うものではない。

「こんなことじゃ、酒造りができないまま冬が終わっちゃうよ……」

 解決困難な難問を前に、トージの独り言は止まらない。
 眠そうな目をカレンダーに向けると、日付は12月31日を指していた。

「もうすぐ新年か……1ヶ月遅れてるよな……」

 どうするべきか答えが出ないまま、トージは目を閉じる。
 こうして悩んでいるあいだにも、酒造りの季節である「冬」は、刻一刻と終わりに近づいていくのだ。しかし、するべきことは見えてこない。
 冬の事務所に静寂がおとずれる。
 ……しばし後、トージはパチリと目を開く。

「そういえば、新年祭ってあるのかな?」

――――――――――◇――――――――――

「リタさん、村では新年祭ってやるの?」

「? 新年のお祭りなら、もうやりましたよね?」

「えっ」

「えっ」

 リタが話すところによれば、この地方では、地球の暦でいうところの11月1日ごろが新年なのだという。
 トージがおにぎりと酒を持ち込んで参加した謝肉祭は、先年の収穫に感謝し、来年の豊作を祈る新年祭でもあったのだ。
 茶色い土に麦が芽吹いている畑の様子を見てもわかるとおり、この村は秋の終わりに麦の種をまいて、初夏に収穫する「冬小麦」地帯だ。種まきが始まる直前、豚が太り始める時期を新年と定め、農業中心で一年を把握するのが合理的なのだろう。
 逆に、麦の芽が冬を越せないほど寒く、夏にも作物の生長に十分な雨が降るため、麦の種を春にまく「春小麦」地帯ならば、春が新年になっているのかもしれない。だがそれはトージのあずかり知らぬところだ。

(そういえば地球の新年って、なんで冬なんだろう?)

 そのときは、あとで調べてみようと考えたトージだが、そんな記憶はすっぱりどこかへ飛んでしまっていた。なぜならトージの頭のなかは、すでに次の祭りで一杯になっていたからだ。

 そんなやりとりがあってから数日。
 地球の暦で1月1日の朝。賀茂篠酒造の敷地には、いつもと違うメンバーが集められていた。
 リタの家族である母のレルダ、弟のロッシ、妹のルーティ。
 そして麦踏みの仕事が終わって駆けつけた、|うわばみ3人組《うわばみブラザーズ》である。

 寒空の下、所在なさげに立っている彼らの前では、L字型の木の棒がお湯に漬けられている。お湯が満たされているのは、太い丸太の真ん中に開けられた、大きなくぼみである。
 また、鉄にも木にも見えない奇妙な材質でできた4本足の長机の上には、くすんだ銀色の金属でできた、薄い箱が並んでいる。
「サプライズだから」と主張するトージに押し切られ、特に説明もなく集められた彼らは、見たこともない金属や道具に目を丸くしながら、30分前に蔵のなかに入っていったまま、何の連絡もよこさないホストを待っていた。

64 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:21:47 ID:EY9E8WKG

 いつまで待てばいいのかと、うわばみ三人組のひとりが聞きに行こうと腰を上げたそのとき、トージとリタが入っていた建物の扉が開いた。

「はいはーい! 熱いのが通るよ〜! どいたどいたー!」

 そう叫びながら、縁なしメガネの青年が駆け寄ってくる。
 トージが両手で持っているのは、直径30cmあまりの大きな「せいろ」、すなわち蒸し器である。
 もわもわと湯気を立てているせいろを二段重ねにしたものを、トージは机の上にドンと置く。すこし遅れて、リタも1段ぶんのせいろを持ってあらわれ、トージのせいろの隣にそれを置く。

「それではご開帳〜!」

「「「「うわぁ〜!」」」」

 トージがせいろの蓋をとり、中身を包んでいた布をめくると、さきほどまでの不満はどこへやら、リタの家族とうわばみ三人組から歓声が上がる。
 せいろに入っていたのは、米、米、米。大量の真っ白な米粒だった。
 飯の香りがあたりに広がり、朝食抜きを指示されていた彼らの胃袋に会心の一撃をヒットさせる。

「トージさん、こりゃ、今日はおにぎりか!?」

 リタの弟、ロッシが目を輝かせながらトージに問いかけた。
 村人たちの脳裏に、謝肉祭で食べたおにぎりの味がよみがえる。
 だがトージは不敵に笑いながら答えた。

「い〜や、今日用意した米は、おにぎりには向いてないんだ。
 そのかわり、もっといいものを食べさせてあげるよ」

 トージは丸太の中からL字型の木の棒を取り出してうわばみたちに持たせると、丸太のくぼみに入っていたお湯を捨て、くぼみの中に蒸し上がった米をぶちまけた。
 半透明できらきらと輝いていた謝肉祭の「おにぎり」とは違い、今回トージが用意した米は、透明度がほとんどない。
 光は米粒の中に透き通ることなく、なめらかな表面にわずかに反射して淡く輝いている。
 おにぎりの米が、リタが例えてみせたオパールだとするなら、こんどの米は、さしずめ小粒な真珠であろう。

 もうお気づきの人も多いであろう。トージは普段お世話になっている人たちに振る舞うという名目で、餅つき大会をやらかそうとしているのだ。

(新年なのに餅も搗かないなんて、米農家の名折れでしょ!)

 水問題を解決できず、思考の袋小路に追い詰められていたお祭り男が、新年という一大イベントに直面したならば……「とりあえず難しいことは忘れて祭り」に走るのは、もはや必然であった。

 トージはうわばみ三人組からL字型の木の棒、すなわち|杵《きね》を受け取ると、くぼみのある丸太こと|臼《うす》に入った蒸し米を、杵で臼の内側面に押し付けてぐりぐりと潰しにかかる。

「はいはい、ぼーっとしてないで手伝う!」

「お、オラだべか!?」

 杵を持たせていたうわばみも動員して、ひたすらグリグリと蒸し米を潰し続ける。見た目はとてつもなく地味だが、この作業が大変きつい。うわばみのひとりは、途中で音を上げて別のうわばみに杵を譲り、これまでの作業で鉄人ぶりを発揮していたトージも、額に汗が浮いている。
 つぶし続けること10分間。バラバラだった米粒が、ひとつの塊としてまとまってきた。

「このお米、ずいぶん粘るんですね」

「そう。おにぎりの米とは品種が違うんだよ。おにぎりや日本酒造りに使うのは、粘りの弱い“うるち米”っていう種類で、今回蒸したのは、粘りが強いのが特徴の“もち米”っていう種類なんだ」

 リタの質問にトージが答える。
 賀茂篠酒造の所有水田では、ほとんどの面積が日本酒用の米作りに使われているが、蔵人たちが食べるための食用米も栽培されており、ごく少量ながら、もち米も作られている。
 自分たちで作った米でもちをつかないと、いまいち新年を迎えた気がしないトージであった。

「さあ、仕上げに入ろうか! ここからはみんなに手伝ってもらうよ!」

――――――――――◇――――――――――

「よい!」「しょ!」「……はい!」「よい!」「しょ!」「……はい!」

 賀茂篠酒蔵の前庭に、四拍子のリズムがこだまする。
「よい!」のかけ声とともに、ロッシが餅の真ん中に杵を振り下ろす。
 ロッシはただちに杵を引き上げ、うわばみのひとりが「しょ!」のかけ声とともに、ふたたび餅に杵を振り下ろす。
 ただちにトージは臼の中に手を入れ、杵で真ん中がつぶれた餅を折り曲げて中央に厚みをつくり、「はい!」と叫んで次の餅つきをうながすのだ。

「トージさん、危ないですよ!?」

「トージ兄ちゃん、熱くないの?」

「へーきへーき! 慣れてるからね!」

65 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:22:06 ID:EY9E8WKG

 そう返事しながらも、トージは、ふたりのかけ声にあわせて餅を折り返す作業を止めようとしない。
 ロッシたちがついている餅の温度は70度近い。普通の人なら火傷してしまうような温度だが、トージの両手は高温で蒸し上がった米を素手で扱うことに慣れており、熱いのは熱いが問題なく耐えられる。
 お米の成分のほとんどを占めるデンプンは、温度60度以上でつけば、デンプンどうしが絡み合って強い粘りが出る。そのためトージは、もち米を冷やさないように、水で手を冷やすこともしない。しかし何もつけないと餅が手にくっついてしまうので、水ではなくお湯で手を濡らす徹底ぶりだ。
 ひとつの臼にふたりのつき手を動員するのも、餅が冷える前につきききってしまうための工夫である。
 杵を振り下ろして餅をつくのは素人でもできるが、かけ声でつき手を操り、手を挟まれないように気を配りながら餅の面倒を見るのは、熟練者でないと難しいのだ。

 こうして、つき手を変えながらつき続けること数分。
 もち米の粒はすっかり潰れ、強い粘りのあるペースト状になってきた。

「ルーティちゃん! ぺったんぺったん、ついてみるかい?」

「え!? ルーティもやっていーの?」

「もちろんいいよ! レルダさん、補助してあげてくださいね」

「やったぁ!」

 みんなで作ったごはんは美味しい。人類普遍の真理である。
 餅つき大会はただの調理ではなくお祭りでもある。
 新年の餅は、みんなでついた餅にしたい。そう思ったトージは、体が小さく非力なルーティにも、活躍の場をあげたかったのだ。

 若干8歳のルーティが両手で杵を持ち、母親のレルダは杵を引き上げるのを助け、狙いがずれないように補助をする。
 よく勘違いされがちだが、餅つきの杵を振り下ろすときに力をこめる必要はない。杵自身が十分な重さを持っているので、高く持ち上げて落ちるにまかせれば、位置エネルギーが重力によって運動エネルギーに変換され、餅にあたって米粒を粉砕してくれる。
 狙いを外して臼の木材を叩いてしまわないよう、大人が補助してあげれば、餅つきに参加することは幼稚園児でも可能なのである。

「せーのっ、よいしょ!」

「よーし、いいよいいよ、その調子!」

 四拍子のリズムは途切れたが、小さなルーティが餅をつく姿を、周囲の大人たちも楽しげにながめていた。

 十回あまり餅をつき、ルーティの額に汗が浮かんできたところで、トージはかけ声を止める。

「はい、これで完成! みんなお待たせ〜!」

 皆からわぁ、と歓声があがる。
 それと同時に、うわばみのひとりが「ぐぅ〜〜〜〜」と、盛大な腹の虫を鳴らしてくれた。

「いやー、やっと食べられるだよ……」

 新年の空に、皆の大きな笑い声が響きわたった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 あれ? 餅をついただけで1話終わってしまった。まだ食べてもいないのに?

66 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:23:33 ID:EY9E8WKG
1章14話で貼り付けミスをしてしまいました。
読みにくくなってしまいすみません。

これにて2章現行話数までの張り直しが終了です。
今日は2章6話を書き終わって公開できればなと思ってます。
今後とも酒ないをよろしくお願いします。

67 :ジュライ ◆1qah6NTpK. :2019/03/17(日) 23:22:28 ID:QSwjwwc+
おつ!
これからも頑張れ!
応援してるぜぇ
げひゃげひゃ!!!

68 :神奈いです ★:2019/03/18(月) 13:47:39 ID:admin
<タイトルについて>

改めて思ったんだけど、あらすじでドラゴン押しまくってるから
タイトルに入れてもいいし、入れなくてもいいな。


69 :神奈いです ★:2019/03/18(月) 13:51:16 ID:admin
<あらすじの最初の2行>

>お祭り男トージと世話焼き娘リタが、酒のない異世界で大暴れ!
>酒さえあれば、ドラゴンだって倒してみせらぁ!

なんか本編とテンションが違って違和感があるような。



70 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/19(火) 14:30:48 ID:RkOJha9g
>あらすじ

その二行は嘘を承知で煽りのために入れたヤツなんですよね。どうしようかな。
とりあえず保留しておいて先を書きます。

71 :神奈いです ★:2019/03/19(火) 16:34:51 ID:admin
あ、意図してのことならOKです。お騒がせしてごめんなさい。

72 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/19(火) 18:20:18 ID:RkOJha9g
いですさんスレの生理妊娠出産の話題で思い出したんですが
妊婦は飲酒厳禁なんですよね。
孕みたGIRLのリタさんには辛い未来が待ってます。
(脳内会議の結果妊娠を優先すると決議されました。もしかすると乳母を雇うかも)

73 :神奈いです ★:2019/03/19(火) 20:02:16 ID:admin
ノンアルコールカクテルかノンアルビールを開発するんだ。

74 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/25(月) 15:47:00 ID:nCzrVSAl
いですさんの雑談スレの話題が酒ないに刺さりすぎる

ちなみに6話ですがほんとにじわじわと書いてます。
あと1シーン書いたら書き上がります

75 :神奈いです ★:2019/03/25(月) 18:45:52 ID:admin
じわじわやってるこは高評価だよ頑張って

76 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 14:38:40 ID:DODckN21
もうすこしで2章6話書き上がります。
だいたい1話あたり4000〜5000文字で安定してきた感がありますね。
酒ないの書き口だと、これより減らすと1話の中身が薄くなるので、ちょうど良いかなと。

77 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 15:41:26 ID:DODckN21
>>63-65 の続き、2章第6話が書き終わりましたので投下します。

78 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 15:42:03 ID:DODckN21
第6話「地より来たりし」

 賀茂篠酒造の前庭で、新年の餅がつきあがった。
 トージは臼のなかにある巨大な餅の塊を半分取り、お湯の張られたタライのなかに、するりと流し込む。

「あとは麦団子と同じ要領だから、食べやすいようにちぎってあげて」

「ええ、お任せ下さい、トージさん」

 トージから餅をあずかったリタは、人差し指と親指でわっかをつくるようにして、餅のかたまりをお湯の中でちぎりとる。
 ちぎられた餅は、トージが蓋を開いたバットのなかに、ぽいぽいと放り込まれていく。
 バットの種類は3種類。中身はそれぞれ黄土色、赤、白に染まっている。

「一番左のは甘いやつ、真ん中の赤いのは塩気のあるやつ。どっちでも好きなのを食べて良いよ! 白いヤツは仕上げがあるからちょっと待ってね」

 トージの指示を聞いて、おなかをすかせた一同が、ワっとバットに群がりはじめた。

「あまいのって、どんなかなー?」

 リタの妹、ルーティが手を伸ばしたのは左のバットだ。
 中には黄土色の粉末が大量に入っている。

「その黄土色の粉を、たっぷりまぶして食べると美味しいよ!」

「はーい!」

 黄土色の粉がたっぷりまぶされた一口サイズの餅に、ルーティが小さな口でかぶりつく。

「むみゅ? むむ―――――――っ」

「おお、すっげえ伸びるなぁ!?」

 むにゅーんと伸びた餅に、リタの弟、ロッシが驚きの声をあげる。
 デンプンが糊化する60度以上の温度で、ついてついてつきまくった餅は、たいへん良く伸びる。なんとか噛みきったルーティが、口に含んだ餅を飲み込むと、幼い顔に一杯の笑みが広がった。

「トージお兄ちゃん! 甘くておいしい! あと、いい香りがする!」

「だろう? 大豆を煎ったものをすりつぶして、白砂糖と混ぜたんだよ」

「砂糖ですか? なんて贅沢な……」

 こんどはリタの母親、レルダが驚いた。
 トージが作ったのは、餅つき大会の定番、きな粉餅である。きな粉と、その半分の量の白砂糖を混ぜたものに、若干の塩を加える。甘みを引き立たせ、きな粉の香ばしさを生かす黄金比率だ。
 昨年、商人のオラシオと商談したときに、トージは白砂糖の価格が非常に高く、滅多に買えるものではないことを把握していた。
 しかし、トージにとってきな粉餅は甘いものだ。村人全員に山ほど振る舞うならいざ知らず、身内数人が食べるぶんに、砂糖をケチる理由はない。

「おお〜、こいつは旨そうでねぇか!」

 真ん中のバットには、うわばみ三人組が群がっている。
 バットに満たされた赤い中身は、ベーコンのドライトマトソース。
 ドライトマトを水で戻してからペースト状にし、オリーブオイルで炒めたニンニクやベーコンにあわせて、ドライトマトの戻し汁で煮込んだ、リタ家の冬の味である。
 こちらに投入する餅は、ちぎった餅に親指を突き刺し、凹凸をつけてソースが絡みやすくしてある。地球のニョッキをイメージしたものだ。

「スプーンと取り皿を使って、ソースごと持ってけよ〜」

「わかってるだ! この団子、柔らかいのにもっちりしてて面白いだなぁ」

 日本の餅つき大会では見られない味付けだが、3種類全部を異国の味にするよりは、食べ慣れた味がひとつくらいあったほうがいい。
 トージはそう考えて、バットひとつの味付けをリタに任せたのである。

「ところでトージ様、折り入ってお願ぇがあるんですが……」

 一個目の餅をぺろりと平らげたうわばみブラザーズが、作業中のトージのところに寄ってくる。
 神妙な顔をしている彼らの狙いが見え見えすぎて、トージは顔が自然にニヤついてしまう。

「プクッ、わかってるって、これだろ、これ?」

 トージはこらえきれずにひと笑いしてから、テーブルの下から瓶を取りだし、卓上にドンと置く。
 緑色の一升瓶のなかには、とぷんと波打つ透明の液体。
 封を切ると、ぷぅんと、甘い日本酒の香りが広がる。

「さっすがトージ様だぁ!」「話がわかるだ!」

 3人は競うように、一升瓶の酒を杯に注ぎ、一杯目を飲み干していく。

「くぁぁぁっ、たまんねぇべ!」「生きててえがっただなぁや!」

 幸せそうに酒を飲んでいるうわばみに、リタの反応は冷ややかだ。

「食事をいただいている側なのに、お酒までおねだりするなんて……本当にずうずうしい人たちですね……」

「いいんだよ。せっかくのお祭り、せっかくの宴会なのに、酒蔵の当主が酒の一杯も出さなかったら名折れってもんだ」

「そんなものですか……」

79 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 15:42:53 ID:DODckN21
「そもそも酒を出す気がなかったら、こんなの作ったりしないって……おっ、良い感じに焼けてきたぞ」

 トージの前には炭火が入った七輪があり、その上に金網が乗せられ、つきたての餅が焼かれている。
 餅の表面には上新粉……つまり米の粉がまぶされているので、餅が金網に張り付くことはない。
 ぷっくりとふくらみ始めた餅の両面に焦げ目がついたところで、トージは焼けた餅を、醤油の入った小皿に移す。

「餅にまんべんなく特製醤油をつけて、海苔で巻いて……ほい完成!」

 日本人にはおなじみ、磯辺餅である。
 できあがった最初の1個をリタに差し出すトージ。

「はいどーぞ。召し上がれ」

「これは……知らない匂いです。とっても香ばしい……」

 リタが小さな磯部餅にかぶりつく。
 トージが用意した特製醤油は、磯辺餅の定番である砂糖醤油に、隠し味を加えたものだ。砂糖の甘みと醤油の塩辛さを、醤油のうま味と大豆の甘みがまとめあげる。そして舌にはピリッとした刺激。
 餅に巻かれた板海苔からは、香ばしい海の香りが運ばれてくる。
 どれもリタにとっては初めて体験するものだった。

「なんでしょうか、海の香りが……つっ!?!?」

 突然、眉をしかめ、目をギュッとつむるリタ。
 鼻の奥にツーンとした、初体験の刺激が抜けていく。

「な、なんですかこれは?」

「ワサビっていうんだ。まあハーブの一種だね」

 トージは緑色のチューブをふりふりと振ってみせる。

「不思議なハーブですね、食べた瞬間はちょっとした刺激しかないのに。鼻の奥にツーンとくるなんて」

 ワサビの辛み成分は、唐辛子の辛み成分カプサイシンなどとは違って揮発性がある。そのため舌で感じる刺激は弱いが、喉を経由して鼻腔内に成分が逆流することにより、一歩遅れて刺激を知覚することになるのだ。
 辛みを感じる器官がまったく異なるため、唐辛子の辛みはどれだけ多くても平気なのに、ワサビは少量だけで涙が出る、という人も少なくない。

「それにしても、こう刺激の強いものを食べると、スープが欲しくなってしまいます……」

 そうやって一人、思いにふけるリタ。
 その途中、はっと何かに気がついたリタが、トージのほうを振り返る。

 ワサビを利かせた砂糖醤油をまぶすレシピは、ただの焼き餅を「酒のつまみ」に変えてしまう、酒飲みの知恵である。
 トージは「計画通り!」とばかりに、ニヤついた顔でリタのほうを見ながら、一升瓶をちゃぷちゃぷと振っていたのだった。

「お嬢さんお嬢さん、餅だけ食わすのは忍びない。おいしい日本酒をご一緒にいかがかな?」

 トージにそう言われて、リタはさきほど自分が、酒を要求するうわばみブラザーズに文句を言ったことを思い出し、恥じらいで顔を紅色に染める。

「もぅ! トージさんは意地悪です!!」

 賀茂篠酒造の新年餅つき大会は、笑顔と笑い声に若干のイジリ合いを交えながら、つつがなく過ぎていった。

――――――――――◇――――――――――

 餅つき大会のあと。
 家に帰るリタの家族とうわばみブラザーズに、鏡餅がわりの餅を土産に持たせ、トージとリタが後片付けを進めていたとき。

「……そういえば、|地鎮祭《じちんさい》やってなかったなぁ」

 トージが唐突にそんなことを言い出した。

 そんなわけで、ここは賀茂篠酒造の所有水田である。
 水抜きされて乾いた冬の田んぼに、四本の細い青竹が立てられ、白い紙の縄がそれを四角くつないでいる。その真ん中では、トージが小さな祭壇を組み立てている。
 準備の一部を任されていたリタは荷物を置き、銀色の前髪の隙間から、見たこともない儀式の準備を興味深そうにながめていた。

「トージさん、地鎮祭とは、どんなお祭りなんでしょうか?」

「お祭りというよりは儀式かな。土地を新しいことに使うときに、その土地の神様に挨拶や報告をして、神様が そんな使い方聞いてないぞ! って怒らないように鎮めるんだ。水が変わったなら神様も変わってるかもしれないし……あ、土地神を鎮める祭りだから、地鎮祭ね」

80 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 15:43:17 ID:DODckN21

 そう語りながら、トージのテンションはいつもと変わらない。
 彼も「祭」と名前が付いていればなんでも興奮するわけではない。
 あくまでトージが愛しているのは、多くの人が集い、賑やかに楽しむ、祭りの晴れがましい空気感なのだ。

「土地の神様……もしかして、土地ひとつひとつに神がいるのですか?」

「土地だけじゃないよ。僕の故郷では、|八百万《やおよろず》の神っていって、世界中ありとあらゆるところに神がいるって考えるんだ。酒の神様も何種類もいるし、米粒ひとつにだって神が住んでると考えられてたよ」

「わたしたちの常識では考えにくいことですね……」

「こっちでは、神様は沢山いないんだっけ?」

「沢山どころか、神と呼ばれるのは、世界で唯一、母なる女神様だけです。女神様は、自分の手足として、|地水火風氷《ちすいかふうひょう》の五種の精霊を無数に従え、この世界と人々を守護されています」

(唯一の神の下に、無数の神の使い……キリスト教みたいなものかな?)

 トージはそう、地球の宗教事情に思いを馳せる。

「……そういえば、トージさんが言うような教えもありますね」

「へえ、どんなの?」

「東の果てには、女神様の存在を認めず、精霊様だけを信仰する国もあると聞いたことがあります……そういえば、この地鎮祭というのは、こちらの人間には“地の精霊”に挨拶する儀式に見えますね」

「なるほどね。異端者として吊られるのは嫌だし、今後はそう説明することにするよ」

 そうおしゃべりしている間にも、トージの手は休みなく動いていた。
 シンプルな構造の祭壇は、すぐに組み上がる。

「それじゃ、さっそく始めようか。ただ、正式なやり方なんてわかんないから、なんちゃって地鎮祭だけどね」

 トージとリタは、井戸水で手を清め、祭壇に供物を備える。
 五つの小さな器には、炊いた米、塩、水、焼き魚の切り身、そして賀茂篠酒造の酒が満たされている。
 トージは祭壇の前で二度礼をし、パンパンと二度柏手を打つ。

「土地神様か地の精霊様か、存じ上げませんがご報告します」
「私、鴨志野冬至は、なんの因果かこの地に流れ着き、ここで暮らしていくことになりました」
「これからこの地で、米を育て、酒を造って生きていくつもりです」
「この地を米作りと酒造りに使うことをお許しください」
「お礼として、僕たちが去年作った米と酒をお供えします」

 トージはそう唱えおわると、大きく一礼して祭壇の前から下がった。
 そして、リタから一升瓶を受け取ると……

「この世界には酒がないみたいですから、酒と言われても何のことかわかりませんよね。こういう飲み物ですんで、ご賞味くださいよ」

 そう言って、地面にドプドプと酒を注いだのだった。

「ずいぶんたくさん注ぎましたね、トージさん」

「この広い田んぼの神様だしね、おちょこ一杯じゃ満足できないでしょ」

 大吟醸酒を一本まるまる田んぼの地面に献上し、片付けをはじめようとしたその時だった。

「トージさん! 下、下です!」

「ん、なんかあった?」

 リタの指差す先を見ると、さっきまで祭壇が置かれていた場所の地面がもこもこと盛り上がり、ひび割れはじめている。

「モグラ……? にしてはデカすぎる」

「下がってください! 危険です!」

「あ、あぁ、わかった!」

 ふたりは、大きなカボチャのように盛り上がった地面から距離を取り、じっと成り行きを見つめる。
 やがて盛り上がった土はパンとはじけ……

「……っ、ぷぁ」

 トージとリタがそこに見たのは……ルーティと同じくらいの年齢に見える、幼い女の子の上半身が、地面から生えている姿だった。

「さっきの、ちょうだい」

 地面から生えた女の子は、両手をトージに差し出しながら、小さくて高い声で、そうつぶやいた。

81 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 15:45:07 ID:DODckN21
というわけで、2章第6話の投下終了です。
大地の精霊の登場回でした。酒ないでは初のファンタジー要素ですね。

82 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 15:54:38 ID:DODckN21
このあと2話ほどトラブルを挟んで、9話からいよいよ念願の酒造りです。

83 :名無しさん:2019/03/26(火) 18:18:25 ID:XFSIMZZD
乙ー
ロリ登場だw

84 :神奈いです ★:2019/03/26(火) 22:19:23 ID:admin
ファンタジー要素一切なかったっけ?
ちょっと読み直すけど、例えば村祭りに神官が来て
祝福の光をふらせるとかファンタジー要素だしとかない?

「ここはファンタジー世界ですよ」と明確に示しておかないと、
「えっ、魔法とか精霊とかいるの?」って。

神官が精霊に優しくしましょうとか喋っておけば前振りになるのでは。

五行ぐらいの追加で行けないかな?

85 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/27(水) 00:09:14 ID:88as6yAN
ちょっと考えどころですね。

実は酒ない世界では魔法使い(精霊使いだけです)が極レアで、たぶん国に100〜200人くらいしかいません。
これは理由があって、酒ないは酒が世界にもたらした影響を酒の普及によって追体験することを目的とした作品なので、
魔法の産業利用をできるだけ小規模に抑えたいのです。
なので、村祭りに毎年来る程度の神官が魔法使い(精霊使い)ということはまずないです。

ただ、「教会が30年ぶりに精霊使いを派遣してくれた、ちょっと儀式して魔法使ったらすぐ帰った(忙しいので)」とかならありえそう。
検討してみます。

86 :神奈いです ★:2019/03/27(水) 00:17:46 ID:admin
それなら「魔法はあるけど超レア」って説明が同時にできるから美味しくない?

87 :神奈いです ★:2019/03/27(水) 00:20:48 ID:admin
「魔法がある」
「精霊が居る」
「魔法は超レア、数人が国中を巡回」
「精霊をみたらこうしてくださいね」というヒントをくれる。


遠目で見ていただけにして、1段落ぐらいで重要な情報差し込めないかな。


88 :神奈いです ★:2019/03/27(水) 00:24:42 ID:admin
的外れなら無視してね。悩むぐらいなら今のままで

89 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/27(水) 00:38:20 ID:88as6yAN
考えましたがここで情報出しておくといろいろメリット大きいんですよね
上で出たことのほかにも

・精霊は通常は目に見えない。
・(通常は)そんなに力が強くない。

あたりがわかって、
しかも教会が派遣するのは地の小精霊を使役する精霊使いだと思われるので、
その後に地の大精霊の能力と比較しやすいので、それを使役するようになるトージの異常さが際立ちます。

90 :神奈いです ★:2019/03/27(水) 00:50:40 ID:admin
村祭りで軽く出しておいて、そのあと精霊を見たときに「そういえばあの時!?」ってもう一度同じ内容書いてあげると読者忘れてるから。

91 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/29(金) 21:21:06 ID:mh00d+A5
村祭りで精霊魔法を見たという前提で続きを執筆中。
早く酒造りを書きたくてペースが上がってきたので、修正は後に回します

92 :名無しさん:2019/03/31(日) 17:08:17 ID:qxu4FwjI
>>55の磯部団子で海苔を食べているのに、>>79の磯部餅がリタの海苔初体験になっているのが気になる
あとは細かい点ですが>>52の「1.235kg」は同じレスにある100gや400gと単位を揃えて「1235g」の方が良いと思います

93 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/31(日) 21:21:26 ID:Sc+NW2Be
おお、指摘たいへん助かります
磯辺団子出してたの忘れてた

94 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/31(日) 21:24:34 ID:Sc+NW2Be
重さについては、1235gってどのくらいの重さか、直感的にわからないのでkg表記にしていたのですが、小数点以下が細かすぎてやっぱりわかりづらい。

「さて、4400キロカロリーの米というと……1235g……1kgちょいか」

のほうがよさそうですね。

95 :神奈いです ★:2019/03/31(日) 21:38:48 ID:admin
そこの小数点以下って別に大事な情報じゃないしね。

96 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/31(日) 21:53:09 ID:Sc+NW2Be
そして某所で酒チートを先行されているw

97 :神奈いです ★:2019/03/31(日) 21:56:57 ID:admin
そういう予感がしていたwww

98 :名無しさん:2019/04/01(月) 18:24:08 ID:gMILlSMS
さっさと投下するのじゃ

99 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/01(月) 19:47:17 ID:SWr9eGrY
がんばりゅ
水問題解決したら酒造り開始なので

100 :名無しさん:2019/04/01(月) 20:12:15 ID:BrGax0f0
蒸留しよう

101 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/03(水) 15:54:32 ID:twdShxvc
執筆作業のために、simplenoteというマルチプラットフォームテキストエディタを使い始めました。
これ使うと、いちいち上書き保存とかしなくてもデータがクラウドにリアルタイム保存されるので、
出勤中にスマホで書いて、作業中にPCでちょっと書いて、退社中にスマホで書いて、家でスマホゲー回したりバストラ読みながらノートPCで続きを書くとかできます。
1話書き上がったら全話管理用の一太郎に移植。便利。

102 :神奈いです ★:2019/04/03(水) 19:47:16 ID:admin
あー、こういうの欲しいんですよねー。

103 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/03(水) 19:49:23 ID:twdShxvc
pcでテキストうちこむと、スマホの画面にぺけぺけと文字が増えてって面白いですよ

104 :ジュライ ◆1qah6NTpK. :2019/04/05(金) 12:13:14 ID:0+vlSjCD
そんかのあるんだ
面白そうだな

アイフォんでも使えるのかな?

105 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 13:53:47 ID:CEEWvnKN
iPhone、アンドロイド、win,mac対応のようですね

106 :ジュライ ◆1qah6NTpK. :2019/04/05(金) 14:07:46 ID:0+vlSjCD
ありありー
入れてみるかなぁ

107 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 16:39:58 ID:CEEWvnKN
最初にみんなで造る酒を
生酛造りにするか山廃造りにするか悩む。
(おそらく作者以外にとってはどうでもいい話)

108 :ジュライ ◆1qah6NTpK. :2019/04/05(金) 17:41:33 ID:0+vlSjCD
細かくはどう違うんだっけ?


109 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 17:46:37 ID:CEEWvnKN
生酛造り……仕込み初期に米を物理的にすりつぶす作業があるのでマンパワーが必要。気温5度水温5度での作業なので死ぬほどキツイ。
         そのかわり、少ない水分量で作業を進めるので雑菌の混入が起きにくい。

山廃造り……米を物理的にすりつぶす工程をやめ、米をたくさん削って麹の酵素で米を溶かす。
         そのかわり、仕込み初期に水分量が多くなるため雑菌が混入しやすい。

です。

110 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 17:49:35 ID:CEEWvnKN
当初は山廃で仕込むつもりだったんですが
蔵人が初心者ばっかでヘタクソなので生酛のほうがいいのではないか……?
いや、そもそも蔵人が少ない(トージ込み7人)のに酛ずり(米を潰す作業)なんかできんのか……?
で堂々巡り中です。

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