ローカルルールを必読のこと

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酒ない支援スレ VER3

1 :神奈いです ★:2019/03/16(土) 13:45:49 ID:admin
立てました

62 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:20:19 ID:EY9E8WKG

「配管のせいなら問題なかったんだ。パイプを変えるか人力で運べばいいんだから……でも源泉が汚染されたらどうしようもない! なんでこんなことになっちゃったんだ!」

 心配そうに見守っているリタをよそに、トージはぐるぐると井戸の周りを歩き回りながら、必死で頭を回す。

「こっちの世界に来てからそろそろ一ヶ月。それでも水は汲み上げられてるから、井戸の機能そのものは生きてるはずだ。そもそもこの井戸は、深さ80メートルから川の伏流水、地底の帯水層を流れ落ちてきた地下水をくみ上げているものだから……うん? 帯水層?」

 何かに気がついたトージが、立ち止まって、はっと顔をあげる。

「そうか! ここは北関東じゃない! 地形が違う! 地層も違う! それなら、水も違って当たり前じゃないか……! つまり、このへんの水は全部、|鉄水《てつみず》ってことじゃないのか……!?」

 トージは頭を抱えて天を仰ぐ。

「どうすりゃいいんだぁぁ!?」

 賀茂篠酒蔵の採水小屋に、トージの絶叫がこだました。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 帯水層とは、地下の地層のうち、地下水を大量に含む層のことです。
 一般的に、地下深くの帯水層から汲み上げた水は、さまざまな岩石に濾過されているため、不純物が少ない綺麗な水になります。(表層に近い浅井戸の水は、地上の有機物に汚染されているため不純物が多くなります)
 ですが、帯水層の地層そのものに鉄が含まれている場合、水への鉄分混入は避けられません。
 現在、賀茂篠酒蔵の井戸は、鉄を含んだ水が周辺の地層から流れ込んでしまっている状況というわけです。

63 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:21:31 ID:EY9E8WKG
・新年になる。水の問題の解決の目処は立たない。
・祭りがないのにしょんぼりする。よし、こうなったら俺主導で祭りだ!
・餅つき大会をやる。

第5話「憂鬱な新年」

 トージは、賀茂篠酒造の事務所にある社長用の椅子に座り、体を思い切り伸ばして背もたれに預けている。この椅子は、腰痛持ちだった父の遺品で、座り心地がとてもよい。
 両親を亡くし、蔵を引き継いで社長になって以来、トージは何か悩みごとがあると、この椅子に座って考えるのが常だった。
 父が20年あまり、蔵を切り盛りしてきた椅子に座っていると、「こんなとき父さんだったらどうするか」と思考が切り替わり、なんとなく名案が湧いてくる気がするのだ。
 しかし、トージの頼みの綱であるパパチェアーの神通力をもってしても、今回の難問は解決できそうになかった。

「結局ダメだったなあ、水……」

 リタの入浴でトラブルがあり、トージが水の変質に気づいてから二週間が経過していた。
 この間、トージは予定していた用具洗浄をとりやめ、リタの弟ロッシ君とともに野山を巡っていた。
 酒造りに適した水を見つけるためである。

 村の狩人たちに伝わっている「直飲みできる」湧き水をすべて確認したが、結果は全滅。
 すべての湧き水に鉄分が含まれており、人間にとっては美味しい湧き水でも、日本酒作りにはまるで向いていないものだった。
 日本酒の80%は水である。
 どんな達人でも、よい水がなければ美味い酒は造れないのだ。

「もっと遠くを探してみる? いや、これ以上遠いと運べないしな……」

 水は、質だけでなく量も重要である。
 日本酒の80%が水なのはもちろん、酒造道具や酒瓶を洗ったり、米を研ぎ、蒸すためにも水が必要になる。
 これらを総合すると、日本酒一瓶を造るのに、瓶の容量の25倍の水が消費される。湧き水を桶に入れて、えっちらおっちら運んでいては、とうてい間に合うものではない。

「こんなことじゃ、酒造りができないまま冬が終わっちゃうよ……」

 解決困難な難問を前に、トージの独り言は止まらない。
 眠そうな目をカレンダーに向けると、日付は12月31日を指していた。

「もうすぐ新年か……1ヶ月遅れてるよな……」

 どうするべきか答えが出ないまま、トージは目を閉じる。
 こうして悩んでいるあいだにも、酒造りの季節である「冬」は、刻一刻と終わりに近づいていくのだ。しかし、するべきことは見えてこない。
 冬の事務所に静寂がおとずれる。
 ……しばし後、トージはパチリと目を開く。

「そういえば、新年祭ってあるのかな?」

――――――――――◇――――――――――

「リタさん、村では新年祭ってやるの?」

「? 新年のお祭りなら、もうやりましたよね?」

「えっ」

「えっ」

 リタが話すところによれば、この地方では、地球の暦でいうところの11月1日ごろが新年なのだという。
 トージがおにぎりと酒を持ち込んで参加した謝肉祭は、先年の収穫に感謝し、来年の豊作を祈る新年祭でもあったのだ。
 茶色い土に麦が芽吹いている畑の様子を見てもわかるとおり、この村は秋の終わりに麦の種をまいて、初夏に収穫する「冬小麦」地帯だ。種まきが始まる直前、豚が太り始める時期を新年と定め、農業中心で一年を把握するのが合理的なのだろう。
 逆に、麦の芽が冬を越せないほど寒く、夏にも作物の生長に十分な雨が降るため、麦の種を春にまく「春小麦」地帯ならば、春が新年になっているのかもしれない。だがそれはトージのあずかり知らぬところだ。

(そういえば地球の新年って、なんで冬なんだろう?)

 そのときは、あとで調べてみようと考えたトージだが、そんな記憶はすっぱりどこかへ飛んでしまっていた。なぜならトージの頭のなかは、すでに次の祭りで一杯になっていたからだ。

 そんなやりとりがあってから数日。
 地球の暦で1月1日の朝。賀茂篠酒造の敷地には、いつもと違うメンバーが集められていた。
 リタの家族である母のレルダ、弟のロッシ、妹のルーティ。
 そして麦踏みの仕事が終わって駆けつけた、|うわばみ3人組《うわばみブラザーズ》である。

 寒空の下、所在なさげに立っている彼らの前では、L字型の木の棒がお湯に漬けられている。お湯が満たされているのは、太い丸太の真ん中に開けられた、大きなくぼみである。
 また、鉄にも木にも見えない奇妙な材質でできた4本足の長机の上には、くすんだ銀色の金属でできた、薄い箱が並んでいる。
「サプライズだから」と主張するトージに押し切られ、特に説明もなく集められた彼らは、見たこともない金属や道具に目を丸くしながら、30分前に蔵のなかに入っていったまま、何の連絡もよこさないホストを待っていた。

64 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:21:47 ID:EY9E8WKG

 いつまで待てばいいのかと、うわばみ三人組のひとりが聞きに行こうと腰を上げたそのとき、トージとリタが入っていた建物の扉が開いた。

「はいはーい! 熱いのが通るよ〜! どいたどいたー!」

 そう叫びながら、縁なしメガネの青年が駆け寄ってくる。
 トージが両手で持っているのは、直径30cmあまりの大きな「せいろ」、すなわち蒸し器である。
 もわもわと湯気を立てているせいろを二段重ねにしたものを、トージは机の上にドンと置く。すこし遅れて、リタも1段ぶんのせいろを持ってあらわれ、トージのせいろの隣にそれを置く。

「それではご開帳〜!」

「「「「うわぁ〜!」」」」

 トージがせいろの蓋をとり、中身を包んでいた布をめくると、さきほどまでの不満はどこへやら、リタの家族とうわばみ三人組から歓声が上がる。
 せいろに入っていたのは、米、米、米。大量の真っ白な米粒だった。
 飯の香りがあたりに広がり、朝食抜きを指示されていた彼らの胃袋に会心の一撃をヒットさせる。

「トージさん、こりゃ、今日はおにぎりか!?」

 リタの弟、ロッシが目を輝かせながらトージに問いかけた。
 村人たちの脳裏に、謝肉祭で食べたおにぎりの味がよみがえる。
 だがトージは不敵に笑いながら答えた。

「い〜や、今日用意した米は、おにぎりには向いてないんだ。
 そのかわり、もっといいものを食べさせてあげるよ」

 トージは丸太の中からL字型の木の棒を取り出してうわばみたちに持たせると、丸太のくぼみに入っていたお湯を捨て、くぼみの中に蒸し上がった米をぶちまけた。
 半透明できらきらと輝いていた謝肉祭の「おにぎり」とは違い、今回トージが用意した米は、透明度がほとんどない。
 光は米粒の中に透き通ることなく、なめらかな表面にわずかに反射して淡く輝いている。
 おにぎりの米が、リタが例えてみせたオパールだとするなら、こんどの米は、さしずめ小粒な真珠であろう。

 もうお気づきの人も多いであろう。トージは普段お世話になっている人たちに振る舞うという名目で、餅つき大会をやらかそうとしているのだ。

(新年なのに餅も搗かないなんて、米農家の名折れでしょ!)

 水問題を解決できず、思考の袋小路に追い詰められていたお祭り男が、新年という一大イベントに直面したならば……「とりあえず難しいことは忘れて祭り」に走るのは、もはや必然であった。

 トージはうわばみ三人組からL字型の木の棒、すなわち|杵《きね》を受け取ると、くぼみのある丸太こと|臼《うす》に入った蒸し米を、杵で臼の内側面に押し付けてぐりぐりと潰しにかかる。

「はいはい、ぼーっとしてないで手伝う!」

「お、オラだべか!?」

 杵を持たせていたうわばみも動員して、ひたすらグリグリと蒸し米を潰し続ける。見た目はとてつもなく地味だが、この作業が大変きつい。うわばみのひとりは、途中で音を上げて別のうわばみに杵を譲り、これまでの作業で鉄人ぶりを発揮していたトージも、額に汗が浮いている。
 つぶし続けること10分間。バラバラだった米粒が、ひとつの塊としてまとまってきた。

「このお米、ずいぶん粘るんですね」

「そう。おにぎりの米とは品種が違うんだよ。おにぎりや日本酒造りに使うのは、粘りの弱い“うるち米”っていう種類で、今回蒸したのは、粘りが強いのが特徴の“もち米”っていう種類なんだ」

 リタの質問にトージが答える。
 賀茂篠酒造の所有水田では、ほとんどの面積が日本酒用の米作りに使われているが、蔵人たちが食べるための食用米も栽培されており、ごく少量ながら、もち米も作られている。
 自分たちで作った米でもちをつかないと、いまいち新年を迎えた気がしないトージであった。

「さあ、仕上げに入ろうか! ここからはみんなに手伝ってもらうよ!」

――――――――――◇――――――――――

「よい!」「しょ!」「……はい!」「よい!」「しょ!」「……はい!」

 賀茂篠酒蔵の前庭に、四拍子のリズムがこだまする。
「よい!」のかけ声とともに、ロッシが餅の真ん中に杵を振り下ろす。
 ロッシはただちに杵を引き上げ、うわばみのひとりが「しょ!」のかけ声とともに、ふたたび餅に杵を振り下ろす。
 ただちにトージは臼の中に手を入れ、杵で真ん中がつぶれた餅を折り曲げて中央に厚みをつくり、「はい!」と叫んで次の餅つきをうながすのだ。

「トージさん、危ないですよ!?」

「トージ兄ちゃん、熱くないの?」

「へーきへーき! 慣れてるからね!」

65 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:22:06 ID:EY9E8WKG

 そう返事しながらも、トージは、ふたりのかけ声にあわせて餅を折り返す作業を止めようとしない。
 ロッシたちがついている餅の温度は70度近い。普通の人なら火傷してしまうような温度だが、トージの両手は高温で蒸し上がった米を素手で扱うことに慣れており、熱いのは熱いが問題なく耐えられる。
 お米の成分のほとんどを占めるデンプンは、温度60度以上でつけば、デンプンどうしが絡み合って強い粘りが出る。そのためトージは、もち米を冷やさないように、水で手を冷やすこともしない。しかし何もつけないと餅が手にくっついてしまうので、水ではなくお湯で手を濡らす徹底ぶりだ。
 ひとつの臼にふたりのつき手を動員するのも、餅が冷える前につきききってしまうための工夫である。
 杵を振り下ろして餅をつくのは素人でもできるが、かけ声でつき手を操り、手を挟まれないように気を配りながら餅の面倒を見るのは、熟練者でないと難しいのだ。

 こうして、つき手を変えながらつき続けること数分。
 もち米の粒はすっかり潰れ、強い粘りのあるペースト状になってきた。

「ルーティちゃん! ぺったんぺったん、ついてみるかい?」

「え!? ルーティもやっていーの?」

「もちろんいいよ! レルダさん、補助してあげてくださいね」

「やったぁ!」

 みんなで作ったごはんは美味しい。人類普遍の真理である。
 餅つき大会はただの調理ではなくお祭りでもある。
 新年の餅は、みんなでついた餅にしたい。そう思ったトージは、体が小さく非力なルーティにも、活躍の場をあげたかったのだ。

 若干8歳のルーティが両手で杵を持ち、母親のレルダは杵を引き上げるのを助け、狙いがずれないように補助をする。
 よく勘違いされがちだが、餅つきの杵を振り下ろすときに力をこめる必要はない。杵自身が十分な重さを持っているので、高く持ち上げて落ちるにまかせれば、位置エネルギーが重力によって運動エネルギーに変換され、餅にあたって米粒を粉砕してくれる。
 狙いを外して臼の木材を叩いてしまわないよう、大人が補助してあげれば、餅つきに参加することは幼稚園児でも可能なのである。

「せーのっ、よいしょ!」

「よーし、いいよいいよ、その調子!」

 四拍子のリズムは途切れたが、小さなルーティが餅をつく姿を、周囲の大人たちも楽しげにながめていた。

 十回あまり餅をつき、ルーティの額に汗が浮かんできたところで、トージはかけ声を止める。

「はい、これで完成! みんなお待たせ〜!」

 皆からわぁ、と歓声があがる。
 それと同時に、うわばみのひとりが「ぐぅ〜〜〜〜」と、盛大な腹の虫を鳴らしてくれた。

「いやー、やっと食べられるだよ……」

 新年の空に、皆の大きな笑い声が響きわたった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 あれ? 餅をついただけで1話終わってしまった。まだ食べてもいないのに?

66 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/17(日) 16:23:33 ID:EY9E8WKG
1章14話で貼り付けミスをしてしまいました。
読みにくくなってしまいすみません。

これにて2章現行話数までの張り直しが終了です。
今日は2章6話を書き終わって公開できればなと思ってます。
今後とも酒ないをよろしくお願いします。

67 :ジュライ ◆1qah6NTpK. :2019/03/17(日) 23:22:28 ID:QSwjwwc+
おつ!
これからも頑張れ!
応援してるぜぇ
げひゃげひゃ!!!

68 :神奈いです ★:2019/03/18(月) 13:47:39 ID:admin
<タイトルについて>

改めて思ったんだけど、あらすじでドラゴン押しまくってるから
タイトルに入れてもいいし、入れなくてもいいな。


69 :神奈いです ★:2019/03/18(月) 13:51:16 ID:admin
<あらすじの最初の2行>

>お祭り男トージと世話焼き娘リタが、酒のない異世界で大暴れ!
>酒さえあれば、ドラゴンだって倒してみせらぁ!

なんか本編とテンションが違って違和感があるような。



70 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/19(火) 14:30:48 ID:RkOJha9g
>あらすじ

その二行は嘘を承知で煽りのために入れたヤツなんですよね。どうしようかな。
とりあえず保留しておいて先を書きます。

71 :神奈いです ★:2019/03/19(火) 16:34:51 ID:admin
あ、意図してのことならOKです。お騒がせしてごめんなさい。

72 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/19(火) 18:20:18 ID:RkOJha9g
いですさんスレの生理妊娠出産の話題で思い出したんですが
妊婦は飲酒厳禁なんですよね。
孕みたGIRLのリタさんには辛い未来が待ってます。
(脳内会議の結果妊娠を優先すると決議されました。もしかすると乳母を雇うかも)

73 :神奈いです ★:2019/03/19(火) 20:02:16 ID:admin
ノンアルコールカクテルかノンアルビールを開発するんだ。

74 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/25(月) 15:47:00 ID:nCzrVSAl
いですさんの雑談スレの話題が酒ないに刺さりすぎる

ちなみに6話ですがほんとにじわじわと書いてます。
あと1シーン書いたら書き上がります

75 :神奈いです ★:2019/03/25(月) 18:45:52 ID:admin
じわじわやってるこは高評価だよ頑張って

76 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 14:38:40 ID:DODckN21
もうすこしで2章6話書き上がります。
だいたい1話あたり4000〜5000文字で安定してきた感がありますね。
酒ないの書き口だと、これより減らすと1話の中身が薄くなるので、ちょうど良いかなと。

77 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 15:41:26 ID:DODckN21
>>63-65 の続き、2章第6話が書き終わりましたので投下します。

78 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 15:42:03 ID:DODckN21
第6話「地より来たりし」

 賀茂篠酒造の前庭で、新年の餅がつきあがった。
 トージは臼のなかにある巨大な餅の塊を半分取り、お湯の張られたタライのなかに、するりと流し込む。

「あとは麦団子と同じ要領だから、食べやすいようにちぎってあげて」

「ええ、お任せ下さい、トージさん」

 トージから餅をあずかったリタは、人差し指と親指でわっかをつくるようにして、餅のかたまりをお湯の中でちぎりとる。
 ちぎられた餅は、トージが蓋を開いたバットのなかに、ぽいぽいと放り込まれていく。
 バットの種類は3種類。中身はそれぞれ黄土色、赤、白に染まっている。

「一番左のは甘いやつ、真ん中の赤いのは塩気のあるやつ。どっちでも好きなのを食べて良いよ! 白いヤツは仕上げがあるからちょっと待ってね」

 トージの指示を聞いて、おなかをすかせた一同が、ワっとバットに群がりはじめた。

「あまいのって、どんなかなー?」

 リタの妹、ルーティが手を伸ばしたのは左のバットだ。
 中には黄土色の粉末が大量に入っている。

「その黄土色の粉を、たっぷりまぶして食べると美味しいよ!」

「はーい!」

 黄土色の粉がたっぷりまぶされた一口サイズの餅に、ルーティが小さな口でかぶりつく。

「むみゅ? むむ―――――――っ」

「おお、すっげえ伸びるなぁ!?」

 むにゅーんと伸びた餅に、リタの弟、ロッシが驚きの声をあげる。
 デンプンが糊化する60度以上の温度で、ついてついてつきまくった餅は、たいへん良く伸びる。なんとか噛みきったルーティが、口に含んだ餅を飲み込むと、幼い顔に一杯の笑みが広がった。

「トージお兄ちゃん! 甘くておいしい! あと、いい香りがする!」

「だろう? 大豆を煎ったものをすりつぶして、白砂糖と混ぜたんだよ」

「砂糖ですか? なんて贅沢な……」

 こんどはリタの母親、レルダが驚いた。
 トージが作ったのは、餅つき大会の定番、きな粉餅である。きな粉と、その半分の量の白砂糖を混ぜたものに、若干の塩を加える。甘みを引き立たせ、きな粉の香ばしさを生かす黄金比率だ。
 昨年、商人のオラシオと商談したときに、トージは白砂糖の価格が非常に高く、滅多に買えるものではないことを把握していた。
 しかし、トージにとってきな粉餅は甘いものだ。村人全員に山ほど振る舞うならいざ知らず、身内数人が食べるぶんに、砂糖をケチる理由はない。

「おお〜、こいつは旨そうでねぇか!」

 真ん中のバットには、うわばみ三人組が群がっている。
 バットに満たされた赤い中身は、ベーコンのドライトマトソース。
 ドライトマトを水で戻してからペースト状にし、オリーブオイルで炒めたニンニクやベーコンにあわせて、ドライトマトの戻し汁で煮込んだ、リタ家の冬の味である。
 こちらに投入する餅は、ちぎった餅に親指を突き刺し、凹凸をつけてソースが絡みやすくしてある。地球のニョッキをイメージしたものだ。

「スプーンと取り皿を使って、ソースごと持ってけよ〜」

「わかってるだ! この団子、柔らかいのにもっちりしてて面白いだなぁ」

 日本の餅つき大会では見られない味付けだが、3種類全部を異国の味にするよりは、食べ慣れた味がひとつくらいあったほうがいい。
 トージはそう考えて、バットひとつの味付けをリタに任せたのである。

「ところでトージ様、折り入ってお願ぇがあるんですが……」

 一個目の餅をぺろりと平らげたうわばみブラザーズが、作業中のトージのところに寄ってくる。
 神妙な顔をしている彼らの狙いが見え見えすぎて、トージは顔が自然にニヤついてしまう。

「プクッ、わかってるって、これだろ、これ?」

 トージはこらえきれずにひと笑いしてから、テーブルの下から瓶を取りだし、卓上にドンと置く。
 緑色の一升瓶のなかには、とぷんと波打つ透明の液体。
 封を切ると、ぷぅんと、甘い日本酒の香りが広がる。

「さっすがトージ様だぁ!」「話がわかるだ!」

 3人は競うように、一升瓶の酒を杯に注ぎ、一杯目を飲み干していく。

「くぁぁぁっ、たまんねぇべ!」「生きててえがっただなぁや!」

 幸せそうに酒を飲んでいるうわばみに、リタの反応は冷ややかだ。

「食事をいただいている側なのに、お酒までおねだりするなんて……本当にずうずうしい人たちですね……」

「いいんだよ。せっかくのお祭り、せっかくの宴会なのに、酒蔵の当主が酒の一杯も出さなかったら名折れってもんだ」

「そんなものですか……」

79 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 15:42:53 ID:DODckN21
「そもそも酒を出す気がなかったら、こんなの作ったりしないって……おっ、良い感じに焼けてきたぞ」

 トージの前には炭火が入った七輪があり、その上に金網が乗せられ、つきたての餅が焼かれている。
 餅の表面には上新粉……つまり米の粉がまぶされているので、餅が金網に張り付くことはない。
 ぷっくりとふくらみ始めた餅の両面に焦げ目がついたところで、トージは焼けた餅を、醤油の入った小皿に移す。

「餅にまんべんなく特製醤油をつけて、海苔で巻いて……ほい完成!」

 日本人にはおなじみ、磯辺餅である。
 できあがった最初の1個をリタに差し出すトージ。

「はいどーぞ。召し上がれ」

「これは……知らない匂いです。とっても香ばしい……」

 リタが小さな磯部餅にかぶりつく。
 トージが用意した特製醤油は、磯辺餅の定番である砂糖醤油に、隠し味を加えたものだ。砂糖の甘みと醤油の塩辛さを、醤油のうま味と大豆の甘みがまとめあげる。そして舌にはピリッとした刺激。
 餅に巻かれた板海苔からは、香ばしい海の香りが運ばれてくる。
 どれもリタにとっては初めて体験するものだった。

「なんでしょうか、海の香りが……つっ!?!?」

 突然、眉をしかめ、目をギュッとつむるリタ。
 鼻の奥にツーンとした、初体験の刺激が抜けていく。

「な、なんですかこれは?」

「ワサビっていうんだ。まあハーブの一種だね」

 トージは緑色のチューブをふりふりと振ってみせる。

「不思議なハーブですね、食べた瞬間はちょっとした刺激しかないのに。鼻の奥にツーンとくるなんて」

 ワサビの辛み成分は、唐辛子の辛み成分カプサイシンなどとは違って揮発性がある。そのため舌で感じる刺激は弱いが、喉を経由して鼻腔内に成分が逆流することにより、一歩遅れて刺激を知覚することになるのだ。
 辛みを感じる器官がまったく異なるため、唐辛子の辛みはどれだけ多くても平気なのに、ワサビは少量だけで涙が出る、という人も少なくない。

「それにしても、こう刺激の強いものを食べると、スープが欲しくなってしまいます……」

 そうやって一人、思いにふけるリタ。
 その途中、はっと何かに気がついたリタが、トージのほうを振り返る。

 ワサビを利かせた砂糖醤油をまぶすレシピは、ただの焼き餅を「酒のつまみ」に変えてしまう、酒飲みの知恵である。
 トージは「計画通り!」とばかりに、ニヤついた顔でリタのほうを見ながら、一升瓶をちゃぷちゃぷと振っていたのだった。

「お嬢さんお嬢さん、餅だけ食わすのは忍びない。おいしい日本酒をご一緒にいかがかな?」

 トージにそう言われて、リタはさきほど自分が、酒を要求するうわばみブラザーズに文句を言ったことを思い出し、恥じらいで顔を紅色に染める。

「もぅ! トージさんは意地悪です!!」

 賀茂篠酒造の新年餅つき大会は、笑顔と笑い声に若干のイジリ合いを交えながら、つつがなく過ぎていった。

――――――――――◇――――――――――

 餅つき大会のあと。
 家に帰るリタの家族とうわばみブラザーズに、鏡餅がわりの餅を土産に持たせ、トージとリタが後片付けを進めていたとき。

「……そういえば、|地鎮祭《じちんさい》やってなかったなぁ」

 トージが唐突にそんなことを言い出した。

 そんなわけで、ここは賀茂篠酒造の所有水田である。
 水抜きされて乾いた冬の田んぼに、四本の細い青竹が立てられ、白い紙の縄がそれを四角くつないでいる。その真ん中では、トージが小さな祭壇を組み立てている。
 準備の一部を任されていたリタは荷物を置き、銀色の前髪の隙間から、見たこともない儀式の準備を興味深そうにながめていた。

「トージさん、地鎮祭とは、どんなお祭りなんでしょうか?」

「お祭りというよりは儀式かな。土地を新しいことに使うときに、その土地の神様に挨拶や報告をして、神様が そんな使い方聞いてないぞ! って怒らないように鎮めるんだ。水が変わったなら神様も変わってるかもしれないし……あ、土地神を鎮める祭りだから、地鎮祭ね」

80 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 15:43:17 ID:DODckN21

 そう語りながら、トージのテンションはいつもと変わらない。
 彼も「祭」と名前が付いていればなんでも興奮するわけではない。
 あくまでトージが愛しているのは、多くの人が集い、賑やかに楽しむ、祭りの晴れがましい空気感なのだ。

「土地の神様……もしかして、土地ひとつひとつに神がいるのですか?」

「土地だけじゃないよ。僕の故郷では、|八百万《やおよろず》の神っていって、世界中ありとあらゆるところに神がいるって考えるんだ。酒の神様も何種類もいるし、米粒ひとつにだって神が住んでると考えられてたよ」

「わたしたちの常識では考えにくいことですね……」

「こっちでは、神様は沢山いないんだっけ?」

「沢山どころか、神と呼ばれるのは、世界で唯一、母なる女神様だけです。女神様は、自分の手足として、|地水火風氷《ちすいかふうひょう》の五種の精霊を無数に従え、この世界と人々を守護されています」

(唯一の神の下に、無数の神の使い……キリスト教みたいなものかな?)

 トージはそう、地球の宗教事情に思いを馳せる。

「……そういえば、トージさんが言うような教えもありますね」

「へえ、どんなの?」

「東の果てには、女神様の存在を認めず、精霊様だけを信仰する国もあると聞いたことがあります……そういえば、この地鎮祭というのは、こちらの人間には“地の精霊”に挨拶する儀式に見えますね」

「なるほどね。異端者として吊られるのは嫌だし、今後はそう説明することにするよ」

 そうおしゃべりしている間にも、トージの手は休みなく動いていた。
 シンプルな構造の祭壇は、すぐに組み上がる。

「それじゃ、さっそく始めようか。ただ、正式なやり方なんてわかんないから、なんちゃって地鎮祭だけどね」

 トージとリタは、井戸水で手を清め、祭壇に供物を備える。
 五つの小さな器には、炊いた米、塩、水、焼き魚の切り身、そして賀茂篠酒造の酒が満たされている。
 トージは祭壇の前で二度礼をし、パンパンと二度柏手を打つ。

「土地神様か地の精霊様か、存じ上げませんがご報告します」
「私、鴨志野冬至は、なんの因果かこの地に流れ着き、ここで暮らしていくことになりました」
「これからこの地で、米を育て、酒を造って生きていくつもりです」
「この地を米作りと酒造りに使うことをお許しください」
「お礼として、僕たちが去年作った米と酒をお供えします」

 トージはそう唱えおわると、大きく一礼して祭壇の前から下がった。
 そして、リタから一升瓶を受け取ると……

「この世界には酒がないみたいですから、酒と言われても何のことかわかりませんよね。こういう飲み物ですんで、ご賞味くださいよ」

 そう言って、地面にドプドプと酒を注いだのだった。

「ずいぶんたくさん注ぎましたね、トージさん」

「この広い田んぼの神様だしね、おちょこ一杯じゃ満足できないでしょ」

 大吟醸酒を一本まるまる田んぼの地面に献上し、片付けをはじめようとしたその時だった。

「トージさん! 下、下です!」

「ん、なんかあった?」

 リタの指差す先を見ると、さっきまで祭壇が置かれていた場所の地面がもこもこと盛り上がり、ひび割れはじめている。

「モグラ……? にしてはデカすぎる」

「下がってください! 危険です!」

「あ、あぁ、わかった!」

 ふたりは、大きなカボチャのように盛り上がった地面から距離を取り、じっと成り行きを見つめる。
 やがて盛り上がった土はパンとはじけ……

「……っ、ぷぁ」

 トージとリタがそこに見たのは……ルーティと同じくらいの年齢に見える、幼い女の子の上半身が、地面から生えている姿だった。

「さっきの、ちょうだい」

 地面から生えた女の子は、両手をトージに差し出しながら、小さくて高い声で、そうつぶやいた。

81 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 15:45:07 ID:DODckN21
というわけで、2章第6話の投下終了です。
大地の精霊の登場回でした。酒ないでは初のファンタジー要素ですね。

82 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/26(火) 15:54:38 ID:DODckN21
このあと2話ほどトラブルを挟んで、9話からいよいよ念願の酒造りです。

83 :名無しさん:2019/03/26(火) 18:18:25 ID:XFSIMZZD
乙ー
ロリ登場だw

84 :神奈いです ★:2019/03/26(火) 22:19:23 ID:admin
ファンタジー要素一切なかったっけ?
ちょっと読み直すけど、例えば村祭りに神官が来て
祝福の光をふらせるとかファンタジー要素だしとかない?

「ここはファンタジー世界ですよ」と明確に示しておかないと、
「えっ、魔法とか精霊とかいるの?」って。

神官が精霊に優しくしましょうとか喋っておけば前振りになるのでは。

五行ぐらいの追加で行けないかな?

85 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/27(水) 00:09:14 ID:88as6yAN
ちょっと考えどころですね。

実は酒ない世界では魔法使い(精霊使いだけです)が極レアで、たぶん国に100〜200人くらいしかいません。
これは理由があって、酒ないは酒が世界にもたらした影響を酒の普及によって追体験することを目的とした作品なので、
魔法の産業利用をできるだけ小規模に抑えたいのです。
なので、村祭りに毎年来る程度の神官が魔法使い(精霊使い)ということはまずないです。

ただ、「教会が30年ぶりに精霊使いを派遣してくれた、ちょっと儀式して魔法使ったらすぐ帰った(忙しいので)」とかならありえそう。
検討してみます。

86 :神奈いです ★:2019/03/27(水) 00:17:46 ID:admin
それなら「魔法はあるけど超レア」って説明が同時にできるから美味しくない?

87 :神奈いです ★:2019/03/27(水) 00:20:48 ID:admin
「魔法がある」
「精霊が居る」
「魔法は超レア、数人が国中を巡回」
「精霊をみたらこうしてくださいね」というヒントをくれる。


遠目で見ていただけにして、1段落ぐらいで重要な情報差し込めないかな。


88 :神奈いです ★:2019/03/27(水) 00:24:42 ID:admin
的外れなら無視してね。悩むぐらいなら今のままで

89 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/27(水) 00:38:20 ID:88as6yAN
考えましたがここで情報出しておくといろいろメリット大きいんですよね
上で出たことのほかにも

・精霊は通常は目に見えない。
・(通常は)そんなに力が強くない。

あたりがわかって、
しかも教会が派遣するのは地の小精霊を使役する精霊使いだと思われるので、
その後に地の大精霊の能力と比較しやすいので、それを使役するようになるトージの異常さが際立ちます。

90 :神奈いです ★:2019/03/27(水) 00:50:40 ID:admin
村祭りで軽く出しておいて、そのあと精霊を見たときに「そういえばあの時!?」ってもう一度同じ内容書いてあげると読者忘れてるから。

91 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/29(金) 21:21:06 ID:mh00d+A5
村祭りで精霊魔法を見たという前提で続きを執筆中。
早く酒造りを書きたくてペースが上がってきたので、修正は後に回します

92 :名無しさん:2019/03/31(日) 17:08:17 ID:qxu4FwjI
>>55の磯部団子で海苔を食べているのに、>>79の磯部餅がリタの海苔初体験になっているのが気になる
あとは細かい点ですが>>52の「1.235kg」は同じレスにある100gや400gと単位を揃えて「1235g」の方が良いと思います

93 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/31(日) 21:21:26 ID:Sc+NW2Be
おお、指摘たいへん助かります
磯辺団子出してたの忘れてた

94 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/31(日) 21:24:34 ID:Sc+NW2Be
重さについては、1235gってどのくらいの重さか、直感的にわからないのでkg表記にしていたのですが、小数点以下が細かすぎてやっぱりわかりづらい。

「さて、4400キロカロリーの米というと……1235g……1kgちょいか」

のほうがよさそうですね。

95 :神奈いです ★:2019/03/31(日) 21:38:48 ID:admin
そこの小数点以下って別に大事な情報じゃないしね。

96 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/03/31(日) 21:53:09 ID:Sc+NW2Be
そして某所で酒チートを先行されているw

97 :神奈いです ★:2019/03/31(日) 21:56:57 ID:admin
そういう予感がしていたwww

98 :名無しさん:2019/04/01(月) 18:24:08 ID:gMILlSMS
さっさと投下するのじゃ

99 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/01(月) 19:47:17 ID:SWr9eGrY
がんばりゅ
水問題解決したら酒造り開始なので

100 :名無しさん:2019/04/01(月) 20:12:15 ID:BrGax0f0
蒸留しよう

101 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/03(水) 15:54:32 ID:twdShxvc
執筆作業のために、simplenoteというマルチプラットフォームテキストエディタを使い始めました。
これ使うと、いちいち上書き保存とかしなくてもデータがクラウドにリアルタイム保存されるので、
出勤中にスマホで書いて、作業中にPCでちょっと書いて、退社中にスマホで書いて、家でスマホゲー回したりバストラ読みながらノートPCで続きを書くとかできます。
1話書き上がったら全話管理用の一太郎に移植。便利。

102 :神奈いです ★:2019/04/03(水) 19:47:16 ID:admin
あー、こういうの欲しいんですよねー。

103 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/03(水) 19:49:23 ID:twdShxvc
pcでテキストうちこむと、スマホの画面にぺけぺけと文字が増えてって面白いですよ

104 :ジュライ ◆1qah6NTpK. :2019/04/05(金) 12:13:14 ID:0+vlSjCD
そんかのあるんだ
面白そうだな

アイフォんでも使えるのかな?

105 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 13:53:47 ID:CEEWvnKN
iPhone、アンドロイド、win,mac対応のようですね

106 :ジュライ ◆1qah6NTpK. :2019/04/05(金) 14:07:46 ID:0+vlSjCD
ありありー
入れてみるかなぁ

107 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 16:39:58 ID:CEEWvnKN
最初にみんなで造る酒を
生酛造りにするか山廃造りにするか悩む。
(おそらく作者以外にとってはどうでもいい話)

108 :ジュライ ◆1qah6NTpK. :2019/04/05(金) 17:41:33 ID:0+vlSjCD
細かくはどう違うんだっけ?


109 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 17:46:37 ID:CEEWvnKN
生酛造り……仕込み初期に米を物理的にすりつぶす作業があるのでマンパワーが必要。気温5度水温5度での作業なので死ぬほどキツイ。
         そのかわり、少ない水分量で作業を進めるので雑菌の混入が起きにくい。

山廃造り……米を物理的にすりつぶす工程をやめ、米をたくさん削って麹の酵素で米を溶かす。
         そのかわり、仕込み初期に水分量が多くなるため雑菌が混入しやすい。

です。

110 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 17:49:35 ID:CEEWvnKN
当初は山廃で仕込むつもりだったんですが
蔵人が初心者ばっかでヘタクソなので生酛のほうがいいのではないか……?
いや、そもそも蔵人が少ない(トージ込み7人)のに酛ずり(米を潰す作業)なんかできんのか……?
で堂々巡り中です。

111 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 17:49:58 ID:CEEWvnKN
きっとトージも悩んでる。

112 :名無しさん:2019/04/05(金) 17:50:27 ID:NsqygK1c
水は洗剤で殺菌したらどうか
一滴垂らすだけでもかなりの殺菌力があるから、転移した家の中に用意があればそっちかな

113 :名無しさん:2019/04/05(金) 17:51:25 ID:NsqygK1c
ん?これだと麹菌も死ぬのか?駄目か

114 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 17:53:31 ID:CEEWvnKN
こんな作業です
ttps://www.youtube.com/watch?v=vBq7jTx6PoM

115 :名無しさん:2019/04/05(金) 17:53:53 ID:UPo+bcor
そこにアルコール殺菌薬が

116 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 17:56:01 ID:CEEWvnKN
>>112
雑菌は空気中から混入するんですよ。
100度で沸騰させたおかゆが腐るのはそのせいです。

低温と有用細菌の3段バリアーで、空気中からの雑菌混入を防ぐのが日本酒の製造工程です。
いずれ作品で語りますが、顕微鏡もない時代に開発された技術なのに
微生物学的に合理的に計算され尽くしててびびりますよ。

117 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 17:57:12 ID:CEEWvnKN
>>115
雑菌のなかにはアルコールをエサにして増殖するやつがいます。

118 :ジュライ ◆1qah6NTpK. :2019/04/05(金) 18:20:25 ID:duPn2gBd
ほーーー
面白い!ありがとう!

119 :名無しさん:2019/04/05(金) 18:21:19 ID:UPo+bcor
>>117
天敵やんけ・・・

120 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 18:29:44 ID:CEEWvnKN
病原菌が薬剤耐性を獲得しないように、複数の抗生物質を同時に飲むって有名じゃないですか。
それと同じ事を江戸時代からやってるのが日本酒造りです。

121 :名無しさん:2019/04/05(金) 18:38:31 ID:0XeUi0NL
作業場の空気からまず殺菌するとかは?

実は殺菌灯が備え付けてあるとか

122 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 18:40:43 ID:CEEWvnKN
>>121
1.日本酒造りに有用な、酵母、乳酸菌、硝酸還元菌が死んでしまう。
2.空気をきれいにしても、そもそも麹に雑菌がついてる。

というわけで対策にはあわないですね。

123 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 18:46:54 ID:CEEWvnKN
よし決めた。基本に忠実に生酛造りでいく。
そして勝負に負けた女騎士子を地獄の酛ずり作業に巻きこもう。

124 :名無しさん:2019/04/05(金) 18:48:43 ID:0XeUi0NL
物理的に磨り潰すなら、水車使って石臼か何かでやったら駄目なん?

125 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 18:54:29 ID:CEEWvnKN
理論的にはできるかもしれません。
ですが清潔さの確保が難しいんじゃないですかね。
大手ですと菊正宗さんが生酛造りですけど、
機械ですりつぶしてるって話は聞いたことないなぁ。
ttp://www.kikumasamune.co.jp/kimoto/about/index.html

126 :名無しさん:2019/04/05(金) 19:00:51 ID:0XeUi0NL
まあ、理屈は間違ってなさそう、で非伝統的な作り方を最初からするのも興醒めか

127 :名無しさん:2019/04/05(金) 21:50:11 ID:RGnvbOsZ
米を増産して日本酒を大量に作るようになった時に山廃造りで仕込むとすれば、最初はもう一つの方法で仕込むのが良いかも

128 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/05(金) 22:04:53 ID:CEEWvnKN
いろいろネタバレの度が過ぎるのでお口チャックしながらレス。

造りの方法ですが現代には4種類あります。
まず江戸時代に確立した寒作りの技法が「生酛」
それを20世紀初頭の技術で簡略化したのが「山廃」
ですが生酛と山廃で、いま造られてる酒の1〜2割にしかなりません

いま一番多いのは、山廃をさらに簡略化した「速醸酛」と、
速醸酛をさらに簡略化した「高温糖化酒母」ってやつですね
この2つは工業的に生産された、高純度の乳酸がないと実行できません。
瓶に「生酛」とか「山廃」って書いてない日本酒は、だいたいこのどっちかで作ったものだと思います。

なので、酒ないには後者の2つは名前しか出てこないでしょうね。

129 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/09(火) 12:26:31 ID:3tuDwQ9C
酒ない、2章7話が書き上がりました。>>80の続きです。
村祭りですでに精霊魔法を見たという前提で進めます。
(修正は後回し)

130 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/09(火) 12:26:59 ID:3tuDwQ9C
第7話「さがしてくる」

 トージの目の前で、地面から生えてきた女の子は、奇妙な姿をしていた。
 腰から上しか見えないので正確ではないが、体格はおおむね、リタの妹ルーティと同じくらい。つまり小学校3〜4年生くらいに見える。
 肌の色は黄色系で、リタやロッシのような白い肌よりもトージに近い。
 表情はとぼしく、目は眠そうに薄く開いている。
 奇妙なのは髪の毛である。いや、髪の毛と呼んでいいものか。

(葉っぱ、だよな……?)

 その女の子の頭には、毛髪よりもはるかに幅広い……緑色の細長い葉っぱのようなものが、髪の毛のかわりに生えているのだ。
 その髪の葉のなかの一束、いや一枚がぴょこぴょこと動き……

「さっきの、ちょうだい」

 硬直しているトージとリタに、彼女は不満そうな気配を込めて繰り返す。
 あぜんとしていたトージだったが、彼女の視線が、トージでもリタでもなく、トージが手に持っている空き瓶に向けられていることに気付く。

「えっ、これ? お酒が欲しいの?」

「そう。それ、ちょうだい」

「ええっと、未成年者は飲酒禁止なんだけどな。お嬢ちゃん何歳?」

「31まん、9985さい」

「さんじゅういちまん!?」

 予想外の数字に、またしても唖然としてしまうトージ。

「31まんさいは、お酒のんじゃだめ?」

「え、えぇ〜っと……」

 困惑するトージに声を掛けたのはリタだった。

「トージさん、いまはその子の望みどおりにしてあげたほうがいいです」

 トージの後ろから歩み寄ってきたリタの手には、餅つき大会で飲みきらなかった、まだ中身の入っている酒瓶が抱かれている。
 それを、さきほどの葉っぱの女の子が、目ざとく見つけるだった。

「あ! それ!」

 葉っぱの女の子は、小さな声でそう叫ぶと、両手で地面をぱん、と叩く。

「きゃぁっ!?」

 すると、リタの足元の地面から、腕のようなものがニョキッと伸びて、リタが抱いている一升瓶をつかみ去っていくではないか。

(うぇぇぇ!? なんだこれぇぇ!?)

 目の前で起こった不可解な現象の連発に、トージは動揺を隠せない。
 地面から生えた腕はすべるように移動して、小さな女の子に一升瓶を手渡し、そのまま地面のなかに飲み込まれるように消えていく。
 
 女の子は、半分ばかり酒の入った一升瓶から、「キュポン」と音を立てて蓋をはずし、漏れ出した酒の香りをかいで喜んでいたが……なにかに気付いたように動きを止め、ゆっくりとトージのほうに向き直る。

「……もらっていい?」

「ど、どうぞ、めしあがれ……」

 トージの返事に、女の子は、花が開いたような満面の笑みを浮かべた。
 そして一升瓶に直接口をつけると、小さなのどをコキュコキュと鳴らしながら、実においしそうに日本酒を飲み始めた。
 口が小さいからか、浴びるようにとはいかないが、それでもたいそう立派な飲みっぷりである。

「な、なんなんだ、この子……?」

「おそらくは……精霊ではないかと」

「ええっ!? この子、精霊なの?」

 地面から上半身を生やしたまま、酒を飲み続ける女の子。
 人間の頭には当然生えないはずの葉っぱが、ゆらゆらと揺れている。
 たしかに「普通の人間だ」と言われるよりは納得できるところだが……。

「でも精霊って、人間には見えないって話だったよね?」

 謝肉祭で教会の精霊使いを見たときに、リタがそう教えてくれたはずだ。
 精霊は女神の命令で世界を動かす存在。だがその姿は人には見えない……と。

「実は、例外があるんです。精霊のほとんどは目に見えないのですが、高位の精霊は普通の人間でも見ることができるそうです。だいたい、その精霊と関係の深い元素でできた、手のひら大の動物の姿をとると聞きます」

「でも手のひら大よりはかなり大きいし、動物には見えないよね……」

「ええ、ですからこの子は……高位精霊よりもさらに上位の存在。無数の精霊と高位精霊をたばね、女神様の命令で世界を運営する……」

 ふたりの視線が、幸せそうに酒を飲む女の子に向けられる。

「“大精霊”なのではないでしょうか」

131 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/09(火) 12:28:13 ID:3tuDwQ9C

 半分残っていた一升瓶の日本酒のうち、さらに半分ばかりを飲み干した女の子は、「ぷぁ」と小さな声を上げながら、一升瓶から口を離す。
 そしてわずかに頬を赤らめて、幸せそうに酒瓶を抱いている。

「……そんなだいそれた存在には見えないけど」

「私も直接見たことはありません……伝え聞いただけです。大精霊は、女神と直接話すために、人間に近い姿で生まれてくると」

「そうなのか……。じゃあ、この子が、大精霊……?」

 トージたちがそんな話をしながら、女の子を見守っていると……。
 その子は酒瓶を置くと、両手で地面を叩き、すぽん! と下半身を地面から引き抜いた。
 そして、トージの足元に、ちょこちょこと走り寄ってくる。

「あのね、あのね……おいしかった」

 大精霊らしい女の子の身長は、トージのヘソのちょっと上くらいまでしかない。
 ずっと高い位置にあるトージの目を見上げながら、必死に訴えかけてくる。

「お水なのにね、土の力がたくさん入ってるの」

(なるほどなぁ、さすがは大精霊。酒が農作物からできてるってわかるのか)

 トージはひとり納得する。
 そして、彼女の前にしゃがみこんで、目線の高さをあわせた。

「僕はトージ。鴨志野トージだ。こちらはリタさん。君の名前を聞かせてくれる?」

「なまえ、テルテル」

「そうか。テルテル、僕たちが作ったお酒を、美味しく飲んでくれてありがとう」

「これ、お酒ってゆうの?」

「そうだよ。正確には“日本酒”なんだけど、“酒”とか“お酒”って呼ぶほうが多いね」

「トージが、つくったの?」

「そうだよ。僕ひとりじゃなくて、僕よりもっと酒造りをよく知ってる、先輩たちと一緒にだけどね」

「テルテル、またこれを飲みたいの」

 テルテルは、ぎゅっ、と酒瓶を抱きしめて……

「また、つくってくれる?」

 そう、訴えた。
 しかし、トージの表情は冴えない。

「たくさん作ったから、今年のあいだは飲ませてあげられるよ。ただ、来年はどうかな……」

「来年は、なんでだめ?」

「僕はね、もともと全然違うところで酒を造っていたんだよ。でもコッチに来たら、おいしい酒が造れる、良い水がなくなっちゃってさ……」

「お水が、だめなの?」

「そうなんだ。だから、来年からはちょっと約束できないな……ごめんね」

 来年からはお酒が飲めない。
 そう聞かされたテルテルの目尻には、涙の雫が溜まりはじめている。

「……ごめん。お客さんを泣かせちゃうなんて、情けないよ」

「トージさん……」

 しかし、小さなテルテルはそれでもあきらめようとしない。

「いいお水、あればつくれる?」

「いい水? そうだね、水さえなんとかなれば造れるよ。いま探してるんだけどなかなか見つからなくて……」

 トージがそう説明すると、テルテルは腕でごしごしと涙をふき、トージに向き直った。

「どんなお水、ほしいかおしえて」

「えっ、どういうこと?」

「つちのなか、みず、たくさん」

 テルテルはそう言って、自分の足元を指さした。

(そうだ、酒造りに使う水は地下水だ。この子が大地の精霊なら、地下水もなんとかできるんじゃないか!?)

「リタさん、ちょっとその子を見てて!」

「あっ、はい! わかりました!」

「テルテル! お水持ってくるから、ちょっと待ってて!」

 トージはそう言い残して、蔵に向かって走り出した。

132 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/09(火) 12:28:53 ID:3tuDwQ9C
――――――――――◇――――――――――

「お待たせぇぇ!」

 リタとテルテルのところにトージが戻ってきたのは、数分後だった。
 その手には、たくさんの瓶が入ったカゴが握られている。
 トージは息を切らせながらしゃがみこむと、カゴのなかから瓶を一本取りだし、蓋を取ってテルテルに手渡した。

「まずはこれ。いま井戸からわいてる水だね。この水だとおいしい酒はできないんだ」

 瓶を受け取ったテルテルは、中の水をこきゅこきゅと飲んでいく。

「……うん、土の下の水とおんなじ」

「それで……僕がほしいのは、こういう水」

 トージが次に差し出したのは、水の入ったペットボトル。
 リタにも見せた、東京で販売されている賀茂篠酒造の仕込み水だ。
 テルテルはさきほどと同じように、水を飲んでいく。

「……うん、中身がちがう」

「わかるかい!?」

「いま湧いてる水には、これが入っちゃってるんだ。ペットボトルの水には、入ってないだろ?」

 トージはカゴのなかから、小瓶をふたつ取り出した。
 片方の小瓶には赤茶色、もう片方には黒っぽい液体が入っている。
 赤茶色の液体は鉄イオン。黒っぽいのはマンガン。どちらも酒造りの天敵であり、仕込み水の中に入っていてはいけないものだ。
 テルテルは小瓶の蓋を開け、液体を一滴ずつ舐め取る。

「……入ってる、でもちょっと」

「すごい精度だな、さすが大精霊……」

 賀茂篠酒造の仕込み水には、鉄分は「入っていない」とされている。
 しかし、これは鉄が完全にゼロだという意味ではない。
 水の成分を分析する試薬や機器の精度には限界があり、ある程度の濃度がなければ、成分を検出することができない。つまりごくごく微量だけ入ってはいるが、少なすぎて検出できないから、便宜的に0と呼んでいるにすぎないのだ。
 そのため行政に提出する書類などでは、試薬や機器の限界精度より少なかった成分は、「0」ではなく「検出されず」と記入される。

 ……つまり、地球の一般的な水質分析試薬が検出できない鉄分を検出したテルテルの知覚は、20世紀のレベルを超えているということになる。

「と、ともかく、このふたつの物質が少ない水なら、いい酒がつくれるんだ。探せそうかい?」

 テルテルは引き締まった、力の入った顔になり……

「がんばる」

「大丈夫かい? 何か持っていくものとかあれば……」

「がんばる」

 テルテルはそう繰り返すと、その場でピョンとジャンプする。
 テルテルの体は足の先端からずぶずぶと田んぼに潜り込んでいき……
 あとには田んぼの土だけが残された。

「……行っちゃいましたね」

「大丈夫かなぁ……あ、そういえばあの子、いつ帰ってくるんだろう?」

――――――――――◇――――――――――

133 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/09(火) 12:29:49 ID:3tuDwQ9C

 カァ、カァ、カァ。
 あかね色の空を舞う、黒い鳥。
 賀茂篠酒造のクリーム色の石壁が、西からの日差しでオレンジ色に染まっていく。

(こっちの世界にもカラスはいるんだな……)

 夕暮れ時。
 トージの姿は、いまもテルテルと出会った田んぼにあった。
 彼が腰掛けているのは、キャンプ用の折りたたみ椅子。
 その後ろにはキャンプ用のテントまで組み上げられている。

「トージさん、お茶が入りましたよ」

「ありがとう、リタさん。さすがに今日は冷えるねぇ」

 リタが差し出したキャンプ用マグカップの蓋を開けると、湯気に含まれた香ばしい茶の香り。ほうじ茶である。
 水問題で酒造準備をストップするまでの数日間で、リタはすっかり賀茂篠酒造の台所の使い方を身につけていた。
 このほうじ茶も、電気ポットで湧かした湯を急須に注いで淹れたものである。

「戻ってきませんね、テルテルちゃん」

「まあ、狩人のロッシ君が知ってる湧き水が全部ダメだったくらいだからね、いかにあの子が大精霊だとはいえ、そう簡単には見つからないはずさ」

 日帰りどころか、数日、もしかすると一月くらいかかってしまうかもしれない。
 トージはテルテルと出会った田んぼにテントを張り、彼女が戻ってくるのを待ち続ける決意を固めていた。

「……やっぱり、やめたほうがいいですよ。たしかに立派な野営装備だと思いますけど、それでも悪疫に勝てるとは限りません。それに野犬が出るかもしれませんし……」

「野犬はこわいな。でも、だめだよ」

 たしなめるようなリタの口調に、トージは目を閉じ、マグカップを両手で包み込むように持って、ゆっくりと語り始める。

「あの子は、僕がこれからも酒を造れるように、頑張っていい水を探してくれているんだ。そんなあの子が戻ってきたときに、この田んぼに誰もいなかったら、悲しいじゃないか。何より、そんな不義理は僕自身が許せない」

「はぁ……トージさんは頑固ですね……」

 ため息をつくリタ。似たような問答は、この前にも何度も行われていたのだ。

「わかりました。では、今夜は私も、そのテントで休ませていただきます」

「はぁ!? 何言ってんの!」

 こんどはトージが驚く番だった。

「弟に聞きましたが、2人以上で野営するときは不寝番をたてるそうですよ? 野犬が出ても、見張りが気付けば逃げられるから安全です」

「いやそういう問題じゃなくて、まずいでしょ! 年頃の娘さんが男とふたりきりで夜を明かすなんて!」

「トージさんの命や健康と比べれば、ささいな問題です」

「もう、リタさんは頑固だなぁ……」

「"さん"はやめるという約束でしたよ」

「いま仕事中じゃないよね!?」

 そうやってふたりが、おたがいさまな言い争いをしていると、足下の地面がぽこりと盛り上がる。
 
「あっ、帰ってきた!?」

 昼間と同じように、地面のなかからあらわれたのは、葉っぱの髪を生やした地の大精霊。テルテルだった。

「おかえりテルテル! 水はどうだった? 見つかっ……」

 勢いよく椅子から立ち上がったトージ。
 水への期待に輝いていた彼の顔が、硬直する。

「見つから……なかったかい?」

 地面から上半身を生やしたテルテルの目には、小さく涙が浮かび、頬は不満そうにふくらんでいたのだ。

「みず、あった」

「あったのかい!?」

「あったけど……もってこれなかった」

 テルテルは表情をさらに嫌そうにゆがめながら、自分の後ろに目線を流す。

「だから、つれてきた……やなやつ」

「連れてきた……何を?」

 テルテルの後ろで、田んぼの地面に水が湧き上がる。
 水はそのまま巻き上がり、盛り上がり、凝り固まり……トージとリタの目の前で、少年の姿をとった。
 その体は透明で、トージにも、一目で尋常ならざる存在だとわかった。

「我は母なる女神との盟により、万物を支配する三相二遷が一、たゆたう水の大精霊なり! 個たる名をもって"ネーロ"と呼び奉るがよい。して、我が水を求める強欲な人間とは、貴様か!」

 小柄で透明な体をふんぞり返らせて、ネーロと名乗る水の大精霊は、そう言い放ったのだった。

134 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/09(火) 12:31:26 ID:3tuDwQ9C
以上、酒ない2章7話でした。
大地の大精霊に続き、水の大精霊登場!
第8話は酒造用水を巡るイベントです。

135 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/09(火) 12:36:31 ID:3tuDwQ9C
前話書き終わりから2週間かかっている。
これじゃあかんなぁ。遅くとも1週間で書き上げないと。

136 :名無しさん:2019/04/09(火) 13:26:56 ID:ZrRTfbXI
更新乙です。
偉そうな口調で「ネーロ」はどうしても「ネロ・クラウディウス」を思い浮かべるFGO脳。


1点引っかかったところが。

>「いま湧いてる水には、これが入っちゃってるんだ。ペットボトルの水には、入ってないだろ?」

この台詞って、トージとテルテルのどっちですか?
内容的にはトージだとは思うんですが、トージの「わかるかい!?」のあとなので
初読はテルテルの台詞かと判断しました。今見直せばトージだとは思うんですが。

すっごくつっかかったので、ここは修正すべきかと思います。

137 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/09(火) 13:30:55 ID:3tuDwQ9C
ありがとうございます。

138 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/09(火) 13:33:36 ID:3tuDwQ9C
―――――――――――――――――――――――――――
「……うん、中身がちがう」

「わかるかい!?」

 トージは驚きの顔で、カゴのなかをまさぐりだす。

「いま井戸に湧いてる水には、これが入っちゃってるんだ。ペットボトルの水には、入ってないだろ?」

 そう言ってトージは、カゴのなかから小瓶をふたつ取り出した。
―――――――――――――――――――――――――――

間にワンクッション+受ける地の文で発言者を明記しておきました。

139 :名無しさん:2019/04/09(火) 13:50:24 ID:ZrRTfbXI
ああ、これなら大丈夫ですね。
ありがとうございます。

140 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/09(火) 13:53:45 ID:3tuDwQ9C
今回はセリフが多い回だったので、先に全部セリフを書いてから地の文を追加するやりかたをしたんですよ。
なので地の文入れなきゃだめなところを見落としてましたね。指摘大変助かります。

141 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/09(火) 14:09:09 ID:3tuDwQ9C
2章7話を読んでくださった方にアンケート

・トージがテルテルに何を言ってる、何を求めているかわかりましたか?

・テルテルはかわいかったですか?

・ネーロの最後のセリフについて率直な感想をお聞かせください。

142 :名無しさん:2019/04/09(火) 23:18:05 ID:ZrRTfbXI
>・トージがテルテルに何を言ってる、何を求めているかわかりましたか?
少なくとも現状で引っかかった部分はないです。

>・テルテルはかわいかったですか?
可愛いか可愛くないかでいえば可愛いんだろうけど……
「31まんさいはおさけのんじゃだめ?」とか可愛いんだけど
……ちょっと言語化できない部分で可愛い、と言い切れない気がしている。ごめん。

>・ネーロの最後のセリフについて率直な感想をお聞かせください。
三相二遷ってなんやねん。
ま、次回説明あるやろ。

143 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/10(水) 13:35:38 ID:8yREHm3Y
回答ありがとうございます。参考になります。

144 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/18(木) 10:59:52 ID:KDyk0R5A
義龍さんの囲碁回を読みました。
自分の囲碁知識は基本ルール(敵の石を囲んだら得点)を知っているくらいでプレイ経験はありません。
なので作中に出てきた囲碁用語はまったくわかりません。

試合展開については、
義龍が中央からじわじわ浸食して相手のプレーエリアを狭めていく戦術をとり、
仙也は果敢に切り込んでいく戦術をとった。
義龍の失着手から仙也を圧迫していたゾーンディフェンスが崩壊し、
義龍の敗戦となったと読めました。
未経験者でもここまで理解できたので、文章力だなぁと思います。

と、ここまでジュライさんの雑談スレに書いてきましたが、
なんで酒ないスレでこれを再度書いたかと言いますと、
これから酒ないも酒造りパートで専門家の打ち筋を書いていくからなんですね。
しかもこちらは「ある程度理解して貰う」ことを狙って書かなければいけないので、
ハードルがさらに高くなります。
先達に敬意を表しつつ、がんばらねばと思い書き込みました。

145 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/18(木) 11:00:39 ID:KDyk0R5A
2章8話ですが、セリフ書きが8割方終了。
週末で地の文を追加して投下できればと思ってます。

146 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/18(木) 15:45:43 ID:KDyk0R5A
2章8話、セリフだけで7000字に到達しそう。これは分割しないと駄目かな?

147 :名無しさん:2019/04/18(木) 16:10:12 ID:p+Wjvl98
なろうならさすがに分割したほうがいいと思います。

148 :未頼 ◆JyxsyJ1qJQ :2019/04/21(日) 22:04:17 ID:jfHHZHHT
わざわざありがとうございます

大したアドバイスではないですが、専門用語は雰囲気を出すには良いのですが
使いすぎると言葉の説明で文が長くなるのでご注意くださいませ
あえて素人の目線で誰かが見ていて質問してくるのに答える形式で
工程を説明するとかするのがオーソドックスだと思います

149 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/04/22(月) 20:16:36 ID:wnpqMtkO
わざわざここまでありがとうございます。
酒造り解説パートは、一章のクワスづくりと同じ、「なぜこうするのか」を重視していきたいと考えています。

まずはそこまでたどり着かなければなりませんけどね!

150 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/05/31(金) 17:06:28 ID:yfr3ikVl
前話からものすごく間があいてしまいました。
酒ない、2章8話が書き上がりましたので投下します。>>133の続きです。
2章9話も今日中に完成させちゃいたいなぁ。

151 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/05/31(金) 17:07:00 ID:yfr3ikVl
第8話「大精霊の試し(上)」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 賀茂篠酒造には、来客への応対に使う応接室がある。
 革張りのソファーが並び、ガラステーブルが置かれた応接室の上座に、水の大精霊と名乗った透明な体の少年、ネーロが座ってふんぞり返っていた。

「あの“サケ”という液体を作ったのは貴様だと聞いたが」

「ええ、そうですよ。僕と、僕の先輩がつくったものです」

 そう答えたのはトージである。
 トージの右隣には、緊張した面持ちのリタ。左隣には、大地の大精霊テルテルが不満げな顔で座っていた。

「そうか。水の大精霊たる余が、これまで見たこともない液体をつくりあげるとは。人間にしては、なかなかやるな、貴様」

「ありがとうございます」

「さて、貴様はそのサケとやらを作るために、余が管理する水を求めたいと、身の程をわきまえんことを言っておるそうだが、」

「そこをなんとかなりませんかね? できることならなんでも……」

「貴様に発言を許可してはおらん」

「すいません……」

「……やなやつ」

 気がはやったトージがミスを犯し、テルテルが水の大精霊ネーロの態度に不満を表明し、会談は険悪なムードで始まった。

「余の言葉を遮るとは不遜なやつめ。ともあれ、余が管理する水を、水の|理《ことわり》を知らぬ者に与えるつもりはない」

「……“水の理を知らぬ者”ですか」

 その言葉がトージのプライドを刺激する。
 トージはソファから立ち上がると、胸に手を当て、貫くような視線でネーロを見据えた。

「生まれてこのかた26年間、僕はひたすら米と水と酒に向き合ってきました。偉大な先達には及びませんが、すくなくとも水が、いかに貴重な宝であるかを理解しているつもりです。いただいた水を粗末に使ったりしないと約束します」

 トージの宣言に、ネーロの不愉快そうな表情が、歪んだ笑みに変わる。

「ほう、言ったな人間。貴様は“水を知っている”と?」

「……言葉をひるがえすつもりはありません」

「よかろう。ならば貴様に、試しを受けることを許す。これから余は2つの“試し”を授ける。試しを乗り越え、貴様が人中の賢者であると証を立ててみせるがよい。さすれば水の件、考えてやらんでもない」

 トージの表情は変わらない。
 しかしリタの目には、こめかみに冷や汗が浮かんだように見えた。

(大きく出すぎたかな。発言を撤回するべきか……いや、だめだ)

 ネーロは歪んだ笑みを浮かべながら、トージを値踏みしている。
 それは「水の理を知る者かどうか見極めている」というよりは、大口を叩いた人間をおもちゃにして、遊びたがっている表情に見えた。

(この手の人は、こちらが守りに入ったら興味を無くして商談を切り上げてしまう。いままで何度も営業で経験してきたじゃないか……こうなったら、相手の手のひらの上にあがって、うまく踊りきってみせる。それしか手はないぞ、鴨志野トージ)

「おい女、水を受ける器をいくつか持って参れ」

「はい、ただいま」

 ネーロはトージの返事も待たず、リタに命じて道具を用意させる。
 ガラステーブルの上には、一斗缶くらいの大きさの甕がひとつと、三枚の深皿、そしてガラスのコップが並べられた。

「貴様が求める水はこれであろう」

 ネーロが右手をさっと振ると、甕の上空に水が凝り固まり、重力に引かれるように甕のなかに流れ込んでいく。
 トージはその水をひしゃくですくい、コップに移して口に含み、飲み干した。
 その瞬間、トージの緊張がやわらぎ、喜びの表情が広がった。

「これは……いい水だ。|鉄気《かなけ》は感じないし、たぶんマンガンも少ない。この水ならきっといい酒が造れますよ」

「そんなことはどうでもよい。第一の試しである」

 ネーロがふたたび腕を振る。
 こんどは3枚の深皿の上に水球が生まれ、皿のなかに満たされていく。

「貴様らに3種の水を与える。どれが貴様が求める水と同じものか示してみせよ」

 トージとリタは、白い深皿に満たされた水をじっと見る。
 水は無色透明で、にごりもなく、まったく同じように見えた。
 リタは不安げな声でトージに呼びかける。

「……トージさん、大丈夫ですか?」

「やってみないとわからないね。でも、水の違いを見抜けないようなら、酒造りなんてできっこないと思ってるよ」

152 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/05/31(金) 17:08:02 ID:yfr3ikVl

 トージは左の皿の前に立つと、水をすくい、口に含んだ。
 口のなかで水を回し、優れた味覚をフル回転させ、風味の違いを感じ取る。

(これはかなり近いな、正解候補だ)

 次は、真ん中の皿から水を取って口に含むが……

(んん〜……だいぶ苦いな)

 トージの口のなかに苦みが一杯に広がる。
 あえて近い味を探すなら……日本のコンビニでも売っている、ヨーロッパ産のミネラルウォーターに近いかも知れない。

(苦みの原因は、カルシウムとマグネシウムだな。かなり“硬そう”だ)

 カルシウムやマグネシウムは、大抵どの水にも溶けているが、量が多いと苦みの原因になる。
 ヨーロッパは土地が石灰質で、土地の傾斜がなだらかなので、水が地中を通過しているあいだに大量のミネラルを溶かし込む。このように大量のミネラルを含んでいる水は「硬水」と呼ばれている。
 一方で日本の水には軟水が多い。国産のミネラルウォーターはほぼすべて軟水だ。
 日本は雨が多く、土地の傾斜が急なので、山に降り注いだ雨水があっという間に……つまり「ミネラルをじっくり溶かし込む間もなく」湧き水になって地表にあらわれるためである。

 トージの舌によれば、甕に入った水は軟水。真ん中の皿の水は硬水だ。
 あきらかに違う水と言えるだろう。 
 トージは真ん中の皿に心のなかで×マークを付け、右の皿に移る。

(うわっ、臭っ!)

 トージが水をコップすくい、口に近づけると、鼻を突くカビの臭い。

(これは飲む必要もないな、まったくの別物じゃないか)

 トージはコップに口もつけず、テーブルに戻した。 
 そして顔をあげ、ネーロに視線を向けて宣言する。

「わかりました」

「ほう、飲まなくてよいのか? それに、貴様だけでなく、そこの女も使ってかまわんが」

「最後の水は、人間が飲んだら腹を壊しますんでね。甕の水と同じ水は、この左の水ですよね?」

 それを聞いたネーロは、フン、と不愉快そうな鼻息ひとつ。

「合っておる。貴様がひとつめの試しを退けたことを認めよう」

「やりましたね、トージさん!」

「ならば第二の試しである。大皿の水を捨て、清めて持って参れ」

 リタは指示に従い、3枚の大皿を洗って卓上に戻す。
 すると水の大精霊ネーロは、さきほどと同じように、空中に3つの水球をつくりだし、それを皿の上に沈めた。

「第二の試しの題は同じである。この3つの皿に満たした水の、どれが貴様が求める水と同じものか示してみせい」

「わかりました」

 トージはさきほどと同じように、大皿に注がれた水をコップに注ぎ、順番に口に含んでいく。

「………………」

 3つめの水を口に含んだトージは、コップをテーブルに戻す。
 腕を組むトージの額には、深いしわが刻まれていた。

「……どうですか? トージさん」

「なるほどね……これは難問だぞ……?」

 リタの目の前で、トージのこめかみから、冷や汗が流れ落ちた。

153 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/05/31(金) 17:08:36 ID:yfr3ikVl

――――――――――◇――――――――――

「どうだろう、率直な意見を聞かせてくれないかな」

 トージは自分で3つの水を飲み比べた後、リタにも水を飲んでもらい、味の違いを確かめてもらっていた。

「正直なところ、大変困っています。3つの水は、どれも同じ味のようでいて、微妙に味が違うように感じるんです。そして……」

 リタはそう言いながら、甕のなかに入っている、正解の水に視線をめぐらせる。

「トージさんが求める、あの“正解”の水。あの水の味も、この3種類の水ととても似ています。なのに、どれかと同じかといわれれば違う気がするんです」

「やっぱりそうか……」

 思わぬ難問に困惑するトージ。
 トージの舌も、リタの感想とだいたい同じことを感じ取っていた。
 そのためトージは、自分と同等かそれ以上の味覚を持つ、リタの舌に頼ったのだが……彼女にとっても、これは難問であるようだった。

「僕の舌には、左の水はすこし苦くて、中央と右の水は甘みが強く感じられた」

「同じです。少しですけど、はっきり違いがありましたね。ただ、“正解の水”は、その両者の中間くらいの味わいに感じませんか?」

「だよねぇ……」

 何が悩ましいのか。
 大皿に満たされた3種類の水のなかに、「これが“正解”と同じ味だ」と確信できる水が、ひとつもないのである。
 だが、味の違いはごくわずかで……
「同じ水だ」と言われれば反論するほどではないのだ。

「ですがトージさん、中央と右の水が同じ味だとすると、正解はひとつだけ味が違う左の水ということになりませんか?」

「かもしれないけど、決めつけるのはちょっと早いよ。僕らの舌が、この水たちの重要な違いに気づけていないだけかもしれない」

 リタとトージは「うーん」と考え込む。
 出題者たるネーロは、相変わらずニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、そんな二人の様子をうかがっていた。
 
「あらかじめ申しつけておくが、そこの地の精霊に試させることは、まかりならんぞ。貴様ら人間の力で試しを退けて見せよ」

「やなやつ……!」

 テルテルの小さなほっぺたは、不満でぷっくりとふくらみ、いまにも爆発してしまいそうだ。

(まあ確かに、現代日本の水質検査機器より敏感なテルテルがやったら、一瞬で答えが出て、面白くもなんともないだろうけど……うん? そうか、そういえば)

「ところで大精霊殿、試しに“道具”を使ってもかまいませんね?」

「それが人の造りしものなら、好きにするがよい」

「よっし! ふたりともついてきて!
 あと、この水ちょっともらっていきますよ!」

「トージ、なにするの?」

 トージは「正解」の水と、問題の水3種類をコップに注ぎ、明るい顔で応接室を出て行く。その後ろに、リタがしずしずと、テルテルがちょこちょことついていった。
 だが、その背中を見送るネーロのにやついた笑みには、すこしの揺らぎも見られなかった。

(せいぜい足掻いてみせるのだな、人間よ。なにせこの“試し”には、とびきりの罠が仕掛けられているのだからな……!!)

――――――――――――――――――――――――
 第8−9話は推理小説テイストでお送りします。

154 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/05/31(金) 17:10:06 ID:yfr3ikVl
以上、酒ない2章第8話でした。
次の2章9話はセリフ書きまで終わっているので、地の文追加でき次第続きを投下します。

155 :名無しさん:2019/06/06(木) 22:05:38 ID:FhkMaP3S
乙でした。

3つ中2つが同じような味というのは
ちょっと見ないパターンかも。
どうなるのか続きを期待来てます。

156 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/06/07(金) 02:57:26 ID:ahey+s1c
感想ありがとうございます。ちょっとわかりづらい展開ではないかと心配していたので、
どこが焦点になっているのか正しく伝わったようでほっとしています。

157 :名無しさん:2019/06/10(月) 21:13:13 ID:WKi0mBVg
1)学ぶ系要素が楽しい
薀蓄は学習漫画ややるやらの定型(読者目線で疑問点を質問するキャラに説くパターン)を踏まえると良い感じになりそう
(というのは確か上に誰か書かれていた気もする)

2)酒でドラゴン
ドラゴン……トカゲ……爬虫類……蛇……お酒……ヤマ……、うっ頭が
戦う理由が発生するとしたら水源に巣食われて水質汚染が発生、立ち退き交渉にも応じず敵な流れ……かなあ?

3)同じ水が含まれているとするならば甘く感じるカラクリが気になるところ


158 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/07/02(火) 17:02:49 ID:Sx29r+44

前回投下から1ヶ月過ぎてしまいました。
酒ない2章9話がようやく書き上がりましたので投下します。

文字量6700字ちょい。結構な長さになりました。

159 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/07/02(火) 17:08:08 ID:Sx29r+44
第9話「大精霊の試し(下)」

――――――――――◇――――――――――
 大精霊ネーロのふたつめの試しに挑むトージは、リタとテルテルを引き連れて建物の3階に上り、ドアの鍵を開ける。
 ドアの上には「検査研究室」の文字。

 トージの後について室内に入ったリタが目にしたのは、未知の空間だった。
 銀色に輝く箱のようなものが無数に並び、あちこちが赤や緑の光を放つ。
 七本の光の棒が描き出しているのは数字だろうか?
 透明なガラスで作られた容器には、乳白色のにごった液体が満たされ、こぽこぽと静かな音を立てながら泡立っている。
 リタがかろうじて連想できたのは、物語に出てくる魔女や錬金術師の工房だが……それですら、目の前にあらわれた異様な光景をたとえるには不足だといえた。

 研究室の威容に圧倒されているリタに気づかぬまま、トージは試しの器から汲んできた「正解」の水ひとつと「問題」の水3つを卓に置き、部屋の奥からいくつかの機材を運んでくる。
 見たことのない道具に、めざとく反応したのはテルテルだった。

「トージ、それなに?」

「水の成分を調べる、水質検査キットだよ」

 そう言いながらトージが卓の上に置いたのは、木製の小さなラックが4つ。それぞれのラックには10本ほどの試験管が差してある。
 トージは手慣れた器具さばきで、試しの水を試験管に移していく。
 次にトージが黒い箱を開くと、そのなかには無数の試薬がおさめられていた。
 そのなかのひとつを開け、中からつまようじのように細い、黄色の紙を取り出す。

「テルテルは知ってると思うけど、水のなかにはいろんな成分が溶けてるよね。この紙は、そのなかでも"カリウム”が溶けてる量を教えてくれる紙なんだ」

 トージは試験管に紙を投入し、軽く振る。
 すると、黄色かった紙がみるみるうちに薄いオレンジ色に染まっていった。

「いろ、かわった」

「だね。この紙の色を、カラーチャートと比較してみよう。カリウムが多いほど、濃いオレンジ色になるんだけど……」

 変色した紙の色を、容器に貼られている色見本と比較する。
 その色は5段階の濃さに分かれた色見本のうち、3段階目の色に近かった。

「この色は、10ppmくらいのカリウムが含まれてるときの色だね」

「このあいだ、トージさんが台所で使っていた薬とは違うんですね」

「あのとき調べたのは鉄分の量だからね。鉄やカリウム以外の成分に反応する試薬もたくさんあるから、水の成分に違いがあれば、どれかの試薬に違いが出るはずさ」

「さっそくやってみましょう!」

 トージは、色が変わる試験紙を水に入れたり、試験管の水に試薬を垂らしたりして、「正解」の水と、「問題」の水3種類の成分を調べていった。
 トージ、リタ、テルテルの三人が、色が変わった4つのラックを検分するが……

「トージ、ぜんぶおなじ」

「そうだなぁ。目視でわかるほど、色の違いは無い感じだ……」

「味が違うのに、成分が同じ? 問題の水と同じ水は、ひとつのはずですよね」

「そのはずだけどな。ただ、色が同じだからって成分が完全に同じってわけじゃないからなあ」

「……どういうことでしょう?」

「カラーチャートのところを見て貰えばわかるんだけど……」

 トージはそういって、最初に使ったカリウム検出用の試薬ケースをリタに渡す。
 その側面には濃さの違うオレンジ色で塗り分けられた5段階のカラーチャートがあり、それぞれに「0.0-5.0-10.0-20.0-50.0」という数字が振られていた。

「この数字は何なんでしょうか?」

「それはカリウムの濃度だね。"この色と同じ色なら、だいたいこの濃度ですよ"ってことを示している」

「だいたい?」

 テルテルが、こてん、と首をかしげる。

160 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/07/02(火) 17:08:37 ID:Sx29r+44

「そういうこと。今回の場合、カリウムの濃度が10.0のときの色に染まっているけどあくまで色を見くらべて10.0の色と同じだねって言ったけど……この試験紙はそこまで厳密に濃度を測れるものじゃないんだ。もしかしたら濃度は9.0かもしれないし、11.0かもしれない」

「たしかに……お椀の水に塩を9粒溶かしても、11粒溶かしても、"ちょっとしょっぱい水"に変わりはありませんね」

「うん。実はね、検査結果が同じでも、成分が完全に同じとは限らないんだ。こういった手軽な試薬は、精度が低いから、あまりにもわずかな違いは検知できないのさ」

「つまり……?」

「味が違うってことは成分も違うはずだから、試薬が反応しないくらいわずかな違いだってことになる。きっとハズレの水は、当たりの水より100メートル上流で採取したとか、採取したのが朝か昼か夕方かとか、そういうレベルの微妙な違いしかないんだろうね」

「結局、私たちの舌で正解を見つけるしかないんですね」

「あーもう、農大のイオン測定装置があればなぁ! あれなら、もっと正確に成分を測れるのに……」

 この研究室にも、酒の成分を高い精度で測れる機材は導入されている。
 しかし、水の成分測定は、毎年業者にお願いしているのが実情だった。
 理由は簡単、装置が高いからである。

「トージぃ……」

 弱気は敏感に伝わるものだ。
 頭をかきむしるトージの姿を、テルテルは不安そうに見つめている。

「あー、ごめん。あきらめてなんかないよ。試薬とか機械とか、いろいろ便利なものはあるけど、結局最後は人の力なんだ。かならず正解を見つけてみせるって」

「トージさん、私、もう一回飲み比べてみます!」

「頼むよ。僕もなにか別の方法がないか考えてみる」

 ないものねだりをしても仕方がない。
 水の大精霊ネーロが与えた「正解の水」は、あきらかに酒造りに向いている成分を示していた。この水を手に入れて酒造りを続けるためには、今ここにあるものだけで結果を出さなければいけないのだ。
 
 リタはふたたび4種類の水を飲み比べはじめた。
 一方でトージは、水の成分のわずかな違いを検出する方法はないかと、腕を組んで研究室全体を見渡しながら思索に沈む。
 しばらく後、機器の作動音だけが空間を満たしていた研究室に、リタがコップを卓に置く「カタン」という音が響き渡った。

「……トージさん、申し訳ありません。私、もうお役に立てそうにありません」

「どういうこと?」

「どの水も、同じ味に感じるんです!!」

 そう訴えるリタの顔は、すっかり青ざめている。

「あの大精霊の前で飲みくらべたときは、たしかに水の味に違いを感じたんです……でもいまは、それがわからなくなってしまいました。どの水も同じ味に感じて……舌がおかしくなったみたいです」

(リタさんほどの味覚の持ち主が……? プラセボ効果かな?)

 プラセボとは本来「偽薬効果」を意味する医療用語で、効果のない錠剤を飲んだのに、薬を飲んだという思い込みによって体調が変化する現象のことをいう。
 これは医薬品だけでなく、味覚などの五感にもあてはまる。
 たとえば日本酒業界の場合、無色透明な酒が美味いという先入観がある。酒に色がついていると、それだけで本当の味よりも「マズイ」と感じてしまいかねない。
 そのため色を無視して純粋に味だけを評価したいときは、居酒屋の熱燗によくついてくる白いお猪口ではなく、酒の色が見えないような濃い色の付いたお猪口に酒を注ぐという工夫が行われている。プラセボは馬鹿にできないのだ。

(さっき「成分がほとんど同じ」だって結果が出たからな。そのデータという現実に、味覚のほうが引っ張られてしまったかもしれない)

「よしわかった。僕ももう一回飲んでみよう」

 トージはあらためて、4種類の水を口にふくむ。
 目を閉じて視覚を遮断。水を口の中で転がし、味蕾のすみずみに触れさせる。
 水を含んだまま鼻呼吸をして、水が持つわずかな香りすら捉えようとする。
 味覚、触覚、嗅覚の3つをフル動員した戦いであった。
 たっぷりと時間をかけて水を試すと、お猪口を卓に置いてトージは目を開けた。

「……なるほどね。リタさん、わかったよ」

「わかったんですか!? 正解が?」

 トージは口元をニヤリとゆがめ、これまでリタに見せたことがなかったような、意地の悪い笑みを浮かべる。

「あの大精霊さん、たちの悪い罠を仕掛けてくれたなぁ。いいぜ、そっちがそうくるなら、こっちも乗ってあげようじゃないの!」

161 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/07/02(火) 17:09:29 ID:Sx29r+44
――――――――――◇――――――――――

 賀茂篠酒造3階の研究室から、トージたち3人が応接室に戻ってきたとき。
 トージは両手で、湯気の上がる奇妙な箱を手にしていた。

「なんだ、それは」

 長い時間待たされた不満を隠すこともなく、水の大精霊ネーロが問う。

「飲んでもらいたいものがありましてね」

 トージが"それ"を応接室のテーブルに置くと、ふわりとアルコールの香りが漂う。

「フン、賄賂のつもりか? あいにく、そんなもので手を緩めるつもりはないぞ」

「そういう話じゃありませんよ。ただ、飲んでもらいたいだけで」

 トージが持ってきたのは「燗付け器」という器具である。
 四角い水槽の中に電熱式ヒーターが仕込まれていて、中に入れた水の温度を一定温度に保つ仕組みになっている。
 ここに日本酒を満たした器を漬けると、日本酒が適温に温まり、「お燗」した酒が楽しめるというものだ。

 トージは、燗付け器に差し込んでいた細長い金属コップ「ちろり」を抜き取ると、温水のなかで暖めていたお猪口の水を拭き、ちろりの中で暖まった日本酒を注ぐ。

「さあ、まずは一杯目、召し上がってください」

 トージはふたつのお猪口に同じ酒を注ぎ、ネーロとリタにすすめた。
 ネーロはつまらなさそうに、リタは興味深そうにその酒を飲み干していく。

「どうだい、リタさん」

「酸味と香りがさわやかで、深いうま味を感じます……美味しいですね。日本酒は温めても美味しいんですか。驚きます」

 トージは満足そうにうなずき、ネーロに視線をやる。

「これが何だというのだ。別に味に文句をつける気はないが、貴様が作った日本酒とかいうものを、暖めただけではないか」

「まあまあ。二杯目を飲んでもらえばわかりますから」

 トージはふたりを数分待たせると、2本目のちろりを引き抜いた。
 さきほどと同じようにリタとネーロに勧めると……
 酒を口に含んだリタとネーロは、ふたりそろって眉をしかめる。

「どうだい?」

「うーん……トージさん、失礼ですが、あまり美味しいと思いません。1杯目のお酒とくらべて渋いです。それに、酸味も"くどい"感じがします」

「うん、そうだろうね」

「なんだ、貴様、知っていて不味いものを飲ませたのか? 不愉快な」

 ネーロの周囲を舞っている水がざわめき、応接室に不穏な空気が流れ出す。
 だが、トージは素知らぬ様子で笑顔を浮かべ、解説をはじめた。

「まあ、そう言わないでくださいよ。僕が言いたいのはですね……
 最初の酒と2杯目の酒は、
 同じ瓶から注いだ“同じ酒”だってことなんです」

「なんだと?」

 驚きのためか、怒りのためか、ネーロがソファから立ち上がる。

「馬鹿なことを申すな、人間よ。現にこうして味が違うではないか。そこの人間の女も、そう申しておる」

「嘘はついていませんよ。同じ酒ですが、違う酒なんです。
 何が違うかは、両方の猪口を同時に触ってもらえばわかりますよ」

 2杯の燗酒を提供した2個ずつのお猪口。
 ネーロはぞんざいに、リタはおそるおそる、両手を使ってふたつの猪口を触る。

「なっ……!?」

 驚きの表情を浮かべてネーロは絶句する。
 そしてリタも、ふたつの酒のちがいに気付いていた。

「トージさん、これは、温度が違います。
 後から出されたお酒のほうが、すこし暖かいです」

「そのとおり。1杯目の酒は、温度43度、僕らが“ぬる燗”と呼んでいる温度で出しました。そして2杯目は温度50度、僕らが“熱燗”と呼ぶ温度で出しました」

 そう言ってトージは、テルテルに渡していた日本酒の瓶を受け取る。

「日本酒は、入っている成分によって、冷やすと旨い酒と、暖めると旨い酒に分かれます。この酒は冷やして旨くなるように造りました」

 トージの手にした瓶は、日本酒瓶の定番である緑色や褐色ではなく、鮮やかなアイスブルー。ラベルの文字も寒色系で統一された、賀茂篠酒造の夏季限定商品だった。

「だから、この酒は“ぬる燗”までなら美味しいんですが、たった7度“熱燗”まで暖かくするだけで、イマイチな酒になってしまうんですよ」

「そうだったんですか……」

162 :酒ない ◆fMFJeA/W0Y :2019/07/02(火) 17:09:57 ID:Sx29r+44

 リタは感心した顔で、語り続けるトージを見つめている。
 一方で水の大精霊ネーロは、いらだちを隠せないまま黙り込んでいた。

「さて、お酒も入ったところで“試し”の話に戻りましょうか。……おや? 水の大精霊ネーロ殿。顔色が悪くありませんか?」

「……やかましい!」

「大丈夫だそうですので続けましょう。リタさん、じつはですね、温度によって味が変わるのは、水も同じなんですよ。暖かい水は甘く感じ、冷たい水は苦みが強くなります」

 トージはそう言いながら、研究室で見せたものと同じ、意地悪い笑みを浮かべた。

「甘みと苦み……? あっ!」

「気付いたみたいですね、リタさん。そう。2つめの試しで出された3種類の水、僕らは味が違うと感じました。左の水は苦く、中央と右の水は甘い。それは、出された水の“温度が違っていたから”なんですよ!」

 祭りで鍛えた張りのある声でそう宣言しながら、トージは芝居がかった動きで両手を大きく広げてみせる。

「そして、僕らが試行錯誤しているあいだに、水の温度は4つとも“気温と同じ”になってしまった。だから、さっきリタさんが水を味見し直したとき、4つの水は全部同じ味になっていたんです! つまり!!」

 ネーロの顔に向かって、トージの右手人差し指が突きつけられる。
 そのポーズは、トージの少年時代に大ヒットしていたミステリー漫画の探偵少年を、気味が悪いほど完コピしていた。

「謎はすべて解けた!!
 僕が求める水と同じ水は、

 “この3種類すべて” です!

 違いますか!? 水の大精霊ネーロ殿!」

「ぜんぶ、おなじ?」

「ぜ、全部正解だなんて、そんなのありなんですか!?」

「だってリタさん、テルテル、ネーロ殿は“どれが貴様が求める水と同じものか示せ”と言ったんだよ。一度も“正解の水はひとつ”だなんて言ってない」

 トージは自信満面の表情で、両手を腰に当てて水の大精霊に向き直る。

「ネーロ殿。
 あなたは1つめの試しで、僕たちに“正解は1個”という先入観を植え付けました。
 そして2つめの試しでは、同じ水に、温度を使ったトリックで違う味をつけて、
 僕たちが“ひとつだけ味の違う”水を選ぶように仕向けたんでしょう?」

「なぜだ……なぜ人間ごときが、我が罠を見破ることができる……!」

「ネーロ殿。あなたの罠は、とてつもなく完成度が高いものでした。
 もしも、その甕に入った“正解の水”と、
 左の皿に満たされた“誤答を誘導するための水”が、
 |まったく同じ味《・・・・・・・》だったなら……
 僕たちはためらいなく、左の皿を“正解”に選んだでしょう。
 ですがそうはならなかった。
 左の皿と、甕に満たされた正解の水は、微妙に味が違いました」

「そんなはずはない!」

「あなたは、そうするつもりなどありませんでしたよね。わかります。
 では、なぜそうなってしまったのか?
 原因はね、器ですよ。
 ネーロ殿。あなたは1つめの試しの後、リタさんに皿を清めさせましたね。
 そのときリタさんが皿を洗った水は、井戸水です。
 この大地の下でキンキンに|冷やされた《・・・・・》……ね」

「ま、まさか……!」
 
「ご明察です! さすがは水の大精霊!
 問題の水を満たす皿が、井戸の冷水で冷やされた!
 その皿に“僕が求める水”を注いだら、熱が皿に奪われ、水は冷える!
 冷えた水は、甕に入った“僕が求める水”より|苦くなった《・・・・・》!
 だから僕たちは、幸運にも、
 あなたの敷いた“誤答への誘導”を外れることができたんですよ!」

 イキイキと「探偵役」を演じるトージに、唖然とするリタ。
 一方、ネーロはトージを憎々しげに睨みながら、怒りに体を震わせている。
 彼の体を構成する水はじわじわと熱くなり、湯気が立ちはじめ……

「ちくしょぉぉぉぉぉ!!」

 水の大精霊ネーロはそう叫ぶと、応接室の窓ガラスを突き破って飛び出した。

「あっ! こら! 逃げるな!!
 水おいてけぇ〜!!!」

 盛大に割れ砕けた応接室の窓から、トージの叫びがむなしく木霊した。

――――――――――――――――――――――――
(蔵人頭の源蔵)じっちゃんの名にかけて!

 作者はどちらかというと冷酒派なのですが、お酒へのお燗のつけかたは奥が深いです。
 お燗については、機会があったらもうちょっと踏み込んで解説してみたいですね。

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